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【翻訳】オペラ《Iphigenie en Auride(オーリードのイフィジェニー)/Iphigenie in Aulis(アウリスのイピゲネイア)》ドイツ語訳版の日本語訳

記事作成日:2021/12/21
最終更新日:なし

 

 本記事では、グルック作曲のオペラ《Iphigenie en Auride(邦題:オーリードのイフィジェニー)》のドイツ語版《Iphigenie in Aulis(邦題:アウリスのイピゲネイア)》を拙訳したものを全文掲載しております。また、原文も全て掲載しております。一般に本作のドイツ語訳といえば、後年になってからグルックのものに手を加えたワーグナー版が有名ですが、ここで取りあげるのはそうした改作を行わず、ある程度元のフランス語のものに忠実といえるJohann Daniel Sander版を訳したものになります。
 以下、「である」調でお送りします。


2021/12/21
 ちょっと時間をかけ過ぎていて見通しが立たなくなったので、取りあえず一区切りとして翻訳したもののみを先に提示しておく。後日になってから本作についての概要説明・私の感想なども付けるつもりである。そのときには翻訳文の表示なども少しいじる予定である(原文/翻訳文で左右に分けるとか……)。

作品解説・感想

概要

基本情報

原題
Iphigenie en Auride(邦題:オーリードのイフィジェニー)
ドイツ語版タイトル
Iphigenie in Aulis(邦題:アウリスのイピゲネイア)
幕数
全3幕
初演
1774年4月19日(パリ・オペラ座)
脚本
フランソワ・ルイ・ゴールブラン・デュ・ルレ(F. L. G. Lebland du Roullet)
作曲家
クリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald von Gluck)
基とする作品
ジャン・ラシーヌ(Jean Racine)『Iphigénie en Aulide(邦題:オーリードのイフィジェニー)』(戯曲、1674年)(※エウリピデス(Euripides)『Ἰφιγένεια ἐν Αὐλίδι(邦題:アウリスのイピゲネイア)』(古代ギリシア悲劇、紀元前405年)に基づく)

データベース
  | Corago | Wikipedia(※日本語版)

 

『Iphigenie in Aulis(アウリスのイピゲネイア)』

※全三幕にもおよぶリブレットの全文翻訳となるため、ここでは「原文」「翻訳文」とそれぞれ項目を立てず、一場ずつ区切って「原文→翻訳文」という形で一括りにして最初から最後まで書いていくこととする。

※原文は以下に上げる「参考資料1」によるが、念のために本文の比較確認も「参考資料2」を用いて行ってもいる。この差異確認によって発生した箇所については原文中に脚注を付けている。ただし、「改行位置が異なる」といった差異に関しては本記事においては省略しておく。

※ト書きは「イタリック体」で表記している。話者表記は役名は「太字」。

※脚注は読みながらの参照のしやすさのため、各場ずつで振り直している。各翻訳文の末尾に記載。

 

翻訳に用いたテキストはドイツ語訳(Johann Daniel Sander版)である。一般にドイツ語版というとワーグナー版が有名だが(実際私も読んでみるまで最初に用いたテキストが典拠情報を明らかにしていたなかったため、ワーグナー版かと思ってたのですが)、ワーグナー版は明らかに手が加えられているものでもあるため、より元のフランス語のものに忠実だろうというのと、そういったものの中でのテキストの集めやすさの面とでSander版を用いている。

※利用テキスト:1をベースに用いて、2でさらに原文全文をあらためて確認という形を採った。以降、注釈中で「参考資料2」などと表記しているのはこの2番目のテキストを指す。

  1. WEBサイト『opera guide』内「Iphigenie in Aulis」(最終アクセス日:2021/12/21)
  2. WEBサイト『Google books』内「Iphigenia in Aulis ; lyrische Tragödie in drei Aufzügen : zur Feier der erwünschten Rückkehr des hohen Königspaars, auf dem großen Opern-Theater zu Berlin zum ersten Mal aufgeführt」(最終アクセス日:2021/12/21)

ERSTER AUFZUG/第一幕

Das Theater zeigt im Hintergrunde, und auf der Einen
Seite, das Lager der Griechen; auf der andern eine
Façade von Agamemnons Pallaste
(※1)


この舞台ではこの隠された動機について示される。つまり、一つの側面として、このギリシア人の陣営のことを描く。アガメムノンの館前のファザード前にいる人々によって織りなされるものを。


※1 参考資料2では、全体にわたり、出演者に関するト書き、普通のト書きのどちらも最後にピリオドが打たれている。また、通常のト書きの場合は括弧で括られてもいる。これに関しては全体に共通している差分であるため、以降ではいちいち書き起こさない。

ERSTE SZENE/第一場

AGAMEMNON
allein
O Artemis(※1), Erzürnte! umsonst gebeutst du mir
Dies grausenvolle Opfer;
Umsonst verheissest du uns deine volle Gnade,
Umsonst uns Wind zur Fahrt nach Phrygiens Gestade.(※2)
Nein! ob auch Griechenland beleidigt ist –
Um diesen Preis sey es an Troja nicht gerächt!
Entsagen will ich gern der mir verheissnen Ehre.
Und kost' es auch mein Leben:
Nie opfert Kalchas sie, die Tochter meines Herzens!
O Artemis, Erzürnte, umsonst gebeutst du es.
Zu der Sonne gewendet
O du, von ew'gem Glanz umgeben,
Kannst, ohn' Erbleichen, du der Frevel grössten sehn?
Wohlthät'ger Gott, beschütze du ihr Leben,
Erhöre du mein heisses Flehn!
Auf den Weg hin nach Mycene
Leite meines Arkas Fuss!
Täuschen mög' er Tochter, Gattin,
Dass sie wähnen, der Pelide(※3) achte nicht so vieler Reitze,
Wolle andre Fesseln tragen;
Und dass sie zurück dann gehn!
O du, von ew'gem Glanz umgeben,
Kannst, ohn' Erbleichen, du der Frevel grössten sehn?
Wohlthät'ger Gott, beschütze du ihr Leben,
Erhöre du mein heisses Flehn!(※4)
Kommt Iphigenia in Aulis an,
Ja, treibt verhängnissvoll das Schicksal sie hieher:
Nichts schützet sie alsdann vor wilder Blutbegier,
Vor Kalchas, vor den Griechen, vor den Göttern.


アガメムノン
(一人でいる)
おお、アルテミスよ、怒れる者よ! 奉仕を示せとあなたは私に望まれたのだ
あの怖気に満ちるばかりの、ご所望の生贄を捧げることを。
いたずらに約束されたのだ、あなたはわれわれに対し。あなたの恩寵が十分なものになるためであるのだと。
そうして(※5)いたずらにわれわれは、フリュギア (※6)の岸辺から追ってくるあの興奮に煽られた風に呑まれている(※7)
いいや《Nein》! ギリシアの地は傷を付けられたが──
あの代価を思えば、トロイアへの報復を果たせはしない!
私は喜んで私に約束された栄誉への欲望を絶とう。
たとえわが命がその犠牲に求められたとしても。
カルカスが彼女を犠牲にすることなど絶対にあるものか。あの、私の心たる愛しい娘を!
おお、アルテミス、怒れる者よ、あなたは無為にも、報身せよとそれを望まれたのだ。
(太陽へと身を翻す)
おお、汝、永久《とこしえ》の輝きに取り巻かれた所から出でし者よ。
できると思うのか。輝きを欠いておきながら、おまえは、あの忌まわしいものを唯々諾々と眺めるようなことが?(※8)
良き行いをなされる神よ。彼女の命をお守りください。
私が言わんとするこの嘆願をお聞き届けあれ!
ミケーネへと向かう途上へと
我がアルカス(※9)のごとき足(※10)を届けさせ給え!
(※11)に娘は裏切られたのかもしれないと、妻が、
つまり、あの人は思い込んでいるのだ。ペレイデス (※12)があの山ほどもある魅力を気にかけなくなったのだと。
異なる枷(※13)に耐えることを望み、
だからこそ、あの子を置き去りにして彼は離れて行ったのだと!
おお、汝、永久《とこしえ》の輝きに取り巻かれた所から出でし者よ。
できると思うのか。輝きを欠いておきながら、おまえは、あの忌まわしいものを唯々諾々と眺めるようなことが?
良き行いをなされる神よ。彼女の命をお守りください。
私の秘めたるこの嘆願をお聞き届けあれ!(※14)
アウリスにイピゲネイアが到着した。
ああ《Ja》、あの子がこちらへと、神意に背を押され、取り返しのつかぬ運命へと急かされている。
荒れ狂う血に飢えた欲求を前にしてあの子を守るものは何一つとしてない。
カルカスから、あのギリシア人たちから、あの神々から逃れられる術はないのだ。(※15)


※1  参考資料2ではここに独自の注釈がある(※p.82の「1)」)。フラクトゥール解読が一部できていないが、原文とかなりざっくりした拙訳を以下に記載しておく。
Artemis;Der Griechische Nahme eben der Göttin, welche dir Rōmer Diana [n??????]. Es schien dem Verfalle? der Deutschen Nachahmung schicklicher, in einer Griechischen Tragödie auch Griechische Nahmen zu gebrauchen.
(拙訳:アルテミス:ギリシア語でいうこの女神を意味する名。ローマ語だと「ディアナ」。彼女が輝いていたのは、古代ギリシア悲劇においてその名(※アルテミスの名)が用いられていた時だったため、このドイツ語訳では(ローマ神話による表記ではなく)それを意識して(ギリシア神話のほうの名前で書き起こしている)。)

※2  参考資料2ではここに独自の注釈がある(※p.82の「2)」)。フラクトゥール解読が一部できていないが、原文と、やや文意がつかめなかったのでざっくりとだけ私が理解した内容を以下に記載しておく。
Wind zur Fahrt je, Die [??chige] Erläuterung giebt das Wort[?] aus [Gōthe’nz] Iphigenia, auf dem Französischen Titel der gegenwärtigen Oper. – In Phrygien, nicht weis von der Seeküste, lag Ilion, das unter dem Römischen Nahmen : Troia, bekannter ist,
(拙訳:「Wind zur Fahrt(あの興奮へと風が吹く)」という箇所の注釈をしているようだが、読み解けないフラクトゥールが散見するのもあり、翻訳難しい。トロイア戦争時、フリュギアがトロイア側の味方となるべく援軍を送った旨の話をしているのかも?)

※3  原文確認に用いたリブレットではここに独自の注釈がある(p.82の「3)」)。フラクトゥール解読に自信なし。取りあえず書き起こした分を記載する。ペリデスに関する註のようである。
Der Pelide ; Achlles, des Peleus Sohn, Die Griechen hatten die Sitte, Kinder auch nach dem Rahmen ihres Buters, oder Gtammoas zu benennen; daher; [Y]eraflide, Delopide, Delide, u.s.m. Eben gang her haben, noch beut zu Lage, [z]. B. Maria Daulomne(Daulss Tochter), Alerander Daulowitssch(dauls Sohn).

