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【翻訳】物語詩『Lenore(またはLenonore、邦題:レノーレ)』(ビュルガー)

記事作成日:2022/05/15
最終更新日:2022/05/16

▼ 更新記録(ここをクリックで展開)
  • 2022/05/16
    • 翻訳文脚注の一部修正・追記(=【2022/05/16修正】または【2022/05/16追記】と書いている箇所)
    • 『日本語訳について』の項目を追加(=【2022/05/16追記】と書いている箇所)
    • 『最終スタンザ部分の各国語訳比較(※一部日本語で重訳)』の項目を追加(=【2022/05/16追記】と書いている箇所)
 

 

 本記事では、ビュルガー(Gottfried August Bürger)の物語詩(各スタンザ8行×32スタンザ)である『Lenore(またはLenonore、邦題:レノーレ)』のドイツ語原文を拙訳したものを全文掲載しております。また、原文も全て掲載しております。
 本作は1773年にドイツで発表された後、ドイツ国内でまず瞬く間に流行した後、ヨーロッパでも広く受容され、絵画作品などに昇華されていった作品になります。特にヴェルネやアリ・シェフェールによる絵画作品が有名なものになります。ドイツ近代バラードの傑作の一つであり、イギリスで流行したゴシック・ロマンス(=その後のホラー小説というジャンルの源流とされる)への影響も重要なものであったといえるものでしょう。
そもそも人口に膾炙していた民間伝承が背景にあるなどいろいろポイントはあるのですが、ここでは詳しい概要説明などはしませんので、興味があれば各自で調べていただければ幸いです。
 以下、「である」調でお送りします。

作品解説

概要

基本情報

原題
Lenore(邦題:レノーレ)
作者
ゴットフリート・オーガスト・ビュルガー(Gottfried August Bürger)
発表年
1773

 

日本語訳について 【2022/05/16追記】

現在、出版された書籍の形で読めるものは以下の1点のみかと思われる(※2022/05/16時点で私自身は未読です)。ただし翻訳の担当者が英文学の翻訳や研究で著名な南條氏なので、もしかしたら何かしらの英訳からの重訳になっているのかもしれない。
※注意:下記、楽天ブックスへのリンクのみアフィリエイトリンク。

 

また、WEB上で個人が翻訳を公開しているものも1点見つけたので紹介しておくが、これは明確に英訳(Dante Gabriel Rossetti/訳、1884年)からの重訳である。

  • 『◆ cygnus_odile の ホームページ ◆』-「Lenore by Bürger」(※『ゲオシティーズ』は既にサービス提供が終了されているため、『the Wayback Machine』を介してリンクを貼っておく)(最終アクセス日:2022/05/16)

『Leonore(邦題:レノーレ)』(Karl Reinhard編集版)

※以下の翻訳では、ビュルガーが書いたオリジナル版とKarl Reinhard編集版の2種類のうち、後者のテキストをベースにしている。というのも基本的に編集版はオリジナル版の古い語句表記を修正したり、句読点を変えていたりする程度で全体的に大きな差分はないものだったため、わざわざそれぞれのバージョンごとの訳文を用意するまでもなかったと判断したためである。差異については該当箇所にそれぞれ脚注を付けているので分かりやすいようにしている。
また、大きく差異があるわけでもないのに編集版のほうを優先したのは、私情であるのだが、一カ所どうしても編集版のほうが個人的に好みだった箇所があったためである。作中にはリピート箇所が複数あって最後の山場にあたるリピート箇所の句読点が編集版では「?」から「!」に変わっているところがあり、こちらのほうがより劇的効果があると感じた(=「Graut Liebchen auch vor Todten!(拙訳:死を前にして、愛しい人よ、恐ろしいようだな!)」の箇所)。ゆえにここでは編集版のほうをベースにしている次第である。
ちなみに、オリジナル版はタイトルの直後に「Im Winter 1773.」が付記されている。また、オリジナル版タイトルが『Lenore』であるのに対し、編集版は『Leonore』になっているが、一般に「レノーレ」で統一されている作品なので、ここでも邦題は『レノーレ」としておく。

※本作は物語詩、要は長詩であるため、原文と翻訳文をそれぞれ完全に別個に分けて書くと比較参照が難しくなるため、各スタンザごとに「原文→拙訳→脚注(※スタンザごとに振り直し)」の順で書いている。

※原文にある韻などは翻訳文上では表現できていないが、極力意味を忠実に訳すことを優先した。

※利用テキスト:

  • WEBサイト『Wikisorce(ドイツ語版)』内「Leonore」(※本記事内で「編集版」と呼称しているもの)(最終アクセス日:2022/04/26)(出典:Gottfried August Bürger, Gedichte, Göttingen, 1817, pp.68-83.)
  • WEBサイト『Wikisorce(ドイツ語版)』内「Lenore (Bürger)」(※本記事内で「オリジナル版」と呼称しているもの)(最終アクセス日:2022/04/26)(出典:Gottfried August Bürger, Gedichte, Göttingen, 1778, pp.81-96.)

本文(原文/翻訳文)

Lenore fuhr um’s Morgenroth(※1)
Empor aus schweren Träumen:
„Bist untreu, Wilhelm(※2) oder todt?
Wie lange willst du säumen?“ –
Er war mit König Friedrich’s(※3) Macht
Gezogen in die Prager Schlacht,
Und hatte nicht geschrieben,
Ob er gesund geblieben.

レノーレは黎明を目指し駆ける(※4)
重く憂鬱な夢想から離れて高々と。(※5)
「不誠実だわ、ウィルヘルム、それともまさか死んじゃったの?
どうしてあなたはそうずっとぐずぐすしようとするの?」──
彼はフリードリヒ王の力となって
プラハで行われている大きな戦闘に吸い込まれていってしまったのだった。
その上、手紙の類もなく、
無傷なままでいるのかどうかも伝えられはしないのだった。(※6)

※1 オリジナル版では「Morgenrot」。

※2 オリジナル版ではこの直後に「,(コンマ)」有り。

※3 オリジナル版では「Friedrichs」。

※4 一応補足すると、朝になったので目覚めましたということである。

※5 このレノーレの疾走は後のヴィルヘルムと馬との疾走と対比するような描写になっている。

※6 「伝えられはしない」は補足的に意訳。


Der König und die Kaiserinn(※1),
Des langen Haders müde,
Erweichten ihren harten Sinn(※2),
Und machten endlich Friede;
Und jedes Heer, mit Sing und Sang,
Mit Paukenschlag und Kling und Klang,
Geschmückt(※3) mit grünen Reisern,
Zog heim zu seinen Häusern.

王と女帝は、
長きに亘る不和(※4)に疲弊し、
自分たちの頑迷なる意思を和らげると、
ついに和睦を築くことにしたのである。
そして各支配者たちは、歌いに歌い、
ティンパニーの響きも鳴りやまず(※5)
芽吹く小枝で装われ、
自分たちの家のほうへと導かれていったのだった。

※1 オリジナル版では「Kaiserin」。

※2 オリジナル版では「Sin」。

※3 オリジナル版では「Geschmükt」。

※4 七年戦争のこと。

※5 忠実に読めば「響きに響き」


Und überall all überall(※1),
Auf Wegen und auf Stegen,
Zog Alt und Jung dem Jubelschall
Der Kommenden entgegen.
Gottlob! rief Kind und Gattinn(※2) laut,
Willkommen(※3)! manche frohe Braut.
Ach! aber für Lenore’n(※4)
War Gruß(※5) und Kuß(※6) verloren.

