記事作成日:2022/05/11
最終更新日:なし
本記事では、ゲーテの詩『Selige Sehnsucht(死の浄福への憧れ)』の自炊翻訳を掲載しています。ゲーテの詩の中でも有名なもののうちの一つですが、個人的にも好きなものです。
概要
ある鱗翅類の生き物が光に向かい、それに包まれることでその身を灰にしてしまおうとしていることをうたった詩。ここでの光は鱗翅類の生き物にとっての救いやさらなる前進のための意志などを意味している。大衆たちの中に紛れ込んでただ生を終えることをよしとせずに邁進せよ、そのためには一度死んで生まれ変わるしかないのだと言っているのだとも言えるだろう。
この詩が言い表そうとしていることは多分に複雑なものだろうが、ゲーテが『ファウスト』を通してキーワードとしていた、ある種イカロスのように無謀にも「(天に向かって)上昇すること、飛翔すること」(=strebenなどで表現される。一般に「努力すること」と訳されるが、その訳は少なくとも『ファウスト』においては不適当なものであると言える)や、グノーシス主義に見られる要素(例えばヘッセの『デミアン』の有名な「卵は世界である」なども連想される)を含めてこの詩の中でも表現しようとしているのではないかと私は理解している。
詩(原文・翻訳)
※原文の引用源:WEBサイト『Zeno.org』内「Selige Sehnsucht」(底本:Johann Wolfgang von Goethe: Berliner Ausgabe. Poetische Werke [Band 1–16], Band 3, Berlin 1960 ff, S. 21-22.)(最終アクセス日:2022/05/11)
原文
Sagt es niemand, nur den Weisen,
Weil die Menge gleich verhöhnet,
Das Lebend'ge will ich preisen,
Das nach Flammentod sich sehnet.
In der Liebesnächte Kühlung,
Die dich zeugte, wo du zeugtest,
Überfällt dich fremde Fühlung,
Wenn die stille Kerze leuchtet.
Nicht mehr bleibest du umfangen
In der Finsternis Beschattung,
Und dich reißet neu Verlangen
Auf zu höherer Begattung.
Keine Ferne macht dich schwierig,
Kommst geflogen und gebannt,
Und zuletzt, des Lichts begierig,
Bist du, Schmetterling, verbrannt.
Und solang du das nicht hast,
Dieses: Stirb und werde!
Bist du nur ein trüber Gast
Auf der dunklen Erde.
翻訳文
それは何一つとして語ることはなく、ただ旋律があるのみ。(※1)
群衆らがくだらない嘲笑をするが故に。
その生々しくも生けるものを私は讃えよう、
炎に包まれて焼け死ぬことを切望して死に向かうその存在を。
隣人への愛が冷たい者たちの中で、
その存在はおまえに明かさん、おまえが証明しようとするのだから。
そのときには静かに蝋燭は輝き、
おまえにはなじみのないもの(※2)が襲い掛かるのだ。
もはやないのだ、落ちる影の暗闇(※3)の内側へと
おまえが包み込まれたままでいることはもはや。
そして高らかなる交配を目指し
新たなる欲求がおまえを惹きつける。
遥か彼方の存在がおまえに困難を齎すことは何一つとしてありはしない。
おまえは飛び、払い除けてしまうのだから。
そして最後に、熱望するはあの光。
おまえは成らん、鱗粉に覆われた翅《はね》をもつものよ(※4)、灰へと燃え尽きんと。
そうしている間にはおまえは得ることはあるまい、
このことを。死に失せ、そして生じるのだということを!
おまえという存在はこの曖昧な闇である地上の
暗く澱んだただの一つの霊でしかないのだから。
※1 ここはまたは「それは誰にも話しはしない、ただ賢者を除いては。」とも読める。「旋律」とする場合は鱗翅類の羽ばたきの音、火(光)にぶつかるときの音を指しているのだと思われる。
※2 「もの」としたが、厳密には「感情」や「知覚」というニュアンス。火に触れた瞬間をここでは表現している。物理的に燃えることによる肌感覚と、天啓的な感覚を言い含んでいる。
※3 希望のないような暗黒状態のこと。
※4 「Schmetterling」は鱗翅類を指す言葉。一応転じて蝶を露わすが、ここに含まれるものの割合でいえば蛾のほうが多い。ここでは光に寄せられて燃えようとしているのだから特に蛾を表わしているのだとは思うが、ここでは断定せず、「鱗翅類」をまず表現する言葉で表わされているだけなのでこのようにした。