※4  参考資料2では直後に空白の改行を挟む。

※5  補足的に意訳。

※6  トロイアの王妃ヘカベの出身地で、トロイア戦争ではトロイア側の味方に付いた。

※7  「に吞まれている」も補足的に意訳。

※8  ヘリオスがアトレウスの凶行を目にした上で逃げ出したことを踏まえている。その上で、「おまえはそうしたのに、私が凶行を及んでも王位の輝きは残ると思うのか?」ないし「またおまえは情けなく逃げるのか?」と半ば責める形で言っているのだと思われる。直後も、「次(=このイピゲニアの犠牲)は看過せずにこの凶行から子供を守ってやってくれ」という意味になる。

※9  諸説入り乱れるため、取りあえず簡単に説明するに留める。カリスト(アルカディア王の娘)とゼウスの子。母・カリストは、アルカスを身籠っている時にヘラから隠すためにゼウスに熊の姿に変えられるも、ヘラがアルテミスを唆し(またはカリストがアルテミスの巫女であったことから、処女を守らなかったということでアルテミス自身の意志によって)、アルテミスに殺された(※カリストの物語に関してはいろいろなパターンが存在し、アルカスが熊に変えられていた母親を殺してしまう場合もある。ゼウスが彼女の死後に星座に変えたとする場合もある。この場合、カリストが大熊座、アルカスがこぐま座となる)。ゼウスは死体からアルカスを取りあげるとアルカディアで女神・マイアに彼を育てさせた。その後はアルカディア王となって善政を敷いた。

※10  「アルカスのごとき足」が何を意図しているのかは不明。「ミケーネへと向かう途上へと」は、「私を私の国へと帰らせてくれ」といった意味だと思うが。

※11  アキレウスのこと。

※12  アキレウスの別称。父・ペレウスにちなむ。

※13  別の人を愛すること。ちなみにこれはクリュタイムネストラの勘違いである。

※14  上記の「私が言わんとするこの嘆願をお聞き届けあれ!」と原文は同じ。拙訳ではこの繰り返し部分でやや言い回しを変えた。

※15  「術はないのだ」は補足的に意訳。

ZWEITE SZENE/第二場

Kalchas, Agamemnon, Griechen

 

CHOR VON GRIECHEN
Nein! du darfst nicht länger widerstreben!
Erfahren müssen wir noch heut
Durch dich, was Artemis gebeut!
Lass in Angst uns länger nicht schweben!

 

ANFÜHRER DER GRIECHEN
Sag' an, und stille der Tobenden Wuth:
Was fodert Artemis von uns für Blut?

 

KALCHAS
Warum mich so gewaltsam zwingen!

 

CHOR DER GRIECHEN
Nein! du darfst usw.(※1)

 

KALCHAS
Die Göttin will, dass ich euch jetzt belehren soll. –
Von heil'gem Schauder fühl' ich meine Seel' ergriffen.
Erhabne, mächt'ge Göttin Artemis,
Mich dränget mit Gewalt dein Sehergeist,
Und zitternd künd' ich an, was dein Befehl uns heisst.
Dass meine schwache Hand mit Beben
Das reinste Blut vergiess', ist dein Gebot! ....
Ach! kann sonst nichts uns deine Gnade geben,
Als solch' ein blut'ger Opfertod?
O, welche Klagen! welch ein Schmerz,
Du armer Vater, für dein Herz!
Die Ihr im Olympus wohnet,
Zürnet nicht so schwer, und schonet!

 

AGAMEMNON UND KALCHAS
Die Ihr im Olympus wohnet,
Zürnet nicht so schwer und schonet.

 

KALCHAS
Ihr Griechen! könntet ihr das grause Opfer bringen?

 

DIE GRIECHEN
Nenn' uns nur seinen Nahmen!
Und fliessen soll noch heut
An Artemis Altar sein Blut, wie sie gebeut! –
O Artemis, erhabne Göttin,
Leit' uns zu Troja's Mauern hin!
Und erst in dem Blut seines letzten Bewohners
Sey unser Durst nach Rache gestillt!

 

KALCHAS
Beruhigt euch, und geht! Noch heute wird
Das Opfer am Altar, was Ihr verlangt, erfüllen.


カルカス、アガメムノン、ギリシア人たち

 

ギリシア人たちによるコーラス
いいや《Nein》! 貴殿はこれ以上の抵抗をするべきではない!
われらはきょうの日のうちに知らねばならぬ
貴殿を介し、アルテミスがお命じになられたのはどういったものであるのかを!
われらは不安のさなかにある状態をやめ、もはやこれ以上は半端な態度のままではいたくはない!

 

ギリシア人のリーダー
責任ゆえに 話されよ、猛る怒りの鎮め方を。
血のゆえにわれわれから何をアルテミスは求められた?

 

カルカス
なぜ私にこのような無理を強いるのだ!

 

ギリシア人たちによるコーラス
いいや《Nein》! おまえはそれらを行って然りというものだろう。

 

カルカス
あの女神が望まれることは、私が彼らに今、教えてやらねばならないということなのだろう。──
神聖なものに対する畏敬の念から出でた嫌悪によるものに私の魂が囚われているのだと、私はそう感じているのだと。
崇高なるものよ、偉大なる女神、アルテミスよ。
あなたの予言する霊魂を、激しい力によって私に押し込めよ。
そして、私を取り囲み、震えて告げさせよ。あなたがどういったご命令をわれわれに求めているのかを。
知らせ給え、私の震えと共にある非力な手で以て
あの純粋なる血を注ぎ損なうこと(※2)こそが、あなたの求めであるということを!……
嗚呼! そうでなければあなたの恩寵は何一つとしてわれわれに与えられることは叶わないのだと。
一つの犠牲による死が血を流さねばそうでしかあり得ぬのだと?
おお、なんという悲しみ! なんという苦痛、
みじめな父親の心情(※3)が、おまえ(※4)の心に迫る!
あのオリュンポスに住まうものたちが、
このように深刻な怒りを抱くこともなく、労わってくださったなら!

 

アガメムノンとカルカス
あのオリュンポスに住まうものたちが、
このように深刻な怒りを抱くこともなく、労わってくださったなら。

 

カルカス
ギリシア人たちよ! 諸君らはあの恐ろしい犠牲行為に身を捧げることができるのか?

 

ギリシア人たち
我らにただ告げればよい、その生贄の名を!
そしてきょうの日のうちに流されるべきなのだ、
アルテミスの祭壇を囲み、その生贄の血が。あの女神が要求した血が!──
おお、アルテミスよ、崇高なる女神よ。
我らを支配し導き給え、トロイアの城壁の向こう側へと!
はじめに流されるこの血によって、ひどい寄生虫(※5)への
復讐へと駆り立てんとする我らの渇望を和らげよ!

 

カルカス
落ち着け、そして行け! まだきょうは
祭壇に犠牲を捧げはしない。求められたことを果たしはしない。


※1 参考資料2では「u.s.w.」表記。

※2 地面に生贄の血を撒き散らすこと。

※3 「の心情」は補足的に意訳。

※4 カルカス自身のこと。

※5 主にパリスのこと。

DRITTE SZENE/第三場

Agamemnon und Kalchas

 

KALCHAS
Du siehst, wie laut das Heer schon wüthet,
Und weisst, was Artemis durch ihren Spruch gebietet.

 

AGAMEMNON
O, nenne mir sie nicht, die Göttin, die ich hasse!

 

KALCHAS
Verwegener, halt ein, und fürchte ihre Rache!
Wenn ohne Säumen du gehorchest,
Dann hemmest du vielleicht den schon erhobnen Arm!
Erfüll' ohn' allen Widerstand,
Was sie unwiderruflich dir geboten!

 

AGAMEMNON
Kann vom Vater das die Göttin fodern?
Er, mit eigner Hand, soll zum Altar
Führen, die von je ihm theuer war!
Sie, sein Stolz, sein Glück, sollt' in Flammen lodern?
Kann die Göttin das auch fodern?
Nein! ich gehorche nicht dem grässlichen Befehl!
Schon vernehm' ich – und die Brust fühl' ich zernagt –
Klage der Natur, voll banger Schmerzen;
Und sie spricht viel lauter zu dem Herzen,
Als was dein Orakel sagt.
Nein! ich gehorche nicht dem grässlichen Befehl!

 

KALCHAS
Du wolltest deinen Eid nicht halten?
Den Göttern schworst du ihn!

 

AGAMEMNON
Ich weiss, was mir die Pflicht gebeut.
Folgt Iphigenia dem Ruf nach dieser Unglücksküste,
Dann duld' ich, sträubend zwar, dass sie geopfert wird.

 

KALCHAS
Man täuscht die Götter nicht
Durch Worte voller Trug;
Selbst in des Herzens Grund
Lies't doch ihr scharfer Blick.
Ist Iphigenia dem Tod geweihet,
So suchest du umsonst, ihr Leben zu erhalten.
Die Götter bringen sie, trotz dir, zu dem Altar:
Sie lenken ihren Fuss schon hin.


アガメムノンとカルカス

 

カルカス
そなたも見ただろう、いかにあの群衆たちがすでに怒りの渦中で吼えているのかを。
そして理解しただろう、ただアルテミスを通して自分たちが抱くべき(※1)判決を命じてほしいのだということを。

 

アガメムノン
おお、私には彼女の名を呼ぶことはできない、あの女神の、あの命令を、私は憎む!

 

カルカス
大胆なことを。そのようなことを言うのは止めよ。そして懼れよ、神々の報復を!(※2)
さすればそなたは何らの積み荷(※3)を負うこともなく、
すでに振り上げた腕を抑えることもできよう!
あらゆる反発に心を満たすことなかれ。
おまえに告げられたものがもはや撤回されることはない!

 

アガメムノン
この父親に向かってあの女神は要求することができるというのか?
(※4)は、あの祭壇へと向かわねばならないのか。自らの手で
導けというのか、紛うことなきかけがえのない存在をあの場所へと!
あの子は、彼の、彼の幸せを表わしたもので、それで、(※5)燃え上がる炎へと追いやらねばならないひとだというのか?
あの女神はそれでもなお、それを求めることができるというのか?
いやだ《Nein》! 私はこんな残忍な命令には従わないぞ!
すでに聞かされているのだ、私は──そしてこの胸に、少しずつ齧られるような痛みを感じてもいる──
自然の嘆き(※6)を、不安に満ちた苦痛の呻き(※7)を。
そして彼女はそうした心に、たくさんの、嘘偽りのない言葉を投げかける。
そなたの告げる神託よりもだ。
いやだ《Nein》! 私はこんな残忍な命令には従わないぞ!

 

カルカス
御身は己の誓約を守らないつもりなのか?
あの神々に誓っておきながら!

 

アガメムノン
分かっているんだ、私にどのような義務が命じられているのかは。
イピゲネイアの名声はあの不運な愚者(※8)どものほうへと続いていくことになるのだということは(※9)
それを私は見過ごすしかない。確かに怖気が震いはした(※10)。彼女を犠牲とすることに対して。

 

カルカス
大衆は神々を欺こうとはしないぞ、
誤魔化しに満ちた言葉を通しては。
心の奥底では自分でも感じ取っているだろう
彼らの鋭い眼差しを。
イピゲネイアの死を捧げよ。
そなたが徒《いたずら》に探し求めようとも、彼女の命を守れはしない。
あの神々へと彼女を届けよ。そなたがどうであるかは関係のないことだ。あの祭壇へと向かえ。
皆《みな》、既にその足をあちらへと向けているのだから。


※1 「べき」は補足的に強意で意訳。ここは民衆たちが(無責任に)自分たちがただ気持ちよく己の鬱憤を晴らすことのできる理由付けを求めていることを鋭く指摘している箇所である。

※2 やや意訳。

※3 負い目や責任などを指す。

※4 アガメムノン自身のこと。

※5 「それで、」は補足的に意訳。「それゆえに」でも良いかもしれないが、原文を無視し過ぎかと思い、前者にした。

※6 親子としての繋がりゆえの嘆きを意図しているのかと思われる。

※7 自身の胸を刺す心痛もだが、この地に集う兵たちのことも指すのかもしれない。

※8 「Unglücksküste」。「sküst」はドイツ語でいう、トランプの愚者(ジョーカー)のカードのこと。

※9 ここもドイツ語版は多義的に捉えられる。「folgt(=folgen)」は、「付いて行く、たどる、(意味を理解しながら)付いて来る、続く、応じる、従う、導かれる」。「Ruf」は「叫び、呼びかけ、訴え、招き、名声、うわさ」。例えば、犠牲に捧げられたことへの叫びのみならず、本作の性質上、「犠牲になることを理解しながらもイピゲネイアはそれに応じる」など、これらのニュアンスも含むと考えられる。

※10 「sträuben」は第一義には「毛が逆立つ」。それが転じて反抗するなどの意味になっていく。

VIERTE SZENE/第四場

DIE VORIGEN. GRIECHEN
die über den Schauplatz hin laufen
Klytemnestra! die Tochter! Ihr Götter, welche Freude!
Auf! seht, und bewundert sie Beide!