こうして全てのあらゆる所、
街道の上、小径の上で、
あの管区(※7)に向かって
老いも若きもこの歓喜の音に引き寄せられるのだった。
喜ばしき哉(※8)! 子と夫人らは大声で叫ぶ、
歓喜(※9)! 多くの楽しげな花嫁たちへと。
嗚呼! それなのにレノーレのためのものは
挨拶も口づけも失われてしまっていたのだった。

※1 オリジナル版では「überal」。

※2 オリジナル版では「Gattin」。

※3 オリジナル版では「Wilkommen」。

※4 オリジナル版では「Lenoren」。

※5 オリジナル版では「Grus」。

※6 オリジナル版では「Kus」。

※7 曖昧に濁されているので不明。たぶん、一応の戦争のきっかけとなっているシレジアのことか。厳密には「空位聖職録の一時管理」「騎士修道会管区」といった訳になる。

※8 ふつう、「ありがたい」などの感嘆を表わす。原意としては「神は褒め給う」。

※9 厳密には「歓迎」といったニュアンス。


Sie frug den Zug wohl auf und ab,
Und frug nach allen Namen;
Doch keiner war, der Kundschaft gab,
Von Allen(※1), so da kamen.
Als nun das Heer vorüber war,
Zerraufte sie ihr Rabenhaar,
Und warf sich hin zur Erde,
Mit wüthiger(※2) Geberde.

彼女は隊列のすべて、あちらこちらを尋ね歩いた。
そしてあらゆる名の男たちを前にして恋人の名を問うたのだ。(※3)
だが一人として居はしなかった、めぼしい情報を与える者は。
兵たち全員が、こうしてここに来て、
そうして今ではこの軍勢は通り過ぎて行ってしまった。
彼女は己の黒い髪を掻き毟り、
疲弊してひたすら(※4)地面へと、
憤懣に激した動きをしたのだった。

※1 オリジナル版では「allen」。

※2 オリジナル版では「wütiger」。

※3 この行は全体的に意訳した。

※4 「疲弊してひたすら」は「hin」をこのように訳した。


Die Mutter lief wohl(※1) hin zu ihr: –
Ach, daß sich Gott erbarme!
Du trautes Kind, was ist mit dir?“ –
Und schloß sie in die Arme.
„O Mutter, Mutter! hin ist hin!
Nun fahre Welt und Alles(※2) hin!
Bei Gott ist kein Erbarmen.
O weh, o weh mir Armen!“ –

母親は彼女のもとに飛ぶように駆け寄って来た。──
「嗚呼、神よ憐れみ給え!
おまえは愛しい子供なのだもの。そのおまえに何があったというの?」
そうして彼女を両腕の中へときつく抱きしめるのだった。
「ああ、お母さん、お母さん! 過ぎ去っていってしまったわ!
もう今では世界は通過してしまった、全てが行ってしまったのよ!
きっと神さまは何一つ憐れんでくださらなかったの。
ああ、つらい、ああ、悲しいわ、私を憐れんでやって!」──

※1 オリジナル版では「wol」。

※2 オリジナル版では「alles」。


„Hilf Gott, hilf! Sieh uns gnädig an!
Kind, bet’ ein Vaterunser!
Was Gott thut, das ist wohl gethan(※1).
Gott, Gott erbarmt sich unser(※2)!“ –
„O Mutter, Mutter! Eitler Wahn!
Gott hat an mir nicht wohl gethan(※3)!
Was half, was half mein Beten?
Nun ist’s nicht mehr vonnöthen(※4).“ –

「助けてください、神さま、助けて! われわれをご覧ください、その慈悲深い眼をこちらにお向けください!
行いください、神さま、愉快なる行いをなさってください。
神さま、神さま、憐れんでください、私たちを!」──
「ああ、お母さん、お母さん! そんなの虚しい(※5)願望だわ!
神さまは私には心地よい行いを行ってはくださらなかったの!
何を助けてくださいましょう、私の祈りを聞いてどう手を差し伸べてくださいましょう?
今ではもうそんなのこれ以上は必要のないことだわ。」──

※1 オリジナル版では「wohl gethan」が一語になり「wolgethan」。

※2 オリジナル版では「Unser」。

※3 オリジナル版では「wohl gethan」が一語になり「wolgethan」。

※4 オリジナル版では「vonnöten」。

※5 「見栄っ張り」などのニュアンスを含んだ「むなしい」。


„Hilf Gott, hilf! Wer(※1) den Vater kennt(※2),
Der weiß(※3), er hilft den Kindern.
Das hochgelobte Sakrament
Wird deinen Jammer lindern.“ –
„O Mutter, Mutter! was mich brennt(※4),
Das lindert mir kein Sakrament!
Kein Sakrament mag Leben
Den Todten wiedergeben.“(※5)

「助けてください、神さま、助けて! 誰か父(※6)によく知らせてください。
このことが分かっていれば、かの御方は子供たちのことを助けてくださるはず。
その気高い秘跡に身を捧げて
おまえの悲惨な不幸を和らげてくださるはず。」──
「ああ、お母さん、お母さん! どうして私を焼きつけて痛めつけるようなことをするの。
これはどんな秘跡でも和らげられることはないのだもの!
どんな秘跡でも生命を好むなんてことはないのよ、
死というものを再び寄越してくるだけ(※7)で。」

※1 オリジナル版では「wer」。

※2 オリジナル版では「kent」。

※3 オリジナル版では「weis」。

※4 オリジナル版では「brent」。

※5 オリジナル版ではこの直後に「–」が付く。

※6 神のこと。

※7 原文に「だけ」のニュアンスはないが、補足的に意訳した。


„Hör’(※1), Kind! wie, wenn der falsche Mann(※2),
Im fernen Ungerlande,
Sich seines Glaubens abgethan,
Zum neuen Ehebande?
Laß(※3) fahren, Kind, sein Herz dahin!
Er hat es nimmermehr Gewinn(※4)!
Wann Seel’ und Leib sich trennen,
Wird ihn sein Meineid brennen.“ –

「お聞き、子よ!(※5) その不実な男、
遠くハンガリーから来るはずのその男は、
彼女の信じる心から逃れ、
新たな結婚の絆に向かっているのではないかしら?
そのまま行ってしまったんだよ、子よ、その心を通り過ぎて去っていったの!(※6)
彼は彼女には絶対にもう良い存在となることはないの!
だから魂と肉体とが引き離されるときには、
彼は偽りの誓いによって燃やされてしまうわよ。」──

※1 オリジナル版では「Hör」。

※2 オリジナル版では「Man」。

※3 オリジナル版では「Las」。

※4 オリジナル版では「Gewin」。

※5 「wie. wenn」が翻訳にうまく取り込めずここでは省略した。

※6 男は戦死したのではなくておまえを捨てたのだということにして諦めさせようとしている。


„O Mutter, Mutter! Hin ist hin!
Verloren ist verloren!
Der Tod, der Tod ist mein Gewinn!
O wär(※1) ich nie geboren!(※2)
Lisch aus, mein Licht, auf ewig aus!
Stirb hin, stirb hin in Nacht und Graus!
Bei Gott ist kein Erbarmen.
O weh, o weh mir Armen!“ –

「ああ、お母さん、お母さん! 過ぎ去って行ってしまったわ!
なくなった、なくなっちゃったの!
死が、死が私の“良い存在”なの!
おお、私、生まれなければよかった!
すべて消し去って、私の光、永遠に!
死んでいなくなれ、消滅してしまえ(※3)、夜闇と恐怖の裡に!
神が憐れみを掛けなかったがために。
ああ、つらい、ああ、悲しいわ、私を憐れんで!」──(※4)

※1 オリジナル版では「wär’」。

※2 オリジナル版ではこの直後に「–」が付く。

※3 原文では単に「strib hin」を繰り返しているが、拙訳では「死んでいなくなれ、消滅してしまえ」とした。

※4 彼女は嘆き悲しむあまりに発した言葉によって意図せず自身を呪い、そして(のちの展開を読めば分かるように)神はその呪いを完璧に成就させてやったことになっている。


„Hilf Gott, hilf! Geh’(※1) nicht in’s(※2) Gericht
Mit deinem armen Kinde!
Sie weiß(※3) nicht, was die Zunge spricht.
Behalt’(※4) ihr nicht die Sünde!
Ach, Kind, vergiß(※5) dein irdisch Leid,
Und denk’(※6) an Gott und Seligkeit!
So wird doch deiner Seelen
Der Bräutigam nicht fehlen.“ –

