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【翻訳】詩「Berglied」(フリードリヒ・フォン・シラー)

 当記事では、フリードリヒ・フォン・シラーの詩「Berglied」を自炊翻訳したものを載せています。趣味で素人が翻訳したものですので、誤訳箇所もあるかもしれません。お気づきになられた方はお知らせしてくださると幸いです。

 

 

 シラーは戯曲『ウィリアム・テル』の作者ですが、実際にスイスの地へ行ったことはないものの、ゲーテらの協力のもと資料収集をしてこれを書きました。今回紹介するこの詩は、この戯曲制作の傍ら書かれたもので、同じくスイスを題材にして謳ったものです。『ウィリアム・テル』同様、彼の想像によって美しく彩られたこの地の景色を垣間見られるものになっています。

 

 さらに補足しておくと、この詩はゲーテへ送る手紙に同封されたものでした。ゲーテとシラーは多くの往復書簡を遺しており、先述のとおりゲーテはシラーの作品制作に深く協力していたため、彼らの書簡からは『ウィリアム・テル』制作の進捗も窺い知ることができます。シラーは『ウィリアム・テル』の仮完成直後、何よりもまず真っ先にゲーテへと原稿や多少の構想(舞台衣装などの演出のこと)を送り、感想を求めもしていました(1804年2月19日付書簡)。

 この詩はそうしたやり取りが起きる直前、つまりは作品が完成するよりも前にゲーテに贈られたものになります。この詩に関する彼らのやり取りの部分のみを以下に抜粋し、添えておきます。

ここに、ささやかな謎々の詩[「山の歌」]を同封いたします。
(1804年1月26日付書簡 シラーからゲーテへ) (※参考文献だと番号九四四書簡)

あなたの詩の主題は、ゴットハルト峠へ登るまことに優美な坂道のことですね。これにはほかにもまだいろいろな解釈を加えることができるでしょう。『ヴィルヘルム・テル』にきわめてふさわしい詩です。
(1804年1月26日付書簡 ゲーテからシラーへ)(※参考文献だと番号九四五書簡)

 

参照した書簡は以下の文献に依ります。

 


 

Berglied(山の歌)

原文は併記しませんが、『The LiederNet Archive』の該当ページなど、各々ご参照ください。

 

底の知れぬ深い谷間へと誘う*1ようなこの眩暈のする心許ない細道*2は、

生と死との間で(おまえを)導き、
このさびしい道のりの行く手を巨人たち*3が阻む。
そうして終わりなく破滅*4へと脅かし続けているのだが、
眠れる獅子を目覚めさせたくはないのならば、
この恐怖の道を静かに歩め。

 

谷間のふちに浮かぶようにその橋は架かっている。
剥き出しの恐怖を煽る 曲がりくねった深淵の上に。
こんな橋*5を人間の手では建てられはしない。
誰もそのように大胆なことができるはずがないのだから。
その下を大きな川が激しい音を立てて流れているのだ 朝も夜も。
そしてひたすらに唾を吐き続けているが、橋が崩れたことは一度たりともない。

 

恐ろしい門が黒い口を開けているようで、
おまえは 膨らんだ影の中に自分はいるのだと思い込む。
故に この嗤う地の外へ、
秋と春の結ばれたような安寧の地へ、
生の苦悩や終わらぬ苦痛から離れるため、
その喜びに満ちた谷へと逃げてしまいたいと思うのだ!

 

四つの大きな川*6が荒れ狂いながらあの野*7へと流れているが、
その源泉がどこにあるのかは永遠に秘密にされている。
水の流れは全ての世界の街道*8へと流れ落る、
宵も昼も朝も*9
そして母のように甘やかせて苛んでおきながら、
見捨てて去り行き、永遠に戻らない。

 

二つの目印*10が青い空に聳え立つ
人間の種*11を遥かに超えて。
その高みの上で金色の霞のベールに覆われて舞う
雲が、天上の娘が。
その天上で寂しい列を守り続けているが、
誰一人としてそこに立つ目撃者は存在しない、死すべき運命にある者以外は。

 

高く澄み渡った場所に気高く清らかに女王が座る、
不滅の玉座のその上に。
その額の花輪が彼女に佳趣を添えるのだ
ダイヤモンドの如く輝く冠と共に。
その頭上で太陽が光の矢を放ち、
彼女を黄金に染めはするが あたためることはない。

*1:1行目の「Am Abgrund leitet底の知れぬ深い谷間へと誘う」の「leitet誘う」は、「支配する」といった意味合いもある。

*2:ここでは「道」にあたる単語が複数個登場する。1行目の「der schwindliche Stegこの眩暈のする心許ない細道」は「Steg(山中・林間などの)小径、細道」。3行目の「den einsamen Wegこのさびしい道のり」は「Weg(道、道のり、歩み)」。6行目の「die Straße der Schrecken(この恐怖の道)」は「Straße(大通り、街道)」。すなわち、実際の道はあくまでも細い不安定な道なのだが、心理的不安(=恐怖の道)はあまりにも大きいといった意味合いでこれらの言葉が選ばれているのだと思う。

*3:「Riesen巨人たち」は「巨大なもの」も指す言葉であるため、巨石などの暗喩でもあるのだろう。だが、この言葉はまず神話などの巨人を表す言葉であり、そこから比喩的に大きなものを表すようになった言葉であるため、このように訳した。

*4:4行目の「Verderben破滅」は「腐敗、堕落、滅亡、破滅」を表す言葉。

*5:ここでいう「橋」とは、すなわち「悪魔の橋」のこと。特にアンデルマットのもののこと。

*6: 四つの大きな川は、アーレ川、トゥール川、ライン川ローヌ川だろう。アルプスの山に水源をもつ。 4つの大きな川は、アーレ川、トゥール川、ライン川ローヌ川だろう。アルプスの山に水源をもつ。

*7:「das Feldあの野」はスイス平原のこと。特定の場所のことではなく、ルツェルン湖あたりを中心にスイスに広がっている。この詩ではイタリア方面からゴッタルト峠を北上しているらしい様子があるため、『ウィリアム・テル』のことも踏まえると、三邦同盟の中心地であるルツェルン湖周辺のことを特に指しているのかもしれないが、スイス全体のことを言っているだけかも。

*8:4つの川はヨーロッパ各地へと伸びていくため、「allen vier Straßen der Welt全ての世界の街道へ」と表現されているのだと思われる。

*9:Abend暁、宵、終末 Mittag正午、昼時、全盛期 Morgen朝、黎明期

*10:「Zinken目印」は峰のことか? 具体的にどこを指しているのか私には不明。「娘」「女王」などの言葉が出ているので、ユングフラウのあたりのことかもしれないが、この一帯だけでも少なくとも目立つ山は三つはある(ユングフラウ、アイガー、メンヒ)。もちろん、離れた場所にある二つの山という可能性もあるが、名だたる山はスイスにはかなりあるし、特に挙げられるものでもやはり三つはある。山脈という括りで見ても(その可能性はありえないだろうが)二つを超える。

*11:「der Menschen Geschlechter人間の種」。Geschlechterは、「性、性衝動、種族、世代」などの意味。