 

上記で登場したギリシア人たち
(あの場所へと向かって駆けて行く(※1)
クリュタイムネストラが! その娘が! 神々は、なんという喜びにあることか!
立て! 見よ、そして彼女たち二人へ賛美を!


※1 私には文意を掴みとりづらいが、クリュタイムネストラたちがアガメムノンのほうへと向かっていることを指しているのか、または、ギリシア人たちが祭壇のあたりを駆け巡りながら発言しているのかのどちらかかと思う。

FÜNFTE SZENE/第五場

AGAMEMNON
Was hör' ich! Götter!
Welch ein Schmerz! die holde Tochter!

 

KALCHAS
Ihr Könige, so hoch und so gebieterisch!
Der Moira(※1) Spielwerk seyd Ihr doch nur!
Ihr, denen sich ein Jeder beugt,
Beugt Euch nur selber vor den Göttern!

 

AGAMEMNON
Ihr Grausamen! so soll die Unschuld doch erliegen!
Gedrückt von eurer Göttermacht,
Muss ich zum Staube mich vor eurem Willen beugen.

 

man hört hinter dem Theater Gesang

 

AGAMEMNON
zwischen der noch entfernten Musik
O, meine Tochter! wie ich bebe!

 

KALCHAS
Das Opfer nahet sich.

 

AGAMEMNON
Ach, Kalchas, lass geheim den
Namen jetzt noch bleiben;
Die Mutter wird der Schmerz
Sonst zur Verzweiflung treiben!

 

Beide gehen ab


 

アガメムノン(※2)
なんというものを私に報せたのだ! 神々よ!
なんという苦痛! あのすばらしい(※3)娘が!

 

カルカス
彼女の王は、なんと偉大で、そしてなんと尊大であることか!
機械仕掛けの神たるモイラはただ己が職能を為したのだ!
おまえたちは、めいめいこの運命に屈するしかあるまい。(※4)
人間ども(※5)はただあの神々を前に平伏するだけなのだ!

 

アガメムノン
おまえたち(※6)は無慈悲だ! こうして何の責任もないあの子に従順を強いる!
おまえたちの神々の威光を用いて押し潰そうとして、
私を塵芥のほうへと、おまえたちが望むもののほう(※7)へと屈従させようとする。

 

舞台裏で歌う声が聞こえる(※8)

 

アガメムノン
(この間にも音楽は微かな音で演奏が続けられる。)
おお、我が娘よ! 私はどれほどの慄きにあることか!

 

カルカス
あの生贄が自ら近付いてきた。

 

アガメムノン
嗚呼、カルカスよ、隠したままでいてくれ
その名は、今はまだそのまま。
あの母親は悲痛な苦しみに喘ぐことになる
その上、絶望へと追いやられてしまうことになるのだから!

 

二人とも退場する。


※1  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「4)」)。フラクトゥール解読が一部できていないが、原文とかなりざっくりした拙訳を以下に記載しておく。
Moira, Gōttin des Schicksals, nach den Vorstellungen der Griechen unterschieden von Gōttin des Glücks ([T?xn]).
(モイラとは運命(=宿命)の女神のことである。ギリシア人の別の見解によると、幸運(=偶然的な幸運、運命)の女神でもある。([判読不可能]))。

※2  このアガメムノンの発言にあたる箇所は、フランス語版だと直前の第四場にある。(ちなみに、基となるフランス語版とこのサンダー訳のドイツ語版は全体的にだいぶ言い回しのニュアンスが異なっているため、あくまで「このアガメムノンの発言にあたる箇所」と書いておく。)

※3  「hold」は、「優美な、魅力的な、かわいい、快い」などのニュアンス。

※4  この箇所は意訳強め。

※5  「euch」なので「お前たち(の腰をかがめる)」の意味だが、より強意的に意訳した。

※6  ここのアガメムノンの発言に出てくる「Ihr」ないし「eurer」はやや多義的に取ることができる。単純に「おまえたち」であったり、「おまえ(たち)の神々」、「あなた(がた)神々」であったり。要は、神々を指していたり、大衆を指していたりする。後者のニュアンスもかなり強いと思うが、訳出ではとりあえず前者を採っている。

※7  父親としての愛情によって振る舞うよりも、大衆たちがただ望むことを指揮してくれる存在であること。

※8  続く第六場のシーンを先取る歌かと思う。

SECHSTE SZENE/第六場

Klytemnestra, Iphigenia, Griechen und Griechinnen
in ihrem Gefolge, Einwohner von Aulis beiderlei
Geschlechts.

 

Klytemnestra und Iphigenia kommen in einem
antiken Wagen auf das Theater, und sind von einem
weiblichen Gefolge begleitet. Vor und hinter dem
Wagen eine prächtig gekleidete Leibwache. Ihn
umgiebt zahlreiches Volk, singend und tanzend

 

ALLGEMEINER CHOR
Welche Schönheit! welche Majestät!
Welche Anmuth! seht, o seht!
O, wie werth muss sie den edlen Eltern seyn!
Hochbeglückt Atreus grosser Sohn!
Glücklich durch die Vaterfreuden,
Glücklich in der Gattin Armen, herrlich auf Mycene's Thron!

 

KLYTEMNESTRA
nachdem sie von dem Wagen gestiegen ist, sich dem Vordergrunde des Theaters nähernd
Wie gerne hört mein Ohr dies schmeichelhafte Lob,
Das unser Volk dir froh ertheilet!
Süss ist es ja der Mutterliebe,
O, süsser noch, als das, was einst sie selbst erhob!
Geliebte Tochter, weile hier! Geniess' allein
Der Ehre, welche uns gewidmet ist.
Zum König will ich geh'n und meinen Wunsch ihm sagen;
Vielleicht genehmigt er gern unsre Huldigung.

 

Sie geht mit einem Theile der Leibwache ab

 

Tanz

 

CHOR DER GRIECHEN
Nein, Paris selber hat auf seines Ida's Höh'n(※1),
Als drei Göttinnen ihn erkohren
Zum Richter ihres Streits,
Sie schöner nicht geseh'n,
War auch sein trunkner Blick in süsse Lust verloren.

 

EINE GRIECHIN
An edler, hoher Majestät,
Gleicht die Atride(※2), wenn sie geht,
Der Herrlichen so ganz, die der Olympus verehret(※3).

 

EINE ANDRE
An Würd' ist sie der Göttin gleich,
Die sich mit Helm und Schild bewehret(※4).

 

EINE DRITTE
Sie ist, wie Cypria, an süssem Lächeln reich;
An Geist, an Tugend ist sie gleich
Der Tochter Zeus, dess Blitz mit Allgewalt verheeret.

 

CHOR
Nein, Paris selber hat auf seines Ida's Höh'n,
Als drei Göttinnen ihn erkohren
Zum Richter ihres Streits, sie schöner nicht geseh'n,
War auch sein trunkner Blick in süsse Lust verloren.

 

IPHIGENIA
Die Liebe, mit der das Volk mich ehret,
Hat meine Unruh nur vermehret.
Achill! – so ruft mein Geist ihm zu –
Achill! Achill! was zögerst du?

 

Tanz


クリュタイムネストラ、イピゲネイア、ギリシア人の男たち(※5)、そしてギリシア人の女たちが随行者として登場。男女の入り混じったアウリスの住民たちで構成されている。

 

クリュタイムネストラとイピゲネイアは古代の馬車に乗って舞台上に現れる。ひと固まりの女性の随行者たちが付き従っている。馬車の前後は豪華な装飾で着飾った取り巻きに囲まれている。彼女たちの話し声、歌、踊りが馬車を包む。

 

すべての民衆たちによるコーラス
なんという美しさ! なんという荘厳さ!
なんという優美さ! 見えた、おお、見えたぞ!
おお、高貴な血筋にある彼女には、それに相応しい優美さが備わっている!
アトレウスの偉大なる息子(※6)は非常な喜びにあったものだ!
あの父親としての歓喜を通じて得られる幸運という幸せが、
あの妻の腕《かいな》に抱かれる幸運という幸せが、ミュケナイの王家の血筋の中には輝かしくも格調高く在るのだ!

 

クリュタイムネストラ
(馬車から降りると、舞台の前景に近付く。)
なんと我が耳に喜ばしく届くことか、心地良くも響く(※7)賞賛の言葉たちが。
我らの民らがおまえ(※8)にこうした喜びを与えてくれるのだ!
甘くあれ、母の愛よ。
おお、甘さを一層、絶やすことなく、かつての如く立ち上がらせよ!
深く愛する娘よ、ここに留まれ! おのれ一人で
この栄誉を味わうのです、我々への献身を。
あの王を目指して私は歩み寄り、そして心中にある願いを話すことになるのでしょう。
もしかしたら、私たちの敬意の気持ちを喜びのうちにお認めになるかもしれないわ。

 

彼女は取り巻きの一部と共に歩み出す。

 

ダンス(※9)

 

ギリシア人たちによるコーラス
いいや《Nein》、パリス自身はあのイダ山の高みで、
3人の女神たちから選んだのだ
諍いの裁定者として。
彼女たちの中でより美しい者を正しく見抜くことはせず、
甘い欲望に打ち負かされた、酩酊したが如き胡乱な眼差しでもって。

 

1人のギリシア人の女
気高さへと、高貴なる陛下よ、
アトレイダイ(※10)同様に、あなたも歩み行くその時には、
全き壮麗なるものを、かのオリュンポスの神々はお与えになろう。(※11)

 

別の者
高潔さへと向かうことで、彼女は女神にも等しくなる。
そのことが兜と楯とを携えた己が国(※12)の守りを強固なものにさせもしよう。

 

3人目の者
彼女の存在は、『キュプリア』(※13)の如く、甘い微笑みが授けられるほうへと向かおう。
精神のほうへと、徳のほうへと、等しく
かのゼウスの娘(※14)は、果てなき職能を付与したあの閃光による破壊を携えさせて。

 

コーラス
いいや《Nein》、パリス自身はあのイダ山の高みで、
3人の女神たちから選んだのだ(※15)
諍いの裁定者として。彼女たちの中でより美しい者を正しく見抜くことはせず、
甘い欲望に打ち負かされた、酩酊したが如き胡乱な眼差しでもって。

 

イピゲネイア
この愛は、こうした、この民衆たちの私への敬いの気持ちと共にあり、
私の落ち着きのない不安はいや増すばかり。
アシル(※16)!──私のこころがあのひとに向かってこんなにも激しく叫ぶ──
アシル! アシル! 何をあなたは躊躇っているの?(※17)

 

ダンス(※18)


※1  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「5)」)。フラクトゥール解読に自信がないが、取りあえず書き起こしたものを掲載しておく。パリスが3人の女神たちから選んだ逸話の解説と、パリスとヘレネをきっかけにして今、ギリシア人たちがアウリスに集っていることの解説もしているようである。
Paris~auf seines Ida's Höh'n , Paris entsched den [??kenn]: ten Streit der drei Gōttinnen June(Hera), Minerva(Athene), und Venus(Aphrodite oder Hypris), melche von ihnen die [schōn??e] fen, für die letzte. Sie versprach ihm dafür das schōnste diest [na??] Ilion; und das veranlasste den Krieg, zu welchem sich die Griechen in Aulis versammelten, und wotin Agamemnon, des Menelauz Bruder, der erste heerführer mar.