「助けてください、神さま、助けて! 彼女のもとへと、
あなたの可哀相な子供と共に裁きのためにお出でにはなさいまでんように!
彼女は分かっていないのです 。それでいてあの舌は話しているのです。
この罪業を彼女に留め置いてはくださらぬように!
嗚呼、子よ、おまえの現世での悲嘆を忘れて、
そして神様と天国での浄福のことについて考えて頂戴!
そうしたらおまえの心に
あの花婿が欠けてしまうなんていうこともないから(※7)。」──

※1 オリジナル版では「Geh」。

※2 オリジナル版では「ins」。

※3 オリジナル版では「weis」。

※4 オリジナル版では「Behalt」。

※5 オリジナル版では「vergis」。

※6 オリジナル版では「denk」

※7 先ほどは諦めさせようとしたが、それでもどうにもならなかったため、今度は、信心深く生きれば彼も共にあるからとなだめているのである。


„O Mutter! was ist Seligkeit?
O Mutter! Was ist Hölle?
Bei ihm, bei ihm ist Seligkeit,
Und ohne Wilhelm Hölle! –
Lisch aus, mein Licht, auf ewig aus!
Stirb hin, stirb hin in Nacht und Graus!
Ohn’ ihn mag ich auf Erden,
Mag dort nicht selig werden.“ – –

「ああ、お母さん! “浄福”って何なのでしょう?
ああ、お母さん! “地獄”とはどんなことをいうのかしら?
あのひとのもとに、あのひとのもとにいることが浄福というものなのだわ。
そして、ヴィルヘルムが欠けていることが地獄なの!──
すべて消し去って、私の光、永遠に!
死んでいなくなれ、消滅してしまえ(※1)、夜闇と恐怖の裡に!
あのひとなしに地上に在るくらいなら、
天上で幸福に与らなくたっていい。」──

※1 ここも「strib hin」を繰り返しているが、このようにした。


So wüthete(※1) Verzweifelung
Ihr in Gehirn und Adern.
Sie fuhr mit Gottes Vorsehung(※2)
Vermessen fort zu hadern;
Zerschlug den Busen, und zerrang
Die Hand, bis Sonnenuntergang,
Bis auf am Himmelsbogen
Die goldnen Sterne zogen(※3).

そして絶望に荒れ狂い、
彼女は頭に血を昇らせていた。
彼女は神の摂理に飛びかかり、
尚も不遜なる態度で噛みつくのだった。
胸を散々に打ちのめし、そしてやたらに手を
捩り(※4)続けた(※5)。太陽が沈むまで。
天空(※6)に向かって
黄金に輝く星々が移動し、そこで瞬くようになるまで。(※7)

※1 オリジナル版では「wüthete」。

※2 オリジナル版では「Fürsehung」。たぶん「für」+「sehen」+「-ung」という構成の誤だと思うが、詳細不明。たぶん「Vorsehung(神の摂理)」と意味は同じか。

※3 中高ドイツ語。「進行する」などのニュアンス。

※4 「zer…」+「rang」。訳文では「やたらに(手)を捩り」としたが、もう少し厳密に読めば、「(手が)砕けてしまいそうなほどに捩り」ないしは、手が砕けそうなほど暴れたというニュアンスだろう。

※5 「続けた」は補足的に意訳した。

※6 空をドーム状に見立てたニュアンスの「天空」である。古い天上観による。

※7 「そこで瞬くようになるまで」は補足的に意訳。


Und außen(※1), horch! ging’s trap trap trap,
Als wie von Rosseshufen;
Und klirrend stieg ein Ritter(※2) ab,
An des Geländers Stufen;
Und horch! und horch! den Pfortenring
Ganz lose, leise, klinglingling!
Dann kamen durch die Pforte
Vornehmlich(※3) diese Worte:

そして外から(※4)、傾聴せよ! それは、ステップを踏んで、来る、来る、来る(※5)
まるで馬の蹄のような音を立てて。
それから一人の騎士が鎧をガチャガチャと鳴らして降り、
階段の柵に向かう音がする(※6)
そして、聞け! よく聞くのだ! 門戸に
しっかりと耳をすませよ、微かに、鳴り響くその音に!
次にはそれは門を過ぎ来て
言葉を吐き出す。

※1 オリジナル版では「aussen」。

※2 オリジナル版では「Reiter」。

※3 オリジナル版では「Vernemlich」。

※4 上記のスタンザからここに至るまでに帰宅しているようである。

※5 厳密には「それは来る、ステップを踏み、ステップを、ステップを」みたいなふうになっているが、日本語として自然なものとして語を入れ替えて訳した。

※6 「音がする」は補足的に意訳。


„Holla, Holla! Thu’(※1) auf, mein Kind!
Schläfst, Liebchen, oder wachst du?
Wie bist noch gegen mich gesinnt(※2)?
Und weinest oder lachst du?(※3)
Ach, Wilhelm, du? .. So spät bei Nacht? ..(※4)
Geweinet hab’ ich und gewacht;
Ach, großes(※5) Leid erlitten!
Wo kommst du her geritten?“ –

「ねえ、ほら! きみのために、きみを目指して来たんだよ(※6)! 僕のかわいい子(※7)
どうして僕に対してそうやってずっと(※8)黙り込んでいるの(※9)
泣いているの? それとも笑っているのかな、きみは?」
「嗚呼! ヴィルヘルム、あなたなの?……こんなに夜も更けたのに?……
私、さんざん泣いちゃったわ。それに、眠れずにいたの。
嗚呼、ひどい悲しみを味わったのよ(※10)
どこからこっちまで馬に乗って移動してきたというの?」

※1 オリジナル版では「Thu」。

※2 オリジナル版では「gesint」。

※3 オリジナル版では直後に「“ –」が付く。

※4 オリジナル版では「..」が「- -」。

※5 オリジナル版では「grosses」。

※6 原文「Thu’ auf」を「きみを目指し」と解釈した上で意訳した。もしかしたら「遅くなっちゃったけど」というようなふうに読めるようにもなっているのかもしれない。

※7 単純に「僕の子!」というような言葉で呼びかけているが、補足的に意訳した。

※8 「どうして僕に対してそうやってずっと」は補足的に意訳。

※9 「黙り込む」というよりは厳密には「沈思している」というニュアンス。

※10 厳密には「大きな苦悩(悲嘆)を受ける」。


„Wir satteln nur um Mitternacht.
Weit ritt(※1) ich her von Böhmen.
Ich habe spät(※2) mich aufgemacht,
Und will(※3) dich mit mir nehmen(※4).“ –
Ach, Wilhelm, erst herein geschwind’(※5)!
Den Hagedorn durchsaust der Wind,
Herein, in meinen Armen,
Herzliebster, zu erwarmen!“ –

「準備していただけなのだけれど、真夜中になったんだ(※6)
すごい距離を移動してきたんだよ、ボヘミアから、こっちまでね。
身なりを整えていたらこんなに遅くなったんだ。(※7)
それで、僕と一緒に来てほしいのだけれど(※8)。」──
「嗚呼、ヴィルヘルム、とにかくまずは中に、さあ、早く!
生垣のサンザシか何か(※9)が風を鋭く切っているわ。
中に入って、私の、気の毒で、
いとしいひと。暖まって頂戴!」──

※1 オリジナル版では「rit」。

※2 オリジナル版では「spat」。

※3 オリジナル版では「wil」。

※4 オリジナル版では「nemen」。

※5 オリジナル版では「geschwind」。

※6 ここの箇所は他にも「われわれは真夜中にしか動けない」というようにも解釈できるようになっていると思われる。「satteln準備して」はそもそも「鞍を置く」という意味の言葉で、転じて「準備する」なども意味する言葉である。「われわれ」となっていることにも注意。

※7 「起き上がって出掛ける準備をしていたら遅くなったんだ」とも読める。要は、死者の彼が彼女を迎えるための準備を整えていたら真夜中になったことを暗に言っている。

※8 この箇所は暗に「きみを辿ってきた」「きみに僕は望まれた」というような意味でも読めるようになっているのではないかと思われる。

※9 「サンザシ属」を意味する漠然とした言葉なのでこのようにした。原義はおおよそ「庭の囲い地などに生える刺を持つ低木類」を意味するもの。小さな実ができるトゲのある植物をイメージしたらいいと思う。


„Laß(※1) sausen durch den Hagedorn,
Laß(※2) sausen, Kind, laß(※3) sausen!
Der Rappe scharrt(※4); es klirrt(※5) der Sporn.
Ich darf allhier(※6) nicht hausen.
Komm(※7), schürze,(※8) spring’ und schwinge dich
Auf meinen Rappen hinter mich!
Muß(※9) heut noch hundert Meilen
Mit dir in’s(※10) Brautbett(※11) eilen.“ –

「あの草木(※12)を通り抜けて唸り声が聞こえるに任せればいいさ。
唸るがままにね、かわいい子よ、そのままにさせてくれ(※13)
黒馬が地を掻いている。拍車がカチャカチャと鳴っている。(※14)
僕はここに住まうわけにはいかない。(※15)
おいで、そのまま服の裾をたくし上げてくれたらいい(※16)、跳ねて、揺れて、
僕の後ろで僕の黒馬に乗るんだ!
きょうの日のうちに百マイルを行かねばならないんだ、
きみと共に、初夜の褥へと急いで。」──

※1 オリジナル版では「Las」。

※2 オリジナル版では「Las」。

※3 オリジナル版では「las」。

※4 オリジナル版では「schart」。

※5 オリジナル版では「klirt」。

※6 オリジナル版では「alhier」。

※7 オリジナル版では「Kom」。

※8 オリジナル版では「,(コンマ)」なし。

※9 オリジナル版では「Mus」。

※10 オリジナル版では「ins」。

※11 オリジナル版では「Brautbett’」。

※12 原文では「サンザシ属」にあたる言葉を繰り返している。

※13 ここも本来は「laß sausen唸るがままに」を繰り返している。

※14 「すぐにでも出発しなければならない」という旨の話をしている。

※15 補足しておくと、「allhier」は「ここ」を強調していう言葉で、「hausen」は「(条件が良くない環境に)住む、獣が棲む」といった言葉である。そのため、このセリフはかなり強く拒絶の意志を出して発言されている。もちろん、彼はもはや死者であるため、生者のための家に住めないからこう言っているのである。

※16 単に「たくし上げよ」としか言っていないが、補足的に意訳した。


Ach! wolltest(※1) hundert Meilen noch
Mich heut in’s(※2) Brautbett(※3) tragen?
Und horch! es brummt(※4) die Glocke noch,
Die elf schon angeschlagen.“ –
„Sieh hin, sieh her! der Mond scheint hell.
Wir und die Todten reiten schnell.
Ich bringe dich, zur Wette,
Noch heut in’s(※5) Hochzeitbette.“(※6)

「嗚呼! 百マイルも走って
きょうの日のうちに私を新床へと乗せて行ってくださるの?
なら、よく聞いて頂戴! 鐘はまだうるさいくらいに鳴っているわ。
すでに十一時を過ぎたのだと打ち鳴らしているのよ?(※7)」──
「あっちを、そしてこっちを見てごらん! 月が冴え冴えと輝いている。(※8)
僕たちと、そして死なるものは、馬に乗って早々と駆け行くんだ。
僕がきみを運ぶんだ、あの賭けごとに向かって(※9)
きょうのうちに結婚の床に着くんだ。」

※1 オリジナル版では「woltest」。

※2 オリジナル版では「ins」。

※3 オリジナル版では「Brautbett’」。

※4 オリジナル版では「brumt」。

※5 オリジナル版では「ins」。

※6 オリジナル版では直後に「–」が付く。

※7 本来疑問形では言っていないが、「嗚呼! 百マイル(※およそ161㎞)も~」に、「きょうのうちにそんなに走るのは無理だろう」という意味合いがあるため、ここでその意味を表現できるようにした。ちなみに日本地図を例にするとおおよそJRの東京駅-静岡駅を徒歩移動するとこれくらいの距離になる。Google mapいわく車移動で2時間15分、自転車で12時間ほどかかる距離(※2022/05/14現在)なので、少なくとも深夜に走ろうとは思わない距離だろう。

※8 夜闇が濃いわけではないから、速やかに移動できるだろうという意味での発言だと思われる。夜=死のイメージもある。

※9 タイムリミットまでにレノーレを地獄へと引きずり込むことだろう。


Sag(※1) an, wo ist dein Kämmerlein?
Wo? wie(※2) dein Hochzeitbettchen(※3)?“ –
„Weit, weit von hier! ..(※4) Still(※5), kühl und klein! ..(※6)
Sechs Bretter und zwei Brettchen(※7)!“ –
„Hat’s Raum für mich?“ – „Für dich und mich!
Komm(※8), schürze, spring’(※9) und schwinge dich!
Die Hochzeitgäste hoffen;
Die Kammer steht uns offen.“ –

「何を言っているの、どこにあなたの言うような粗末な部屋があるというの(※10)
どこに? あなたの言うそのささやかな結婚の床って何なの?」──
「遠く、ここからずっと遠いところに(※11)! ……そこは(※12)ひっそりと静まっていて、冷たくて、取るに足らぬようなものなんだ(※13)!……
六枚の壁板の、二つのささやかな褥だ(※14)!」──
「それが私のための部屋なの?」──「きみと僕のためのだよ!
おいで、そのまま服の裾をたくし上げてくれたらいい、跳ねて、揺れて、行くんだ(※15)
この結婚式の来賓たちが待ち望んでいる。
僕たちがあの小部屋(※16)を開くのを(※17)。」──

※1 オリジナル版では「Sag」。

※2 オリジナル版では「Wie」。

※3 オリジナル版では「Hochzeitbetchen」。

※4 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※5 オリジナル版では「Stil」。

※6 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※7 オリジナル版では「Bretchen」。

※8 オリジナル版では「Kom」。

※9 オリジナル版では「spring」。

※10 意訳している。「Kämmerlein」は「暖房設備などもない粗末な部屋、物置」などをさらに矮小化して表現している言葉で、二スタンザ前のところでヴィルヘルムが「こんな所にはいられない」といった旨の発言をそういうものとして解釈して言っているのではないかと思われる。なので、「新床ならばこの家の中にもうあるじゃないの」ということを言いたいのだろう。

※11 「weit」は空間・時間的な意味で「遠い、はるかに先にある」といった意味合いの言葉だが、レノーレの言葉を受けて、他の意味合いである「広い」というものも言い含めていて、「ここ(にある寝室)よりもはるかに広い」というようなことも重ねて言っているのだと思われる。棺のことならこれは当てはまらないが、魂が向かう先である地獄ないし地下世界(=死の世界)のことを言っているのならばそう捉えてもいいものだと思う。

※12 「そこは」は補足的に意訳。

※13 死の世界のイメージを語っている。最後に「取るに足らぬ」とした箇所は「狭い、小さい」と表現しているのだろうが、墓穴の中、棺の中、自分たちの死の世界の感覚的な狭さといった意味合いがあるのだろう。とはいえ、同時に彼らにとって死の世界は茫漠として広大なものでもあるため、上述までのセリフとは完全に矛盾しているわけでもない。

※14 二人分の棺のこと。

※15 上記の繰り返し箇所だが、ここでは僕の後ろでといった言葉はカットされているため、訳文として自然になるように「行くんだ」を補足的に付け足した。

※16 暖房施設などもない比較的簡素な部屋のこと、または物置などを表わす。

※17 ここの「stehen」は特に「sein」の代替的な意味合いがまず取り入れられているが、「二人が褥の扉を開いて契りを交わしに現れるために並び立つ」だとか、「二人が棺の扉をあけ放ち(死を迎えて)そのままじっと固くなる」または「そのまま変わることなく存在し続ける」といった意味合いも言い含まれている。


Schön Liebchen schürzte, sprang und schwang
Sich auf das Roß(※1) behende;
Wohl(※2) um den trauten Reiter schlang
Sie ihre Lilienhände;
Und hurre hurre, hop hop hop!
Ging’s fort in sausendem Galopp(※3),
Daß Roß(※4) und Reiter schnoben,
Und Kies und Funken stoben.