※2  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「6)」)。原文とざっくりした訳を以下に記載する。
die Atride ; Iphigenia, des Atreus Enkelin.
(アトレイダイ;イフィゲニアはアトレウスの孫にあたる。)

※3  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「7)」)。原文とざっくりした訳を以下に記載する。
Juno, oder, mit dem Griechischen Nahmen, Here.
(ユノ、もしくはギリシア神話では「ヘラ」と呼ばれる。)

※4  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「8)」)。原文とざっくりした訳を以下に記載する。
Minerba, oder Athne.
(ミネルヴァ、もしくはアテネ。)

※5  上記までの「Griechen」も、多分、ギリシア人の男たちのみで構成されている。

※6  アガメムノンのこと。

※7  「schmeichelhaft心地よく響く」は「自尊心をくすぐる」という意味もある。このニュアンスが含まれることは意識する必要がある。

※8  クリュタイムネストラ自身のこと。

※9  フランス語版では「Divertissement」とある。これは幕間の短い踊りを指す。

※10  アトレウスの子どもたちを指す言葉。アガメムノンもこれに含まれる。

※11  アトレウスの血筋が現世で受けた栄光のようなものを得られるだろうと、この時点では意図せずにそう投げかけている残酷なセリフでもある。このグルックのオペラにおいてはキリスト教的死生観が混じっているかもしれないのでそこまで意図しているのかは何とも言えないが、例えばエウリピデスの悲劇『アウリスのイピゲネイア』にも散見されるように、古代ギリシア人にとって死ぬくらいならなんであれ生きているほうがマシであるという感覚があるため、そこを踏まえてみても、大衆たちのエゴイズムが垣間見えるセリフだと言える。また、アトレウスの血筋(アトレウスの父・タンタロスの頃から)は、本作でもアトレウスとテュエステスを取り巻くカニバリズムの逸話が引用されているように、栄光にあるようで呪いに満ちた血筋にあるものなので、そこも踏まえるとかなり皮肉的な発言にもなっている。

※12  厳密には「己自身」だが、ここでは国を守るアテネを意識しているのでこうした。

※13  トロイア戦争を描いた叙事詩サイクルの一つを指しているのだろう。現在はその一部が残るのみ。イピゲニアを取り巻く話もあるらしい。

※14  アテネのこと。

※15  この繰り返しでは、パリスはアテネを選ぶことはせず、愛欲にうつつを抜かした奴なのだという意味が込められている。

※16  アキレウスのこと。フランス語の読み方。

※17  人々の歓迎ムードの中でアキレウスが一向にこの場に姿を見せない現状のことを言っている。このあたりの具体的なことに関してはラシーヌの『アウリードのイフィジェニー』を読まなければならない前提がある。また、本作においては、当時のフランスを中心によく周知されていたこのラシーヌの悲劇やイピゲネイアを取り巻くエウリピデスなどの物語を抑えているものという前提で成り立っているものであるといえる内容になっている。その分、必要最低限ながら的確に作品世界を描いてもいるのだが、現代においては鑑賞するにあたっては説明不足な箇所が多くなっており、注意が必要である。

※18  ドイツ語では単に「ダンス」とのみあるが、フランス語では「Suite du divertissement(幕間の短い踊りの続き)」。

SIEBENTE SZENE/第七場

Iphigenia, Klytemnestra, Volk

 

KLYTEMNESTRA
zu dem Volke
Entfernt euch! –
zu Iphigenien
Lass die tief gekränkte Ehr' uns rächen!
Komm, Tochter! Hier ist nicht für uns noch längres
Weilen!

 

IPHIGENIA
Nicht seh'n soll ich Achill? O, Götter!
Ihn, dessen heisse Liebe ...

 

KLYTEMNESTRA
Verhasst sey dir Achill, so lange du noch lebest!
Denn unwerth ist er ganz der ihm bestimmten Ehre;
In neuen Banden hält ihn andre Liebe fest.

 

IPHIGENIA
Was hör' ich!

 

KLYTEMNESTRA
Dein Vater war besorgt, vor Griechenland
Dich ausgesetzt dem Hohn, Achill'ens Spott, zu seh'n.
Darum befahl er dir, du solltest Aulis meiden,
Nach Argos wieder gehn, vergessen den Verräther.
Er sandte Arkas uns mit dem Geheiss entgegen;
Doch wir verfehlten ihn, und täuschten seine Sorgfalt.
Er kam erst diesen Augenblick,
Gab Rechenschaft von dem, was ihm geboten war.
Nun kann ich länger nicht Achill's Verrath bezweifeln.

 

IPHIGENIA
O Schmerz!

 

KLYTEMNESTRA
Auf! durchglühet von zürnenden Flammen,
Dränge muthig die Seufzer des Schmerzes zurück!
Ihm nur Rach'! er verschmähet sein Glück!
Mög' ihn die Nemesis(※1) verdammen!
Sey von dem Vater am Frevler gerächt!
Du bist, wie Er, von der Götter Geschlecht!
Schon siehet mein zürnender
Geist den Donnerer dort oben!
Schon ist zur Rache sein Arm erhoben.
Ja, ihn ereilt die Nemesis!
Auf! durchglühet von zürnenden Flammen,
Dränge muthig die Seufzer des Schmerzes zurück!
Ihm nur Rach'! er verschmähet sein Glück!
Mög' ihn die Nemesis verdammen!

 

Geht ab


イピゲネイア、クリュタイムネストラ、民衆たち

 

クリュタイムネストラ
(民衆たちに向かって)
離れて!──
(イピゲネイアに向かって)
この深く傷を負った誉れのため、われわれは仇を討たねばならぬ!
来い、娘よ! ここにぐずぐずと私たちが留まり続けることもあるまい!

 

イピゲネイア
私がアシルを一目見ることも許されないの? おお、神々よ!
あのひとを、あの、愛と呼ばれるものを……。

 

クリュタイムネストラ
おまえにとってアシルは厭わしい存在なのだ、おまえが生きている間はずっと!
それというのも、彼は、自身に浴せられた確固たる名誉のその全てに値しない男だからだ。
あの男は別の愛を築き上げ、新たな結び付きの中にある。(※2)

 

イピゲネイア
何を聞かせようとしているの!

 

クリュタイムネストラ
おまえの父親が面倒を見たのだ(※3)。ギリシア人の土地を前にし、
おまえをこの嘲弄に腰掛けさせたままで良しとしたのだ。そう、アシルの愚弄にだ。(※4)そして、それを看過してきた。
故に彼(※5)はおまえに命じた。「アウリスは避けるべし」、
「アルゴスのほうへといま一度行け、裏切り者のことなど忘れて」と。(※6)
彼はわれわれにアルカスを遣わしたのだ、このように最初の(※7)命令に反することを携えさせて。
だが、われわれは彼の思惑を汲まず、彼の慎重さを裏切った。
彼はわずかな時間のうちに真っ先に駆けつけ、
このことについて釈明を与え、何か言い付けもしよう。
いまや私にできることは、アシルの背信への疑いをこれ以上延ばさないことだ。

 

イピゲネイア
ああ、そんな、つらいわ!

 

クリュタイムネストラ
立て! 怒りの炎で身を灼き、辺りを照らして輝くのだ。
苦しみの溜め息は置き去りにして勇ましさのほうへと押し進め!
彼への復讐心のみをただ抱き! あの男との幸福などは軽蔑して跳ね除けろ!
あいつには、思い上がりに対して振るわれる因果応報の正義(※8)を、ネメシスへと運命が繋がったことを告げるべきなのだ!
あの父親が因となった冒涜の罪に報え!
おまえの存在も、彼同様に、神々の血筋を引くものなのだ!(※9)
すでに私の怒りは目に見える形で現れた
雷神(※10)の霊はその高みにおはすのだ!
すでに復讐のため彼の腕は振り上げられたぞ。
そう《Ja》、すぐにでもあの思い上がりを罰するために追いつこう!
立て! 怒りの炎で身を灼き、辺りを照らして輝くのだ。
苦しみの溜め息は置き去りにして勇ましさのほうへと押し進め!
彼への復讐心のみをただ抱き! あの男との幸福などは軽蔑して跳ね除けろ!
あいつには、思い上がりに対して振るわれる因果応報の正義を、ネメシスへと運命が繋がったことを告げるべきなのだ!

 

退場


※1  原文確認に用いたリブレットではここに独自の注釈がある(p.82の「9)」)。一部のフラクトゥールがよく読めないが原文とその内容をざっくりと以下に記載する。
Nemesis, oder Adrastea, die Gōttin, welche alles nach dem rechten [Ma??]ordnet, [Uebermuth] beugt, n.s.m.
(ネメシス、もしくはアドラステア。以降、この女神について説明しているようだが、よく読めず。訳者からも補足しておくと、ネメシスは復讐の女神であり、別名のアドラステアは誰も逃れられぬ者といった意味合いがある。)

※2  この辺りも先述したラシーヌの悲劇が前提となって話が進行している。本作ではイピゲネイアとアキレウスは恋人関係にあるのだが、行き違いが起き、アキレウスの恋情が他人に移ってしまったのだという勘違いがここでは起きているのである。

※3  アガメムノンが、娘が裏切られたことよりも浮気したアキレスの側に付いて行動したのだろうということをここでクリュタイムネストラは言っている。

※4  やや意訳した。固くなるが厳密には、「おまえをこの嘲弄から出でたものに座らせている、それはアシルの愚弄である」程度の意味。

※5  アガメムノンのこと。

※6  フランス語原文だと逆のことをを言っているような気がするが(アガメムノンはおまえを嘲弄させたくなかったのだ的な方向の話になっていると思う)、おおよそ話の向きは似たようなものか。この辺りもエウリピデスやラシーヌの作品が前提となって話が進んでいる。アガメムノンは一度呼び出してしまった娘をやはり国に帰らせるためにそのような手紙を送ったのである。

※7  「このように最初の」は補足的に意訳。本作では具体的に語られることがないが、前提とされているだろうものから補足すると、最初に呼び寄せた時はアシルとの結婚をこの場で行おうと、そこでもまた嘘の手紙を書き送っていた。

※8  原文では「ネメシス」という復讐の女神の名前を取り入れて表現しているが、ここではそれに合わせ、拙訳のような意味合いもあるため、このようにした。

※9  「故に粗末に扱われていいわけがない」という矜持からのセリフである。

※10  「Donner」は転じて、「がみがみ言う人、雷を落とす人」でもあるが、ここはたぶん素直に「雷神」で良いだろう。ゼウスのことである。

ACHTE SZENE/第八場

IPHIGENIA
Vernahm ich wirklich recht? Ihr Götter! muss ich's glauben?
Vergessen könnt' Achill die Pflicht?
Vergessen, was die Ehre fodert?
Verschmähen dieses Herz, das ihm so ganz gehört?(※1)
Mein armes Herz, noch nicht belehret,
Entzog sich, sanft und fromm,
dem jungen Helden nicht.
Ihn lieben – das gebot mir Ehre ja und Pflicht;
Und hätt' ich nun mit Recht der Liebe wohl gewehret?
Verräther! nun täuschest du mich!
Ein andrer Arm soll dich umfassen?
Ich muss, fürwahr! ich muss dich hassen,
Und spräche lauter auch mein Herz für dich!
Ach, immer werd' ich doch nach ihm mich sehnen!
Wie ich durch ihn so glücklich war!
Stark wollt' ich seyn; und da –
da fliessen meine Thränen! –
Verdient er Thränen denn? Er ist ja undankbar!
Verräther! nun täuschest du mich!
Ein andrer Arm soll dich umfassen?
Ich muss, fürwahr! ich muss dich hassen,
Und spräche lauter auch mein Herz für dich!(※2)


イピゲネイア(※3)
私が聞かされたのは嘘偽りなく本当のことなの? 皆(みな)が奉る神々よ! 私はこのことを真実だと(※4)信じなければいけないの?
アシルがこの務めを忘れることができるものかしら?
忘れられるのかしら、この栄誉が求めるものを?
あのひとを想う(※5)心を蔑み、無視をして、(※6)何もかも言い聞かされるがままに従える?(※7)
私のみじめな心よ、もうこれ以上は従順にならなくていい。
引き離すのよ、穏やさや敬虔な態度というものは、
あの若い英雄には抱かなくていいのだと 。(※8)
あのひとを愛せと──そう私に命じるの。栄誉と、そう、務めとが。
それで、私はいまでは、愛する権利を持つことを禁じないといけなくなってしまったの?
ひどいひと(※9)! いまじゃ私はあなたに欺かれているのね!
なら私は、もう片方の腕で自分自身を抱き締めてやらないといけないのかしら?(※10)
きっと私は本当にそうしなくちゃいけなくなるのね! あなたを憎まざるを得なくなって、
あなたに向かって私の心もただ騒々しい言葉を口にするの!
嗚呼、いつまでも私は、それでも、あなたへと恋い焦がれる想いを向け続けるのだわ!
あなたを想えば、私はこんなにも幸せな気持ちになってしまうのだもの!
強くあることを私は望むわ。そしてここで──
この地で、私の涙が流れ落ちる!──
だから彼は涙という報酬を頂くことになるのね? なんて無情なひと!
ひどいひと! いまじゃ私はあなたに欺かれているのね!
なら、もう片方の腕で自分自身を抱き締めてやらないといけないのかしら?
きっと私は本当にそうしなくちゃいけなくなるのね! あなたを憎まざるを得なくなって、
あなたに向かって私の心もただ騒々しい言葉を口にするの!