速やかに恋人は手際よく馬上に乗せられ(※5)
跳ねて、揺れた。
彼女はその百合のような手を
この愛しい乗り手にしっかりと巻き付けた(※6)
そして、急ぎに急ぎ、跳ねた、跳ねた、跳ねた!
馬は低く唸るような駆け足《ギャロップ》でひたすらに移動を続け、
故に馬も乗り手も息遣いは荒く、
砂利と火花(※7)は舞い上がった。

※1 オリジナル版では「Ros」。

※2 オリジナル版では「Wol」。

※3 オリジナル版では「Galop」。

※4 オリジナル版では「Ros」。

※5 ここも「たくし上げる」の意味の「schürzen」が用いられているため、(やや強引に)あっという間に馬上に乗せられたらしい様子が伺える。

※6 「schlangen」はここで「巻きつける」としたが、上述で何度か繰り返されている「schürzen(たくし上げるなど)」も、共に「結ぶ、結び目を付ける」といった意味合いもあるつながりがある。

※7 蹄から発しているのだと思われる。


Zur rechten und zur linken Hand,
Vorbei vor ihren Blicken,
Wie flogen Anger, Heid’(※1) und Land!
Wie donnerten die Brücken! –
„Graut Liebchen auch? ..(※2) Der Mond scheint hell!
Hurrah! die Todten reiten schnell!
Graut Liebchen auch vor Todten?“ –
Ach nein! ..(※3) Doch(※4) laß(※5) die Todten!“ –

右手側そして左手側を、
過ぎゆく、目の前に見えたものは、
飛ぶように流れていく(※6)何かしらの牧草地、荒野、土地が!
橋を渡るときにはなんとひどく雷のような音を立てて行くことか!(※7)──
「愛しい人よ、怖ろしいのかい? ……月は白々と照り輝いている!
万歳! かの死は疾《と》く乗り行く(※8)
死を前にして、愛しい人よ、恐ろしいのか?」
「嗚呼、いや! ……なのに、死に任せるがまま!」

※1 オリジナル版では「Haid’」。多分、誤字か。編集版の「Heid‘」で理解してよい箇所だと思われる。

※2 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※3 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※4 オリジナル版では「doch」。

※5 オリジナル版では「las」。

※6 馬がものすごい疾走をしているため、景色が流れていく。

※7 ここの一文は全体的に補足的に意訳。厳密には、「なんとこの橋(たち)は雷のような音を立てることだろう!」といったものになるが、意味しているところは本文のとおりである。

※8 上述の「僕たちと、そして死なるものは、馬に乗って早々と駆け行くんだ。」の箇所と文章は一緒だが、発言時のテンションが異なるため、ここではやや言い回しを変えている。以降もここと同様のテンションで繰り返されるため、以降は「かの死は疾《と》く乗り行く!」を訳の本文でも繰り返している。


Was klang dort für Gesang und Klang?
Was flatterten die Raben? ..(※1)
Horch Glockenklang! horch Todtensang:(※2)
„Laßt(※3) uns den Leib begraben!“
Und näher zog ein Leichenzug,
Der Sarg und Todtenbahre(※4) trug.
Das Lied war zu vergleichen
Dem Unkenruf in Teichen.

あそこで響いた歌声と楽の音は何だ?
なぜ鴉らは羽ばたくのだ?
耳を欹《そばだ》ててよく聞くがいい、鐘の音を! 耳をすませよ、死の歌に。
「肉体は埋葬されるがままにするんだ!」
そして鐘の音よりも近い所(※5)では葬列が伸び、
棺と棺台(※6)とを担ぎ行く。
その歌はまるで
池にいるスズガエルの鳴き声(※7)にも比する。

※1 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※2 オリジナル版では「:」ではなく「!」。

※3 オリジナル版では「Last」。

※4 オリジナル版では「Todtenbaare」。

※5 厳密には「より近くで」程度の意味合いしかないが、補足的に意訳して「鐘の音よりも~」とした。

※6 棺を載せる担架のようになっているのだと想像すればよい。

※7 「不幸を予言する叫び」とも読めるようになっている。


„Nach Mitternacht begrabt den Leib,
Mit Klang und Sang und Klage!
Jetzt(※1) führ’ ich heim mein junges Weib.
Mit, mit zum Brautgelage!
Komm(※2), Küster, hier! Komm(※3) mit dem Chor,
Und gurgle mir das Brautlied vor!
Komm(※4), Pfaff’, und sprich den Segen,
Eh’(※5) wir zu Bett(※6) uns legen!“ –

「真夜中を過ぎれば肉体は埋められる、
鐘の音と歌と嘆きと共に!
今、私は私の歳若い妻を我が家へと導こう、
共に連れ立ち、共に、結婚の宴(※7)へと向かって!
来るがいい、教会で働く者よ(※8)、ここに! 来い、コーラスを連れ立ち、
そして婚礼を祝う歌に先立って私にガラガラと音を鳴らせ(※9)
来い、坊主ども(※10)、そして祝福の言葉を口にしろ。
何であれ、僕たちは自分たちの横たわる褥へと向かうのだが!」──

※1 オリジナル版では「Jezt」。

※2 オリジナル版では「Kom」。

※3 オリジナル版では「Kom」。

※4 オリジナル版では「Kom」。

※5 オリジナル版では「Eh」。

※6 オリジナル版では「Bett‘」。

※7 葬式のこと。

※8 「Küster」は「教会で鐘の手入れなどをする用務員、教会の聖具室係」のこと。

※9 鐘の音のこと。

※10 聖職者たちを卑下した上で発言している。


Still Klang und Sang. ..(※1) Die Bahre(※2) schwand. ..(※3)
Gehorsam seinem Rufen,
Kam’s, hurre hurre! nachgerannt(※4),
Hart hinter’s Rappen Hufen.(※5)
Und immer weiter, hop hop hop!
Ging’s fort in sausendem Galopp,
Daß Roß(※6) und Reiter schnoben,
Und Kies und Funken stoben.

鐘も歌も静まってゆき……あの棺台も見えなくなっていく……。
その後(※7)に続くは彼女の叫び声。
来るぞ、急ぎ、急いで! 疾走を続け、
黒馬の蹄は硬い音で彼女の叫びの(※8)後を追うのだ。
そして、急ぎに急ぎ、跳ねた、跳ねた、跳ねた!
馬は低く唸るような駆け足《ギャロップ》でひたすらに移動を続け、
故に馬も乗り手も息遣いは荒く、
砂利と火花は舞い上がった。(※9)

※1 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※2 オリジナル版では「Baare」。

※3 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※4 オリジナル版では「nachgerant」。

※5 オリジナル版では「.(ピリオド)」ではなく「;(セミコロン)」。

※6 オリジナル版では「Ros」。

※7 それらが(馬が疾走するがゆえに急速に遠ざかって行って)聞こえなくなった、見えなくなった場面の後に続くのが黒馬の上にいる彼女の叫び声という意味である。

※8 「彼女の叫びの」は補足的に意訳。

※9 「そして、急ぎに急ぎ、跳ねた~舞い上がった。」までは上述の繰り返し。


Wie flogen rechts, wie flogen links(※1)
Gebirge, Bäum’ und Hecken!
Wie flogen links, und rechts, und links
Die Dörfer, Städt’ und Flecken! –
„Graut Liebchen auch? ..(※2) Der Mond scheint hell!
Hurrah! die Todten reiten schnell!
Graut Liebchen auch vor Todten?“ –
Ach! Laß(※3) sie ruhn, die Todten.(※4)“ –

右に飛ぶように過ぎ行く、左に飛ぶように過ぎ行く、(※5)
幾つもの山、木、そして藪が!
左に飛ぶように過ぎ行く、そして右、また左に、(※6)
幾つもの村、都市、そして市場の立つ町が!──
「愛しい人よ、怖ろしいのかい? ……月は白々と照り輝いている!
万歳! かの死は疾(と)く乗り行く!
死を前にして、愛しい人よ、恐ろしいのか?」(※7)──
「嗚呼! 彼女たち(※8)を静かに眠らせてやってください、死よ。」──

※1 オリジナル版では直後に「,(コンマ)」が付く。

※2 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※3 オリジナル版では「Las」。

※4 オリジナル版では「.(ピリオド)」ではなく「!」。

※5 ここも「(馬が)右に飛び跳ね、左に飛び跳ね」とも読める。

※6 ここも「(馬が)左に飛び跳ねる。次に右に、そしてまた左に」とも読める。

※7 ここのセリフは既述したものの繰り返しになっている。

※8 「彼らを」または「彼女を」とも読めるかと思うが、彼女自身は早々にもはやどうにもならないことは悟った様子なので、せめて私も彼も静かに眠れますようにと願っているのではないかと思う。


Sieh da! sieh da! Am Hochgericht
Tanzt’(※1) um des Rades Spindel,
Halb sichtbarlich bei Mondenlicht,
Ein luftiges Gesindel. –
„Sasa(※2)! Gesindel, hier! Komm(※3) hier!
Gesindel, komm(※4) und folge mir!
Tanz’ uns den Hochzeitreigen,
Wann wir zu Bette steigen!“ –

この場所を見よ! この場所を見よ! 絞首台の辺りで
紡ぎ車の車輪のようにぐるぐると回って踊っているものが(※5)
月光によって半ば見えよう、
一人の、風に吹かれるがままのならず者の姿が(※6)。──
「そら(※7)! ならず者よ、ここに! ここに来い!
ならず者よ、来い、そして僕に付いて来るがいい!
結婚式の輪舞を踊ってくれ給え、
僕たちが褥へと上がるそのときに!」──

※1 オリジナル版では「’」ではなく「,(コンマ)」。

※2 意味不明。オリジナル版も同じ。訳文では「そら!」とした。

※3 オリジナル版では「Kom」。

※4 オリジナル版では「kom」。

※5 本作では円のイメージが繰り返されているが、これは運命や盛衰といったものを象徴している。ここは特に歯車のモチーフも取り入れられており、分かりやすい。

※6 絞首刑に処された罪人が風に煽られて円を描くように揺れているということ。

※7 原文「Sasa!」の意味が分からなかったため、ここでは仮にこのようにしておく。


Und das Gesindel,(※1) husch husch husch!
Kam hinten nachgeprasselt,
Wie Wirbelwind am Haselbusch
Durch dürre Blätter rasselt.
Und weiter, weiter, hop hop hop!
Ging’s fort in sausendem Galopp(※2),
Daß Roß(※3) und Reiter schnoben,
Und Kies und Funken stoben.

そしてこのならず者は、音もなく、音もなく、音もなく(※4)
パチパチと音を残しながら背後からやって来る、
ハシバミの茂みに沿う旋風が
枯れた葉群の中を通り過ぎるかのような音を出して(※5)
また、さらに遠く、さらに遠く、跳ねた、跳ねた、跳ねた!
馬は低く唸るような駆け足《ギャロップ》でひたすらに移動を続け、
故に馬も乗り手も息遣いは荒く、
砂利と火花は舞い上がった。(※6)

※1 オリジナル版では「,(コンマ)」なし。

※2 オリジナル版では「Galop」。

※3 オリジナル版では「Ros」。

※4 「husch」の繰り返し。ほとんど音もなくサッと素早く動く様子を表わした言葉で半ば擬音のようなものなので本文ではこのようにした。

※5 やや意訳。この一文はダブルミーニング的になっていて、「錆びた刃がぶつかり合うような音を立てて」とも読めるようになっているかとも思う。

※6 「そうして馬は~舞い上がった」は上述の繰り返し。


Wie flog, was rund der Mond beschien,
Wie flog es in die Ferne!
Wie flogen oben über hin
Der Himmel und die Sterne! –
„Graut Liebchen auch? ..(※1) Der Mond scheint hell!
Hurrah! die Todten reiten schnell!
Graut Liebchen auch vor Todten!(※2)“ –
„O weh! Laß(※3) ruhn die Todten!“ – –(※4)

なんと飛ぶように過ぎ行くことか、なんと円い月は照らしだすことか、
そうしたかなたの景色はなんと飛翔していくことか!
上へ、上へと飛び過ぎ行く、
天と星々へと舞い上がっていくのだ(※5)!──
「愛しい人よ、怖ろしいのかい? ……月は白々と照り輝いている!
万歳! かの死は疾《と》く乗り行く!
死を前にして、愛しい人よ、恐ろしいようだな!(※6)」──
「ああ、つらい! 身を任せ、死に安らうしかないのだわ!」──

※1 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※2 オリジナル版では「!」ではなく「?」。

※3 オリジナル版では「Las」。

※4 オリジナル版では「– – –」。

※5 地上の景色が手に届かない天上へと昇っていくように見えるほど、彼らは地下世界へと向かっているということ。

※6 ここも上述の繰り返しだが、編集版では最後が「?」から「!」に変わっているため、最後の辺りのみ訳文はややニュアンスを変えた。


„Rapp’! Rapp’! Mich dünkt der Hahn schon ruft. ..(※1)
Bald wird der Sand verrinnen ..(※2)
Rapp’! Rapp’! Ich wittre Morgenluft ..(※3)
Rapp’! Tummle(※4) dich von hinnen! –
Vollbracht(※5), vollbracht(※6) ist unser Lauf!
Das Hochzeitbette thut sich auf.(※7)
Die Todten reiten schnelle!
Wir sind, wir sind zur Stelle.“ – –(※8)

「黒馬よ! 黒馬よ! 思うに、雄鶏はもうすぐ鳴いてしまうのだろう……。
じきに砂となって消え去りゆくことになるのだろう……。
黒馬よ! 黒馬よ! 私は朝の空気を嗅ぎ取っているのだ……。
黒馬よ! 馬車馬の如く走ってここから急ぎ去るのだ!(※9)──
成し遂げられん、成就せん、われらの進行は!
婚礼の褥の上で為すのだ、
死に跨り跳ねて!(※10)
われらは在ろう、在ろうぞ、然るべき場所に。」──

※1 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※2 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※3 オリジナル版では「..」ではなく「- -」。

※4 オリジナル版では「Tumle」。

※5 オリジナル版では「Volbracht」。

※6 オリジナル版では「volbracht」。

※7 オリジナル版では「.(ピリオド)」ではなく「!」。

※8 オリジナル版では「– – –」。

※9 「駆け回ってここから去る」程度の文だか、意訳した。

※10 「この黒馬(=死の象徴に重ねられている)に跨って跳ねていることで初夜の契りは成し遂げられた」というような意味を重ねている。


Rasch auf ein eisern Gitternthor
Ging’s mit verhängtem Zügel.
Mit schwanker Gert’ ein Schlag davor
Zersprengte Schloß(※1) und Riegel.
Die Flügel flogen klirrend auf,
Und über Gräber ging der Lauf.
Es blinkten Leichensteine
Rund um im Mondenscheine.