※1  参考資料2だとこの直後、一行分の空白の改行あり。

※2  ここではアシルの裏切りに遭うも、相手を憎み切れない彼女の独白が行われている。ここのイピゲニアのセリフもフランス語原文では言い回しがほとんど異なっているように見受けられる。この箇所のフランス語原文と拙訳は以下(改行は詰めて記載)。
IPHIGÉNIE
Seule / L'ai-je bien entendu? grands dieux! le puis-je croire, / Qu'oubliant ses engagemens, / Achille, au mépris de sa gloire, / Au mépris de l'amour, trahisse ses sermens? / Hélas! mon coeur sensible et tendre, / De ce jeune héros s'était laissé charmer! / La gloire et le devoir m'ordonnaient de l'aimer. / Et d'accord avec eux, l'amour vint me surprendre. / Parjure! tu m'oses trahir; / Un autre objet a su te plaire: / Je te dois toute ma colère; / Je forcerai mon coeur à te haïr. / Que sa tendresse avoit pour moi de charmes! / Qu'il est cruel d'y renoncer! / De mes yeux, malgré moi, je sens couler des larmes; / Est-ce pour un ingrat qu'ils en devraient verser! / Un autre objet a su te plaire:/ Parjure! tu m'oses trahir! / Je te dois toute ma colère, / Je forcerai mon coeur à te haïr.
(引用源:『opera guide』-「Libretto: Iphigénie en Aulide(※グルックの改訂版のリブレット)」(最終アクセス日:2021/10/08))
イフィジェニー
(ひとりで) / 私が聞かされたほんとうのことなの? 偉大なる神々よ! 私、信じてもいいの? / 誓ったことを忘れ、 / アシルは、自分の栄誉を軽蔑して、 / 愛情も軽蔑して、誓約に背いているなんて? / 嗚呼、なんてことなの! 私の柔らかく脆い心臓よ、 / おまえはあの若い英雄に心奪われたままでいるのね! / 栄誉と義務が私に彼を愛するように命じるの。 / 彼らと共に結託して、彼への愛の訪れに私を驚かせるのよ。 / うそつき! あなたは恥もなく私を裏切ったのだわ。 / もうひとりの別の恋人〔※もしくは「目的」〕はあなたの気に入ることをよく分かっているのだものね。 / 私は、私の怒りをまるごとあなたへと向けなければならなくなる。 / きっと、あなたを憎むように私の心に強制することになるのね。 / (だってそれでも)私に向けられる彼の優しさに惹かれてしまっているのだもの! / その気持ちを断てなんて、ひどい! / 私の両の目からは、私の意志に逆らって、私の気持ちのために涙を流すのだわ。 / 無情ななひとのために注がないといけないのよ! / 何か別のものはあなたに好かれる術を知っていたのね。 / うそつき! あなたは恥もなく私を裏切ったのだわ。 / 私は、私の怒りをまるごとあなたへと向けなければならなくなる。 / きっと、あなたを憎むように私の心に強制することになるのね。

※3  フランス語原文ではト書きとして、彼女一人のみが舞台上にいてこのシーンを演じる旨の指示がある。

※4  「真実だと」は補足的に意訳。

※5  「あのひとを想う」は補足的に意訳。

※6  「蔑み、無視をして」も一語で表現されている部分だが、拙訳ではこのようにした。

※7  この一文は意訳強め。厳密には、「そうした心を無視して、全てこのように言われるがままになれるものなのなのか?」といった意味合い。

※8  「抱かなくていいのだと」もやや補足的に意訳。原文では「nicht」とあるのみ。

※9  「Verräther」は、「裏切り者、背信者、うそつき」などの意味があるが、「見殺しにする人」「こっそり教える、露呈する人」などの意味もあり、これらも汲めると考えたため、このようにあいまいな言い方にした。

※10  恋人のアシルがいなくなった場所を自分の片腕で自分自身を抱き締めて己を慰めるということ。

NEUNTE SZENE/第九場

Iphigenia, Achilles

 

ACHILLES
Täuscht mich ein Traum auch nicht?
O Himmel! Du in Aulis, Iphigenia?

 

IPHIGENIA
Was auch an diesen Ort mich brachte –
Ich sage dir mit Stolz: mein Herz wirft mir nicht vor,
Dass es Achilles war, den ich zu sehen wünschte.

 

ACHILLES
Was hör' ich! welch ein Wort!
Sprichst du so kalt mit mir?

 

IPHIGENIA
Thu nach Gefallen nur, was dir
Die neue Leidenschaft gebietet!
Ob du auch untreu bist, das soll mich wenig kümmern!
Gieb immerhin die Hand der Andern, die du liebst!

 

ACHILLES
Der Andern, die ich lieb'?
Ein schändliches Verbrechen –
er(※1) zeihet dessen mich?

 

IPHIGENIA
Ich, ich! die du betrogest!

 

ACHILLES Betrügen könnt' Achill?

 

IPHIGENIA
So viel du Eid' auch schworest –

 

ACHILLES
Ich, Iphigenien nicht mehr lieben?

 

IPHIGENIA
Du brachst die Ketten, die uns banden!

 

ACHILL.
Zerbrechen, was so werth mir ist?

 

IPHIGENIA
Nun, dich verlanget ja,
Mich nicht mehr hier zu seh'n.
Sei ruhig nur! Sehr bald werd' ich,
Wie du es wünschest,
Zur väterlichen Burg, nach Argos, wiederkehren,
Auf dass du vollen Raum für neue Liebe hast.

 

ACHILLES
Ha! allzu viel! Zwar kann Achill,
Besänftiget von deinem holden Reitz
Wohl Ungerechtigkeit mit Ruh' ertragen;
Doch nimmer wird sein Herz
Hohn und Verachtung dulden!

 

IPHIGENIA
Ach, nur zu hell liess ich in meine Brust dich sehen,
Zu hell für meine Ruh', mein Glück!
Denn Achtung – Lieb', um alles zu gestehen,
Sprach ja zu dir mein froher Blick.

 

ACHILLES
Wär' es also(※2) : dein Herz und meine Ehre
Erlaubten dann dir nicht den kränkenden Verdacht.
Achill verriethe dich? Ihr Götter!
O, um dir zu verzeih'n,
Dass du dies von mir glaubtest,
Muss man so heiss, wie ich, dich lieben!(※3)
Tyrannin! niemals ward dein kaltes Herz gerührt,
Erwärmt von meiner glühend-heissen Liebe.
Wenn starr es nicht bei meiner Flamme bliebe,
Dann hätte Argwohn dich
Zu Zweifeln nicht verführt.
Du kränkst so tief ein Herz,
Das, Göttern gleich, dich ehret,
Durch harten schimpflichen Verdacht!
Du hast zur Höllenqual ein Feuer angefacht,
Das ewig meine Brust verzehret.
Tyrannin! niemals ward dein kaltes Herz gerührt,
Erwärmt, von meiner glühend-heissen Liebe.
Wenn starr es nicht bei meiner Flamme bliebe,
Dann hätte Argwohn dich zu Zweifeln nicht verführt.

 

IPHIGENIA
Mein Bangen, mein Verdacht,
Selbst mein Verdruss, mein Schmerz,
Dies alles zeigt dir meine Liebe.
Ach! wie so leicht kannst du
Das schwache Mädchen täuschen!
Nur allzu gern glaubt dir mein liebevolles Herz.

 

ACHILLES
Schone mein! Denn solche Schmerzen,
Wie dein Zweifeln gab, vernichten ganz mein Glück.

 

IPHIGENIA
Glaub mir, es entschwand dem Herzen,
Und ich fühl', es kehret nie zurück.

 

ACHILLES
Wie konntest du, mein Stolz,
Dir ungetreu mich glauben!
Fühlst du nun selbst,
Wie sehr du mich verkannt?

 

IPHIGENIA
Nie wird mir solch ein Wahn
Die Ruhe wieder rauben;
Gewiss, mich strafte schon der Schmerz,
Den ich empfand.

 

Beide(※4)

 

IPHIGENIA
Durch Liebe giebst du meinem Herzen Freuden.

 

ACHILLES
Dein holdes Wort giebt meinem Herzen Freuden.
Gott Hymen! sichr' uns ganz vor Leiden!
O du, der Erde Glück, komm! eine denn noch heut
Ein Paar, das Amor selbst für deinen Tempel weih't!(※5)


 

イピゲネイア、アキレス

 

アキレス(※6)
夢まぼろしが俺を惑わしているのか?
おお、天よ! きみはアウリスにいるのか、イピゲネイア?

 

イピゲネイア
私もこの場所に導かれたの(※7)。──
誇りをもって私はあなたに言うわ。私の心を私の行く先に投げ出させないで。
それはアシルが存在するところにこの心を投げ出すっていうことで、そうすることを私は自分で願っているって悟ることになってしまうから。(※8)

 

アキレス
俺は何を聞かされているんだ! なんという言葉だ!
きみが俺と一緒にいてこんなに冷たい言葉を吐くなんて?

 

イピゲネイア
貴方(※9)はただ親切になるように振舞っているだけ、私にね。
あの、新しい情熱に命ぜられるがままにね!
なんであれ、あなたって不誠実なひとってことになるわ。それって、私にほんのちょっと気がある素振りを見せてやろうっていうのでやったっていうことになるのですもの!

ともかく、(※10)別の手は差し出してあげてるってことよね、あなたが一番愛してるものに!

 

アキレス
別のだって? それを俺が愛している?
そんな唾棄すべき罪を犯したと言って──
(※11)が俺のことを責めているんだ?

 

イピゲネイア
私。私がよ! あなたは裏切ったのよ!

 

アキレス
アシルが裏切りを働くことができると思うのか?

 

イピゲネイア
こんなにたくさんの誓いを立てて、裏切ったも同然だわ。──

 

アキレス
俺は、イピゲネイア。きみを十分に愛せていなかったのか?

 

イピゲネイア
あなたはこの鎖(※12)を砕いて、その鎖で私たちを縛り付けるのよ!

 

アシル(※13)
砕いて、それでそんなことが俺にどれだけの価値がある?

 

イピゲネイア
つまり、あなたがそれを求めたということでしょ。
私のことなんてもうこれ以上ここで見なくて済むようにって、
平然としたままで! 造作もなく簡単に私はそうさせられるわ、
あなたがそれを願えばね。
父の庇護を示すあの城のほうへ、アルゴス(※14)のほうへと、往ったり来たりを繰り返すのだわ。
新しい愛で満ちた場所を築くために、あなたはね。

 

アキレス
ハッ! ひどい話はもう十分だ! 確かにアシルはできるとも。
きみの素敵な魅力に宥められて
冷静さを保ち、この厳しい言葉に耐えもしよう。
だが、彼(※15)の心は決して
愚弄と軽蔑を許しはしない!

 

イピゲネイア
嗚呼、冴えた心のまま、私は自分の胸の裡にあなたを見るわ。
私の平穏と幸せのために、澄み切った状態でね!
だから用心するのよ──愛情には。うっかりすると、(※16)それを取り巻いているあらゆるものを打ち明けてしまうのだから。
現に語ってしまっているでしょう? あなたに向けられる私の、喜びの籠もったこの眼差しで。

 

アキレス
ならばその彼はこういう存在になっているのだろう。きみの心と俺の名誉に
傷がつけられたという疑いがあって、それできみは相手を許すことができないことになっているのだと。
アシルがきみを裏切るだって? 彼女の神々よ!
おお、彼女を囲い、許しのほうへと導き給え。
つまりきみは自分の中にあるものを信じたらいいんだ。
その男(※17)はこう言い付けるべきなんだ、俺のように。きみを愛しているのなら!
女の暴君よ(※18)! きみの冷たい心が掻き乱れることは決してないのか?
俺の焼き焦がれることが至上命令としてある愛によって温められることも?
彼女が俺の炎の近くに留まったまま身動きできなくなれば、
きみが抱く猜疑心がきみを
不信へと惑わせることもなくなるのに。
きみは心がかなり深くまで憔悴してしまっているんだ。
それで、神々の如き、きみの高潔さは示されたわけだ。
心無い、恥ずべき嫌疑を通して!
きみは地獄の苦しみに向かって一つの火を掻き立てて煽り、
それが俺の胸を永遠に舐めて苦しめる。
女の暴君よ! きみの冷たい心が掻き乱れることは決してないのか?
俺の焼き焦がれることが至上命令としてある愛によって温められることも?
彼女が俺の炎の近くに留まったまま身動きできなくなれば、
きみが抱く猜疑心がきみを不信へと惑わせることもなくなるのに。

 

イピゲネイア
私の不安は、私の信じられない思いは、
私の不愉快な気持ちそのものは、私の苦しみは、
全部、全部、あなたに向く私の愛を示すもの。
嗚呼! こんなにも容易くあなたに
この弱い生娘は騙されることができるのだわ!
恋慕に満ちた私の心はただひたすらの歓喜を抱いてあなたを想うばかりで。

 

アキレス
俺だってそうだ! こんな苦痛が
俺の幸せの全てを破壊してしまうきみの不信というものによって与えられられたのだから。

 

イピゲネイア
信じてちょうだい、それでこの気持ちは消え失せたわ。
そして感じたの。もう二度と想いを変えることはないだろうって。

 

アキレス
どうしてきみは、俺の誇りを、
俺を信じられないだなんて思うことができたのだろう!
きみが自分の心で
俺のことをこんなにも酷く見誤ったときに?

 

イピゲネイア
もう二度とこんな思い込みを抱きはしないわ。
もう二度とまたこの憩いを奪いはしない。
本当よ。確信しているの。この心の痛みがもうすでに私のことを罰しているわ。
それを感じるの。

 

2人で。

 

イピゲネイア
あなたに与えられた愛を通して、私の心は喜びに向かうの。

 

アキレス
きみの心地よい言葉を与えられて、俺の心は喜びに向かう。(※19)
婚礼の神よ(※20)! この苦悩から出でるすべてのものからわれわれを守り給え!
おお、きみ(あなた)よ、幸福の土地が、訪れよう! きょうのうちに
二人で、きみ(あなた)の神殿にこの愛 (※21)を捧げよう!


※1  参考資料2だと、「Wer」というように書かれている言葉が異なる。使用テキスト(=参考資料1)側の誤記かと思われる。

※2  参考資料2だと、「Wär' es also ─ :」というように罫線が挟まれている。

※3  参考資料2だとこの直後、空白の改行を挟んでいる。

※4  ここからこの場の終わりまで参考資料1と2で表記が大きく異なる。以下に参考資料2によるものを書き写しておく。
BEIDE
IPH.  Durch Liebe giebst du  }
ACH.  Dein holdes Wort giebt  }meinem Herzen Freuden.
(以下同文、一緒に歌う)
つまり、同時に歌っている箇所の差異部分が明確に分かるようになっている。

※5  参考資料2だと、この直後に空白の改行を挟んだ上、「Ende des erster Aufzugs.」と書き添えられており、第一場が終わったという旨が書かれている。

※6  役名は基本的にフランス語読みの「アシル」表記ではなく「アキレス」表記になっている。イピゲネイアなども役名表記はドイツ語表記が優先されているようである。

※7  「brachte」なので、厳密には、「もたらされた、運ばれた」などのニュアンス。ここではアシルもイピゲネイアも、自分が意識的にやってきたというよりも神の摂理や運命を思いながら発言しているのだと思われる。

※8  補足的に意訳。

※9  「Thu」は古ドイツ語で、「du(英:thus,you)」のこと。つまり、ここでイピゲネイアは相手を突き放し、かしこまって他人行儀に語り掛けている。

※10  補足的に意訳。

※11  使用テキストの「er」のままだと、たぶんアガメムノンのことを指していることになってしまうため(「彼が俺のことを責めているのか?」というように)、ここでアキレウスはアガメムノンか誰か何者かが彼女に何か吹き込んだと思っている理解になってしまう。この箇所の拙訳は「※1」にあるように、より意味が分かりやすい「Wer」のほうを参照した。

※12  イピゲネイアとアキレウスとを結ぶ鎖。

※13  この箇所では役名がアシル表記になっていたため。

※14  目敏く状況を見るために二心を持つことを意図していると思われる。

※15  自分(=アキレウス)のこと。

※16  補足的に意訳。

※17  暗に自身のことを言っている。

※18  「Tyrannin」は女の僭主や専制君主を示す言葉。これらは転じて暴君を指すこともある。

※19  以降はイピゲニアも歌っているはずである。

※20  ヒュメナイオスのこと。

※21  他の箇所では「愛」を示す言葉は「Liebe」だが、ここのみ「Amor」。より恋愛的な愛情、運命的な愛情を示していると思われる。

ZWEITER AUFZUG/第二幕

Das Theater stellt eine grosse Säulenhalle in Agamemnons Pallaste vor


この第二幕では、アガメムノンの宮殿の中にある広くて柱の立つ広間のセットを置く。

ERSTE SZENE/第一場

Iphigenia, Jungfrauen in ihrem Gefolge

 

CHOR DER JUNGFRAUEN
Lass deine Brust in Freude wallen;
Der junge Held ist bald nun dein.
Entzückt wirst du in seine Arme fallen;
Achill ragt hoch hervor, und von den Griechen allen
Verdient dich Er allein.

 

IPHIGENIA
Ihr suchet nur umsonst mein Sorgen zu verbannen.
Achill weiss, dass mein Vater
Von ihm geglaubt, er könne mich verachten
Und seine Treue brechen.
Beleidigt fühlt er seine Ehre;
Der Argwohn scheinet ihm
Die kränkendste Beschimpfung.
Ich sah in seinem Blick des Zornes Funken sprühen;
Und jetzt – Ihr kennet ja
Den Stolz des guten Vaters –
Und Beide seh'n sich eben jetzt.

 

CHOR DER JUNGFRAUEN
Lass deine Brust in Freude wallen;
Der junge Held ist bald nun dein.
Entzückt wirst du in seine Arme fallen;
Achill ragt hoch hervor, und von den Griechen allen
Verdient dich Er allein.

 

IPHIGENIA
Ihr suchet nur umsonst mein Sorgen zu verbannen.
Die Lieb' ist länger nicht allmächtig,
Wenn sich gekränkt des Helden Seele fühlt.(※1)
Bald von Furcht und bald von Hoffen
Wird so sehr gequält mein armes Herz.
Allen Leiden steht es offen,
Und kaum trägt es länger diesen heissen Schmerz.
Gott Eros(※2) sieh mich knieend flehen:
Hauch' in des Vaters Brust für Stolz nur Sanftheit ein,
Lass den Geliebten nur sich deinem Dienste weih'n!
Der du der Welt gebeutst, versöhnt lass mich sie sehen!
O, dann ist reine Freude mein!(※3)
Hold von Furcht, und bald von Hoffen
Wird so sehr gequält mein armes Herz.
Allen Leiden steht es offen,
Und kaum trägt es länger diesen heissen Schmerz.


イピゲネイア、彼女に付き従う若い女たち

 

若い女たちによるコーラス
その胸を喜びに膨らませておしまいなさい。
あの若い英雄がすぐにでもあなたのものになりましょう。
歓喜にあるあなたは彼の両腕へ飛び込むのです。
アシルは高々と前に踏み出し聳え立ち、そしてすべてのギリシア人たちの前で
己の力であなたを自分のものにするでしょう。(※4)

 

イピゲネイア
あのひとはただ、私の不安をはらう術を探し求めるために身を尽くしてくれる。
アシルは分かっている。私の父が
あのひとを前に思うことを。彼は私を侮蔑し、
あのひとの変わらぬ心を壊してしまうこともできるのだと。(※5)
あのひとは己の栄誉を傷つけられたと感じたわ。
屈辱的な罵倒によって
疑心(※6)が彼を照らしたの。
私はあのひとの眼差しに憤怒の火の粉が散り輝くのを見た。
そして、今、──あなたたちもよく分かっているはずの
あの偉大な父の誇りを──
この二つを、私は、今まさに目にしているのよ。

 

若い女たちによるコーラス
その胸を喜びに膨らませておしまいなさい。
あの若い英雄がすぐにでもあなたのものになりましょう。
歓喜にあるあなたは彼の両腕へ飛び込むのです。
アシルは高々と前に踏み出し聳え立ち、そしてすべてのギリシア人たちの前で
己の力であなたを自分のものにするでしょう。

 

イピゲネイア
あのひとはただ、私の不安をはらう術を探し求めるために身を尽くしてくれる。
この愛はまだ永遠なるものには達していないわ、
英雄たち(※7)の魂が傷付けられているのを感じるようなときは、まだ。
不安(※8)があれば簡単に、希望があれば簡単に、
こんなにもひどく私の弱い心は悩まされる。
あらゆる苦悩がむき出しのままでこの心に屹立しているのに、
痛みといえるものがいつまでもあろうとも、ほとんど支えもしてくれない。
神なるエロスよ、私を見て。あなたの助けを求めて跪く私を。
誇りに向かう父の胸から吐き出されるのが、ただ穏やかなものであれということだけでありますように。
「最愛の者のため、あなた(※9)への奉仕に身を尽くしなさい」というものでありますように!
そうあることを御身(※10)はこの世界に命じ、私の心を宥められるものを見せてください!
おお、そうしたらまがい物なんかじゃない喜びが私のものになるのに!
不安(※11)から優しさを、そして希望へと簡単に
こんなにもひどく私の弱い心は悩まされる。
あらゆる苦悩がむき出しのままでこの心に屹立しているのに、
痛みといえるものがいつまでもあろうとも、ほとんど支えもしてくれない(※12)


※1  参考資料2だと直後に空白の改行を挟んでいる。

※2  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「10)」)。原文と意訳を以下に記載する。
Eros, der Gōtt der Liebe, Amor.
(エロスとは愛の神である。アモールともいう。)

※3  参考資料2では直後に空白の改行を挟んでいる。

※4  文章上ではイピゲネイアを諫めている内容として読み取ることもできる箇所なのではないかと思う。その場合は以下のようになるだろう。「その胸を喜びに膨らませることはお止めなさい。 / あの若い英雄がすぐにでもあなたのものになるなどとは。 / 歓喜にあるあなたが彼の両腕の中に飛び込めるなどとは。 / アシルは高々と前に踏み出し聳え立ち、そしてすべてのギリシア人たちの前で / 己の力であなたを自分のものにするなどとは」。だが、参考資料にある日本語のあらすじなどを読む限りでは、この箇所はあくまで祝福しているというように読み取る向きがあるようなのでこのようにした。ただ、わざと中途半端にしているのかなあともやや思うので、ここに特筆した次第である。

※5  イピゲネイアたちからすれば、この時点ではアガメムノンがいたずらに2人の仲を引き裂こうとしたという捉え方になっているため。

※6  アガメムノンに対するアキレウスの疑心。

※7  アキレウスとアガメムノンのこと。

※8  この「Furcht不安」は、明確な対象がある場合に用いられる「不安」に類する言葉である。

※9  エロスのこと。

※10  エロスのこと。

※11  ※8に同じ。

※12  繰り返しの箇所であるが、どちらの場合は主語ははっきりとしない。どうとでも取れるようになっているのだろうが、取りあえず一例として挙げておくと、「か弱い心ではそれを支えられない」という意味がまずあるのだろう。

ZWEITE SZENE/第二場

Klytemnestra und die Vorigen

 

KLYTEMNESTRA
Bald, Tochter, macht dich Hymen glücklich;
Im Tempel ordnet schon das Fest dein Vater an.
Für dich, welch ein Triumph!
Und welch ein Ruhm für mich!
Bald höret Griechenland, dass einer Göttin Sohn
Mich seine Mutter nennt, und dir sein Leben weiht.