鉄でできた格子模様の門に向かって素早く
手綱(※2)を緩め行く。
しなやかな鞭(※3)での前方への一撃で
錠と閂とが砕け散る。
門戸は翼のようにガチャガチャと音を立てて羽ばたき、
そして墓掘り人(※4)は進行(※5)する。
輝くのは墓石、
月明りの中、円く照らし出されて。

※1 オリジナル版では「Schlos」。

※2 転じて「拘束」の意味もある。多分、この門は地獄の門といえるものだと思うので(尚且つ、現実世界の墓場の門ともリンクしている)、ゴール直前で少し支配が緩んでいるという意味か? ここのスタンザは現実世界と騎士たちの世界がダブルミーニングの形で描かれている。

※3 「しなやかな若い枝」とも読める。騎士は鞭で門を叩き、現実世界では木の枝が当たって錠などをそれだけで壊してしまったという意味か?

※4 現実世界の墓掘人ももちろん指すが、「墓穴を掘る者」なのだから、騎士(と乙女)を指す。

※5 上述のようにダブルミーニングとなっているのでこのようにしたが、第一義は「走行する」の意。


Ha sieh! Ha sieh! im Augenblick ,
Huhu,(※1) ein gräßlich(※2) Wunder!
Des Reiters Koller, Stück(※3) für Stück(※4),
Fiel ab, wie mürber Zunder.
Zum Schädel, ohne Zopf und Schopf,
Zum nackten(※5) Schädel ward sein Kopf;
Sein Körper zum Gerippe,
Mit Stundenglas und Hippe.

そら、見よ! そら、見よ! 刹那、
おお、残忍なる不可思議の奇跡が!
この騎手の鎧の胸当て(※6)が、一つまた一つ(※7)
散り落ちる、まるで戦意喪失してぼろぼろと崩れゆく炎(※8)のように。
頭蓋には、編んだ髪も頭髪も失せ、
剥き出しの髑髏となりゆく彼の頭。
身体は骸へと化してゆき、
砂時計と鎌(※9)を携えていた。(※10)

※1 オリジナル版では「,(コンマ)」ではなく「!」。

※2 オリジナル版では「gräslich」。

※3 オリジナル版では「Stük」。

※4 オリジナル版では「Stük」。

※5 オリジナル版では「nakten」。

※6 「Koller」は騎士の革製の胸当ての意味があるが、同音異義語では「(発作的な)激怒」を意味する。

※7 「Stück für Stück」で「一つ一つ」の意味になるが、「Stück」は「細かく刻む」というニュアンス。

※8 ここでは「炎」としたが「Zunder」は「火口」を指す。

※9 「Hippe」は特に死神が持つ鎌を指す。

※10 つまり騎士は死神としての姿を露わにした。


Hoch bäumte sich, wild schnob der Rapp’,
Und sprühte Feuerfunken;
Und hui! war’s unter ihr hinab
Verschwunden und versunken.
Geheul! Geheul aus hoher Luft,
Gewinsel kam aus tiefer Gruft.
Lenore’ns(※1) Herz, mit Beben,
Rang zwischen Tod und Leben.

高々と後ろ脚で立ち上がり。黒馬は野性的な荒い息遣いをした。
そして飛び散る火花。
さらに、おお! それは二人の下でさらなる下方へと
消え去りまた沈み込み、
轟き唸る(※2)! 空高く(※3)から泣き喚く声がして(※4)
深い所に在る墓(※5)からはしくしくと哀願する声がしてくる。
レノーレの心は、身震い(※6)と共に、
死と生との挟間で鳴り響く(※7)のだった。

※1 オリジナル版では「Lenorens」。

※2 「geheul」は、「泣きわめく、しきりにほえる、遠吠え、風や海、サイレンなどが轟く」といった意味がある。

※3 「Luft」はそもそも「空気」といった意味が強い言葉。転じて「空」をいうこともある。ここでは天上世界というよりは地上世界(=母親などの嘆きの声)を指していると思われる。

※4 ここも「geheul」。

※5 単純に墓穴の意味だろうが、地獄の暗喩でもあるのだろう。

※6 「Beben」は「地震・振動」の意味もある。このスタンザの頭でいよいよ二人はさらなる地の底へと落ちていくことが描かれているように、ここでは地割れが起きていることも表現しているということだろう。

※7 「Rang(=ringen)」は同音異義で「戦う、捩る」という意味もあるため、彼女が最後のあがきをしているらしいニュアンスも込められているのだろう。「鳴る」の場合、上述の鐘の音が鳴ることと心臓が脈打つこととが重ねられている。


Nun tanzten wohl(※1) bei Mondenglanz,
Rund um herum im Kreise,
Die Geister einen Kettentanz,
Und heulten diese Weise:
„Geduld! Geduld! Wenn’s Herz auch bricht!
Mit Gott im Himmel hadre nicht!
Des Leibes bist du ledig;
Gott sey der Seele gnädig!“

いまや月の灯《あかり》のもとで陽気に踊る、
ぐるぐると輪になって円く、
魂たちは一本の鎖の如く繋がり踊る。
そして轟くは旋律(※2)
「耐えよ! 耐えよ! その心が砕け散るそのときであろうとも!
天に坐します神の采配に(※3)逆らうこともなく!
その肉体は、きみは、汚れのない(※4)ままなのだ。
神は寛大な御心であらせられる(※5)!」(※6)

※1 オリジナル版では「wol」。

※2 「Weise」はここでは「旋律」としたが、同音異義で「賢人」などの意味もある。天上や地獄(の霊たち)、死神、騎士から彼女に向けられた言葉として理解すればよいのだろう。「heulten(=heulen)」は、梟が鳴くことや狼の遠吠えなどを表現する語彙で、そこから、泣き叫ぶ、サイレンなどが轟くというイメージに連なるものである。そのため、以降のセリフはそういった不気味さや遠くから聞こえてくる不穏な声音というような感じが伴っているのである。【2022/05/16修正】

※3 「采配に」は補足的に意訳。

※4 ここでは意訳している。「ledig」は「未婚の」という意味が第一義。詩的表現では「自由」という意味があり、ここにはこれらの意味が込められている。もちろん魂は地獄に在るのだからほとんど何の慰めにもならないだろうが。【2022/05/16追記 →】また、一応書いておくと、これによって「最後の審判による救いはあるかもね」ということを曖昧に言ってもいるとはいえるわけである。

※5 または、「神はその魂に慈悲深くあらせられる!」。【2022/05/16追記】

※6 どうやらこの最後のスタンザは既出の外国語訳だとかでは一般的に連なったり輪になったりしているのは地獄または墓場の霊たちであると限定して読む傾向にあるのかもしれない。そのように読むことは可能なのでそう読む場合は、「今、確かに月の灯のもとで踊る、 / ぐるぐると輪になって円く、 / 霊たちが一本の鎖のようになって踊り、 / そして歌を泣き叫ぶのだ。」となるだろう。ただ私からすればここは曖昧に読むべき箇所だと思っている。また、最後のセリフももっと救いがあるように読んでいるような気もするが、私としてはここは霊たちと限定するものでもない余白があると思っているし、まず騎士(死神)と乙女の魂が中心にあるはずだと汲んだので翻訳文ではこのようにしている。また、セリフ部分についても本作は神を呪ったレノーレの歪んだ願いを神が素直に(性根悪く)、「ヴィルヘルムのいる所が天上よりも浄福といえる世界なんだよな?」と叶えてやる話だと思うので、ここには残酷さが発露こそすれ、救いのあるような言い回しはまずないだろうと判断したため(そしてそう読めるため)このようにした次第である。【2022/05/16追記】

最終スタンザ部分の各国語訳比較(※一部日本語で重訳) 【2022/05/16追記】

 物語のラスト部分をどう解釈するかについて、救いが必ずあるような前提で好意的に捉えているようなものが見られた気がしたので、確認できる範囲で各国語の翻訳事例(※最後の32スタンザ目のみ)をまとめておく。収集した言語すべて私の拙訳も添えるというようなことはさすがにできなかったが、可能な範囲で稚拙なものながら書いておいた。
引用源は各『Wikisorce』ページへのリンクにつなぐのみに留めるので、細かい出典情報などはリンク先で確認していただきたい。各国語訳版が何らかの語訳から重訳している可能性もあるのだが、そこまでは分からない。

 結論を簡単にまとめておけば、自分で本文を読んで確認できた範囲で言えば、レノーレが死後速やかに救われるか、終末において救われるかということはある程度ぼかした言い方こそしているが、どれも救われる前提で訳されていたように思う(上記の私の本文翻訳を読めば分かるように、私はそこも曖昧にぼかすものだと理解した上で読んでいるが)。


英訳1:William Taylor訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))(※1)

But onwarde to the judgement seat,
⁠Thro’ myste and moonlight dreare,
The gostlie crewe their flyghte persewe,
⁠And hollowe inn her eare:—
—“Be patient; tho’ thyne herte should breke,
“Arrayne not heavn’s decree;
“Thou nowe art of thie bodie refte,
“Thie soule forgiven bee!”

だが、構うことなくかの審判の座へと進行する。
覆ってくるような暗い霧を通り抜け、荒涼とした月明かりのもと、
幽霊のような恐ろしい群れが青灰色の一塊となって(※2)飛び、
彼女の耳に虚ろな声が響いた。──
─「耐えて待て。たとえ汝の心が砕かれるしかなくとも。
天の判決の列が乱れることはないのだ。
汝はいまその肉体は〔訳出できず(※3)〕。
汝が魂は赦されん!」

※1 本文が中英語で書かれておりかなり私には読みにくいのもあり、本文は全体的に補足しつつ日本語訳に直している。訳出に自信はないが、参考程度に書いておく。多分、この訳では、レノーレは最後の審判のときには赦されるだろうということになっているようである。または死んだ直後からとも読めなくもない。

※2 「persewe」の語彙の意味が分からず。「pers(e)」が中英語で「青灰色」などを指し、「ewe(eue)」が同じく中英語で「羊、羊のいる野」を意味するため、これに関係するのかもしれない。翻訳文では仮に「青灰色の一塊となって」とした。このへんの読みが当たっているなら、神の子羊の霊魂が連なって飛んでいるようなイメージが描かれているのだろう。

※3 「refte」の語彙の意味が分からず。


英訳2:DANTE GABRIEL ROSSETTI訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))(※1)

The churchyard troop,—a ghostly group,—
⁠Close round the dying girl;
Out and in they hurry and spin
⁠Through the dance's weary whirl:
"Patience, patience, when the heart is breaking;
With thy God there is no question-making:
Of thy body thou art quit and free:
Heaven keep thy soul eternally!"

教会の庭(※2)をそぞろ歩き、──幽霊のような一群が、──
死に逝かんとする乙女を取り囲む。
見えつ隠れつ、彼らは急き立て、旋回するのだ、
うんざりと疲れ切ったようにぐるぐると踊り行き。
「耐えよ、耐えよ、その心が壊れゆかんとするときにも。
共に在るおまえの神に問いなど立てるな。
おまえの肉体ゆえに(※3)おまえは解放され自由なのだ。
天はおまえの魂を永遠にお守りくださるぞ!」

※1 この訳の場合、死んだ直後にはもうレノーレは救われることが決まっているのだというように読める。

※2 付属している墓地のこと。

※3 つまり「おまえの肉体は教会の墓地にあるがゆえに」。


フランス語訳:Gérard de Nerval訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))(※1)

Et les esprits, à la clarté de la lune, se formèrent en rond autour d’elle, et dansèrent chantant ainsi : « Patience ! patience ! quand la peine brise ton cœur, ne blasphème jamais le Dieu du ciel ! Voici ton corps délivré… que Dieu fasse grâce à ton âme ! »

そして霊たちが、月の光に向かって、彼女を中心にして円く取り囲み、このように心地よく歌い踊るのだった。「耐えよ! 耐えよ! 天罰がおまえの心を砕くそのときに、天に坐します神を謗る言葉を決して吐くことなかれ! ここに解放されたおまえの肉体がある。……神はおまえの魂に恩寵をお与えになるのだ!」

※1 個人的に納得のいく解釈で読まれているなあと思った。生きて神を謗ったことを踏まえての言い回しになるように丁寧にそういう言葉を選んでいるところとか。それはさておき、これもかなり全面的に彼女が死後(速やかにかどうかは微妙だが)救われることを肯定している。


ルーマニア語訳:Ștefan Octavian Iosif訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))(※1)

Acum se strâng în cimitir
Stafiile la lună
Și-o horă deșucheată-ntind
Și cântă împreună
— Răbdare! Chinul pământesc
Se mântuie cu somnul;
De bietul suflet rătăcit
Îndure-mi-se Domnul!

今、一つの墓に集う
幽霊たちは月に向かって、
そして堕落したように狂ったように環になって踊り、
共に歌う。
──「耐えよ! 地上における苦しみは
眠りによって彼女を救わん。
死者の不幸なる哀れな魂が彷徨わされようとも、
神は彼女を憐れみ給う!」

※1 ルーマニア語は読むのに自信がない言語だが、これも一応書いておく。細かいニュアンスだとかは全く拾えていないと思う。これも結構、死後すぐか裁判がきてからかはぼかした言い方をしていると思う。救いを好意的に解釈しているか否かは私の力量では量りかねる。


ロシア語訳:Василий Андреевич Жуковский訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))(※1)

И в блеске месячных лучей,
Рука с рукой, летает,
Виясь над ней, толпа теней
И так ей припевает:
«Терпи, терпи, хоть ноет грудь;
Творцу в бедах покорна будь;
Твой труп сойди в могилу!
А душу бог помилуй!»

そして輝く月が射す光の中で、
手と手をとって、飛び、
彼女に向かって歌う、影の如き幽霊の群れは
またそうしてこのように彼女に繰り返し歌うのだ。
「耐えよ、耐えよ、だがその心が不満を嘆こうとも、
創造主に対してはその悲しみに従順であれ。
おまえの死体は墓の中にあるのだから!
即ち、神はおまえの魂を赦されよう!」

※1 訳出これも自信なしだが、一応書いておく。上記までの各国翻訳と比べるとだいぶ言い回しが違うものになっていると思う。あと、はっきり「死体(は墓にある)」という言い方をしているのもちょっと目立つ点だと思った。これも時期自体は曖昧にしているが、救いがあることが大前提になっている翻訳文だといえる。


ハンガリー語訳:Reviczky Gyula訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))

Holdfénybe' most a szellemek
Egymást körülkarolva
Sebes körtánczba' lejtenek,
Suhogva és dalolva.
»Halálig tűrd keservedet!
Úristen ellen nincs pered!
Már túladál a testen,
Irgassa lelked isten!"

(訳文なし)


フィンランド語訳:Eino Leino訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))

Ja kummitukset kuutamon
nyt kehään järjestäyvät,
kajahtaa laulu karkelon,
he piiritanssiin käyvät:
»Vaikk’ kätkee sydän, kärsi se!
Äl’ Luojan kanssa riitele!
Hän sielus armahtakoon:
käy ruumis maan nyt rakoon.»

(訳文なし)


ギリシア語訳:Λορέντζος Μαβίλης訳(引用源:『Wikisorce』該当ページ(最終アクセス日:2022/05/16))

Καὶ νά! ’ς τὸ φῶς τοῦ φεγγαριοῦ ἐχόρευαν τριγύρω
’Σ ἕνα μεγάλο γύρο,
Οὐρλιάζοντας ἐχόρευαν ἀντάμα οἱ βρυκολάκοι
Μ’ αὐτὸ τὸ τραγουδάκι·
«Μὲ τὸ θεὸ μὴ rαθυμᾷς! κι’ ἂν τὴν καρδιὰ ῥαΐσῃ
Ἡ θλῖψι, ὑπομονή!
Τὸ σῶμα χάνεις· τὴν ψυχὴ
Θεὸς ἂς ἐλεήσῃ!»

(訳文なし)