 

IPHIGENIA
O nun, nun leb' ich wieder auf!

 

KLYTEMNESTRA
Schon kommt Achill, ganz Lieb'
Und Zärtlichkeit.


クリュタイムネストラと第二幕第一場で登場した人々

 

クリュタイムネストラ
いとも容易く、娘よ、ヒュメナイオス(※1)はおまえに幸福なものをお作りになられたようだな。
この神殿にはすでにおまえの父親によって儀式の準備が整えられている。
おまえのもののために、なんと大いなる勝利があることか!
そして、私のもののためになんという栄誉があることか!
すぐにでもギリシアの地は耳にすることになる。とある女神の息子(※2)
私のことを母と呼ぶようになり、そしておまえが彼の命に身を捧げたのだということを。

 

イピゲネイア
おお、いまや、いまや私はまた再びの生を歩んでいるのだわ!

 

クリュタイムネストラ
アシルはもうすぐにでも来る。愛情の全てを抱き(※3)
優しい愛撫をするために。


※1  婚礼の神。

※2  アキレウスのこと。

※3  「を抱き」はやや補足的に意訳。

DRITTE SZENE/第三場

Die Vorigen. Achilles und Patroklus, mit einem
Gefolge von Thessaliern beiderlei Geschlechts

 

ACHILLES
Sie, deren Stolz du bist,
Sie wollen, dass dich mir Gott Hymen nun vereine.
Bald darf ich Götter nicht beneiden,
Du Holde; denn mein Glück ist gross und dauerhaft.
Die Thessalier kommen in einem kriegerischen
Aufzuge; ihnen folgen Sklaven mit der Beute, die
Achilles in Lesbos erobert hat

 

ACHILLES
zu den Thessaliern
Singt laut, preiset hoch die erhabne Königin!
Der Gott, dem sich mein Leben weihet,
Macht bald auf ewig mein Volk beglückt.

 

DER CHOR
Wir singen, wir erheben unsre Königin.
Der Gott, dem sich dein Leben weihet,
Macht nun auf ewig auch uns beglückt.

 

Tanz

 

EINE THESSALIERIN
Der Nike(※1) Hand wird dich,
Achill, noch öfter schmücken;
Mit Hymen kränzet dich Gott Eros wechselsweis.
Gar hoch mag freilich wohl der Lorberkranz entzücken;
Doch höher das Myrtenreis.

 

CHOR
Der Freunde Freund, doch der Feinde Schrecken,
Wird er, ein Ares(※2), uns schirmend bedecken.
Ha! wagt es nimmer, den Löwen zu wecken;
Denn wer ist wohl, der kühn ihm widersteht!
Ja, ihr Trojaner, vor ihm sollt ihr zittern;
Das Liebste raubt er den Bräuten, den Müttern,
Er drohet fürchterlich euch, gleich Gewittern!
Er schrecket euch schon, wenn ihr ihn auch nur seht.

 

Fortsetzung des Tanzes

 

SKLAVINNEN AUS LESBOS
Sieh Töchter Lesbos sich,
Auf sein Geheiss, dir nahen!
Sie beugen sich vor dir; du hörst gewiss ihr Flehn.

 

EINE SKLAVIN
Er kämpfte ja für dich; gross war sein Sieg, und schön.
O, dass wir Lesbier als Feind ihn sahen!

 

DIE SKLAVINNEN
Huldreich und liebevoll seh'n wir dein Angesicht,
Und klagen weinend länger nicht.

 

IPHIGENIA
So kommt, und werdet mir,
Was die schon sind, Freundinnen.
Ich war des Unglücks Schuld;
Drum muss durch Wohlthun ich
Den schmerzlichen Verlust mit Recht ersetzen.
Vergessen sollt ihr ganz, was ihr gelitten habt.

 

Fortsetzung des Tanzes

 

ACHILLES, KLYTEMNESTRA, IPHIGENIA, PATROKLUS
Hat wohl dein Tempel je, am heiligsten Altar,
Du holder Gott der Ehen,
Ein Paar schon beten sehen,
Das liebevoller noch, und noch beglückter war!


第二幕第二場の登場人物たち、アシルとパトロクロス、男女入り混じったテッサリア人の付き人たち。

 

アキレス
あのひと、──(※3)きみは、誇りなんだ。
あのひとが望むことなら、つまりきみと俺とが婚礼の神によって結ばれる今、
俺が神々を羨むようなこともじきになくなるだろう。(※4)
きみはすてきなひとだ。だからこそ、俺の幸せは、強大で不変なものなのだ。
(兵の行列の中をテッサリア人がやって来る。)
(それに続いて戦利品を運ぶ奴隷たち。これはアキレスがレスボス(※5)から獲得してきたものである。)

 

アキレス
(そのテッサリア人に向かって。)
大声で歌いあげよう、崇高なる女王(※6)を高らかに誉め讃え!
神よ、そうすることで俺の命は浄められた。
もはや俺の民らは永久《とこしえ》の喜びにあると言っていい。

 

コーラス
われらは歌う、聳え立つわれらの女王の歌を。
神よ、そうすることでおまえ自身の命は浄められた。
いまや我らも永久《とこしえ》の喜びに向かう。

 

ダンス(※7)

 

1人のテッサリア人
あの勝利の女神の御手がそなたのものになるのだ、
アシルよ、いまだ、美しく飾ることを度重ね。
ヒュメナイオスによってそなたは花輪で飾られ、その神に入れ替わってまたエロスもまたそうしよう。
高らかに戴いた月桂樹の冠はむろん十二分に好ましく、大いに魅了させもしよう。
もちろん、ミュルテ(※8)の小枝も高らかに。

 

コーラス
好意的な友らよ、敵として脅威となることなかれ。
そうなれば、一人のアレス(※9)が、われわれを被い、庇護しよう。
ハッ! そのような大それたことは決してしないことだ。獅子を目覚めへと導くようなことは。
つまり、何者かは確かに、厚かましくも彼に反抗したのだが!
そう《Ja》、おまえたちトロイア人どもは彼に向かって恐れ慄かねばならぬ。
花嫁に母親、そういった最愛の人々は奪われるのだ。(※10)
彼はおまえたちを脅かす脅威となるべく、激しい雷雨の如く振舞おう!(※11)
彼はおまえたちをすでに震え上がらせているのだ、おまえたちが彼を一目見た、ただそれだけの瞬間から。

 

ダンスを続ける。

 

レスボスからきた女奴隷たち(※12) レスボスの娘をごらんあれ。(※13)
彼の命令ゆえに、あなたのもとへと向かう我らを!
あなたに向かって頭を下げる姿を見、懇願する女たちの声を確かに耳にもするだろう。

 

或る女奴隷
あのひとはあなたのために立ち向かい、戦いました。彼の勝利は偉大なものとなり、また美しいものになりました。
おお、つまり、われわれレスボス人は敵として彼を見たということ!

 

女奴隷たち
慈悲深く優しさに満ちてあなたの顔《かんばせ》をわれわれは見つめる。
もはや嘆き悲しみはせずに。

 

イピゲネイア
ならばおいでなさい。私は確かに見、そして聞きました。(※14)
事は既に成ったのだわ、友たちよ。
私にはこの不幸(※15)への罪科がある。
それをめぐっては私は善を行うべきで
このつらい喪失に対しては正しく補填を行わなければ。
あなたたちが抱いた苦しみが、ぜんぶ忘れてしまえるように。

 

ダンスを続ける。

 

アキレス、クリュタイムネストラ、イピゲネイア、パトロクロス
この最も聖い祭壇をめぐり、御身の神殿は満ちゆく。
汝、より麗しいものとなった結婚の神よ、
一組の男女がすでに祈る姿が見えるだろう。
愛に満ちたるこの者たちの愛はなおも深まりゆき、幸福もいまだ底が知れぬ!


※1  参考資料2ではここに独自の注釈がある。(p.82の「11)」)。原文と翻訳文を以下に記載する。
Nike ; die Gōttin des Sieges, Victoria.
(ニケ;勝利の女神。ヴィクトリアともいう。)

※2  参考資料2ではここに独自の注釈がある(p.82の「12)」)。原文と翻訳文を以下に記載する。
Ares ; die Gōtt des Krieges, Mars.
(アレス:戦いの神。マルスともいう。)

※3  「─」は補足的に付加した。

※4  つまり、本作のアキレウスはイピゲニアと結ばれることが彼にとっての「栄誉」になると思っているので、本来の彼の生死に関わる、太く短く生きて栄誉のうちに生きるというようなことは半ば受け入れていても、ややそれは二の次というものになっている。また、ラシーヌのものがそうであるように、本作では直接触れられていないが、アキレウスがこの戦いに参加している理由も通常の理由ではなく、イピゲニアとのつながりによって付き合いでやっているのだろうと思われるので、このように解釈しても良いのではないかと思う。

※5  直前まで遠征していた。ラシーヌの悲劇ではそれが物語の重要なポイントとなって進行している。

※6  イピゲニアのこと。

※7  フランス語原文では「Divertissement」と書かれている。物語の展開と関係のない余興的な踊りのこと。

※8  ミュルテ(ギンバイカ)は結婚の際の冠に用いられる。月桂樹は勝者のシンボルとして(特にアポロンと結びつく形で)取り入れられるもので、多分、ここでは、そうした祝いに欠かせぬ二つの冠が高らかに戴かれることを言祝いでいる。

※9  比喩。アキレウスのこと。

※10  作中では語られないことだが、レスボス島で一足先にそういったことはしてきたとも言える。直前の「何者か」は、これもレスボス島の人々を指してもいる。

※11  つまり、「ゼウスのように」という表現が込められている。

※12  『イリアス』の第9歌のアガメムノンのセリフを参照とすると、たぶん人数は7人のはずである。

※13  のちの文脈から察するに、イピゲネイアに向かって言っていると思われる。

※14  「私はそうなった」程度の原文だが、意訳した。

※15  レスボス島の女たち(ないし人々)に降りかかった災難のこと。戦いによって女たちが地元の男たちと別れさせられ、奴隷身分となったこと。それに比べてそのすぐ隣で自分は好きな男と結ばれようとしていることへの負い目がある。

VIERTE SZENE/第四場

Die Vorigen. Arkas, der zu Ende des Tanzes gekommen ist

 

ACHILLES
Verzeih, Geliebte, mir die Ungeduld des Herzens.
An dem Altar erwartet uns dein Vater;
So komm, und mache mich
Zum seligsten der Menschen!

 

ARKAS
stürzet hervor
Nein, schwieg' ich länger noch, so wär' ich strafbar.
Wo eilt, getäuscht, ihr hin, ihr Unglückseligen!
Nein, nimmer gehet ihr zu dem Altar des Grauens.

 

ACHILLES
Was, Arkas, sagest du?

 

KLYTEMNESTRA
Du siehest, wie ich bebe.

 

ARKAS
Dein Gatte – denn so will's
Der Zorn der grossen Göttin –
Harrt am Altare schon;
Er soll – die Tochter opfern.

 

KLYTEMNESTRA
Wie! mein Gemahl?

 

IPHIGENIA UND ACHILLES
Mein Vater? / Ihr Vater?

 

KLYTEMNESTRA
Entsetzlich! welch Verbrechen!

 

ALLE MIT DEM CHOR
Erbebt die Erde nicht bei dem grausen Gedanken?

 

ARKAS
Ja, Iphigenia – sie selber ist das Opfer,
Das blutend sterben soll.

 

DIE THESSALIER
in einem Tumulte vordringend
Nimmer dulden wir das, und wär' es unser Verderben!
Nein, unser König wird ihr Gemahl noch heut!
Zu dem Tode für ihn sind wir alle bereit,
Und wollen auch für seine Braut gern sterben!

 

KLYTEMNESTRA
dem Achill zu Füssen fallend
Achill, sieh mich im Staube knieen!
Erbarme du dich meiner armen Tochter!
In dieses Unglücksland hab' ich sie selbst gebracht,
Dass sie die Deine würde.
Ach, ihr eigner Vater kann bis zum Tode sie hassen,
Und die Götter auch wollen sie verlassen!
Was bleibt nun ihr übrig? Du, Achill, allein:
Du musst ihr, Vater denn, Asyl und Schutzgott seyn.(※2)
Man wird zum Tode sie nicht verdammen:
Das hoff' ich fest; denn sie gehöret dir!
Das glaub' ich, das weiss ich, das sagen sie mir,
Die Augen, die schon flammen!(※3)
Ach, ihr eigner Vater kann bis zum Tode sie hassen,
Und die Götter auch wollen sie verlassen!
Was bleibt nun ihr übrig? Du, Achill, allein:
Du musst ihr, Vater denn, Asyl und Schutzgott seyn.

 

ACHILLES
Sei ruhig, Königin, und gänzlich unbesorgt,
Dass sie des Vaters Hass der Mutterlieb' entreisse!
Du gehst; ich will ihn hier erwarten.

 

IPHIGENIA
Ich weiche nicht von dir, Achill; du sollst mich hören!

 

ACHILLES
Tyrann! ... Er giebt den Tod
In meinem Nahmen dir!
Vor meinem Zorne kann ihn jetzt
Nichts mehr beschützen.

 

IPHIGENIA
Er ist – in aller Götter Namen! – ist mein Vater!

 

ACHILLES
Dein Vater, dieser Unmensch?

 

IPHIGENIA
Er ist mein Vater doch, und theuer meinem Herzen.

 

KLYTEMNESTRA
Dein Vater? und er höhnt die Rechte der Natur?

 

IPHIGENIA
Sein Unglück will es so;
Gross sind auch seine Schmerzen.

 

ACHILLES
Ich seh' in ihm sonst nichts, als einen Mörder nur!

 

KLYTEMNESTRA
Göttin, lass mich nicht erliegen;
Ich hoffe nur auf dich!

 

IPHIGENIA
Götter, lasst die Nacht verschwinden;
Von Angst befreiet mich!

 

ACHILLES
Götter, lasst mein Schwert ihn finden;
Dann Lohn dem Wütherich!

 

ALLE DREI
O, Ihr! erhöret mich!


第二幕第三場の登場人物たち、アルカスが、ダンスの終わりにかけて入場する

 

アキレス
許せ、愛したのだ、(※4)俺にはこの逸《はや》る心がある。
あの祭壇を囲み、俺たちは待ち望もう、きみの父親を。
そうすれば訪れるのだ、俺のものとなり
人間にとっての至福へと向かう時が!

 

アルカス
(手前へ倒れ込む)
無理だ《Nein》、これ以上黙っているようなことは。そんなのは罪を受けるようなやつになることだ。
どこかへ急いで去れ、騙されたのだ、おまえたちはずっと、自分たちの不幸を喜んでいたのだ!
無理なんだよ《Nein》、おまえたちが捕らえようもないその祭壇へと向かって歩いていくことなんて絶対に叶わない。

 

アキレス
何を、アルカス。おまえは何を言っているんだ?

 

クリュタイムネストラ
おまえの様子を見ると私は不安になる。

 

アルカス
あなたの夫が──つまりはそうなることを望まれたのだ
かの偉大なる女神の憤怒ゆえに──。
祭壇はすでに整い、翹望《ぎょうぼう》にある。
彼がただ──その娘を犠牲にせねばならぬがゆえに。

 

クリュタイムネストラ
何! 私の夫が?

 

イピゲネイアとアキレス
私の父が? / 彼女の父親が?

 

クリュタイムネストラ
恐ろしい! なんと罪深い恥ずべき行いだ!

 

全員によるコーラス
身の毛もよだつ考えを受け、この土地は震えはしないのか?

 

アルカス
ええ《Ja》、イピゲネイア。──まさしくあなた自身がその生贄に。
血を流して死ぬものとなれと。

 

テッサリア人
(この喧噪の中を押し進んでくる)
絶対にわれわれはそんなことに耐えることはできない。それにそうなればわれわれも破滅だ!
いいや《Nein》、われらの王はきょうのうちに彼女の夫になるのだ!
われらは彼のために死へと向かう用意はすべてできている。
そして、彼の花嫁のためにだって喜んでこの命を投げ出しもするぞ!

 

クリュタイムネストラ
(アシルの足元にすがりつく)
アシル、土埃にまみれ跪く私を見て!
あなたはあなたの、私の哀れな娘を思い遣れることだろう!
不幸の土地へと私はこの子を送り届けてしまった。
それというのもこの子をあなたのものとするため。嗚呼、この子の血の繋がった父親(※5)が、この子が死ぬまで憎しみを向けることができるような人で、
神々さえもこの子がいなくなることをお望みであるだなんて!
何がこの子のもとに残っていると思う? あなたよ、アシル。それだけなのだわ。
あなたがこの子のためにやらねばならないのは、保護者(※6)となること。つまり、安全な場所(※7)であり守護神となることなのだ、彼女の。
世間が死ぬまでこの子を糾弾するということはないだろう。
この望みを固く私は抱いている。即ち、この子があなたの大事なものとなるということを!
そうなることを私は信じ、またこれを承知してもいる。そう私に言って頂戴、
この両の目を、すでに激しく燃え立つこの目を見て!
嗚呼、この子の血の繋がった父親が、この子が死ぬまで憎しみを向けることができるような人で、
神々さえもこの子がいなくなることをお望みであるだなんて!
何がこの子のもとに残っていると思う? あなたよ、アシル。それだけなのだわ。
あなたはこの子のためにやらねばならないのは、保護者となること。つまり、安全な場所であり守護神となるのだ、彼女の。

 

アキレス
落ち着いてくれ、王妃よ。それに全く不安を抱く必要はない。
母親の愛というものは、父親が抱く憎しみを子供から無理にでも引き離すものなのだから!
あなたが行ってくれ。俺はここで彼女と待ち続けよう。

 

イピゲネイア
私はあなたのような態度ではいられないわ。私の言葉を聞いてちょうだい!

 

アキレス
暴君め! ……あの男は、
俺が受け取るもの(※8)の中にきみの死を加えたんだ!
俺の怒りであいつを今すぐにでも
これ以上は何一つも守れぬようにしたっていい。

 

イピゲネイア
あのひとは──すべての神々の名のもとにあるわ!──私の父は!(※9)

 

アキレス
きみの父親は、冷酷な男なのだな?

 

イピゲネイア
あのひとは私の父親だけれど、それに、私にとってかけがえのないいとしいひとでもあるの。

 

クリュタイムネストラ
おまえの父親が? それに、この自然の摂理(※10)を嘲笑う男でもあるやつが?

 

イピゲネイア
不幸な状態にきっと彼もなっているはず。
あの人の苦しみも大きいものだわ。

 

アキレス
俺はあいつの中にかつて一度としてそういったものを目にしたことはない。ただ人殺しの性分が見えただけだった!

 

クリュタイムネストラ
女神よ。どうか私に屈従させることのないようにしてください。
私があなたに望むのはただそれだけ!

 

イピゲネイア
神々よ。どうかこの夜闇にすべてを溶かしたままでいさせてください。
この不安から私を解放するために!

 

アキレス
神々よ。どうか我が剣が彼を探り当てるがままにさせ給え。
そうしてあの怒り易い暴君(※11)に報酬をくれてやるのだ!(※12)

 

3人全員で
おお、汝! 我が願いに応え給え!


※1  参考資料2直後に空白の改行を挟む。

※2  参考資料2直後に空白の改行を挟む。

※3  参考資料2直後に空白の改行を挟む。

※4  アガメムノンに反対されていると勘違いしているのでこのように発言している。

※5  原文「ihr eigner Vater」なので、厳密には「彼女自身の父親」程度の意味。彼女の実の父親など、親と子としての結びつきがあることを強調している箇所なので、拙訳ではこのようにした。

※6  原文では「Vater父親」と表現されているが、これには「保護者」の意味もあるので、ニュアンスが強いほうを優先して訳した。ただしここでは「情けない実の父親の代わりにあなたが父親の務めを果たしてほしい」という意味でVaterが用いられていることは言うまでもない。

※7  原文「Asyl」。拙訳ではここもニュアンスを優先して「安全な場所」としておいた。一般に困窮者などの収容施設・保護施設や、外国の亡命者などに与えられる庇護を意味する言葉であり、いわゆる「アジール」なので、聖域、避難所などの特別な区域を指す。実の父親から逃げ出させ匿ってやってほしいといった意味で用いられていると言えるだろう。ここでは、治外法権の場所というか、属人が手出しをできない場所という意味で「聖域」のニュアンスが特に強い。また、このドイツ語においては「Achill」と「Asyl」で音の具合が重なるように意図されてもいると思われる。つまり、「Achill=Asyl」とする意図が見られる。

※8  この遠征に関してのアキレウスとアガメムノンの諍いがこのセリフの背後にあるかと思われる。この件に関しては『イリアス』参照。

※9  直前のイピゲネイアのセリフのフランス語原文の拙訳を参照してほしいのだが、そこと合わせて補足すると、つまり、「父親は神に逆らえない立場にあるのだから、私が解放されることはない」ということを彼女はここで伝えているし、それでこの次のセリフでアキレウスは「神に従うことを娘の命よりも優先するとは冷酷な男なのだな?」と応えているのである。

※10  ここでは親子としての情愛のこと。

※11  ここの「暴君」は「Wütherich」。通常、「癇癪もち、怒りやすい人」などを指す。直近で出てきたものは「Tyrann」。通常、「僭主、専制君主」などを指すものである。後者の場合は特に「威圧的な政治を行うやつ」というニュアンスの責めがあるだろう。

※12  補足しておくと、「アガメムノンに歯向かうことのないまま、無事にイピゲネイアを妻にできますように」ということである。

FÜNFTE SZENE/第五場

Achilles. Patroklus

 

ACHILLES
Mir nach, Patroklus!

 

PATROKLUS
Und was willst du thun?
Hörst du allein den Ruf der wilden Leidenschaft?
Du kannst sie, grausam wie ihr harter Vater,
Mit eigner Hand dem Tode weihn?

 

ACHILLES
Wie! ich? Geh sag' ihr denn: »sie dürfe nichts besorgen.
Zwar gekränkt, und empört, doch von Liebe gerührt,
Hab' ich tief meinen Zorn in dem Herzen verborgen,
Und schone willig Dess, dem Dank von ihr gebührt.«


アキレス、パトロクロス

 

アキレス
俺のそばへ来い、パトロクロス!

 

パトロクロス
それで、おまえはどうするつもりなんだ?
野性的な情熱の叫び声に独りきりであろうと従うつもりなのか?
おまえにできるのか。無慈悲にも等しいほどに意思が固い彼女の父親に対し、
自らの手を振りかざし、死の破滅へと委ねることが?

 

アキレス
ああ! 俺ができないとでも?(※1) おまえたちに表明しておきたいことがある。『心配する必要は何もない。
つまり、侮辱されたのも、怒らされたのも、愛に突き動かされたからなのだ。
俺は俺の激憤をこの心の奥深くに密かに抱いているし、
故にもはやそれをやるつもりにもなっている。おまえたちからは感謝をされもするだろう』と。


※1  原文では単に「Ich?(俺が?)」と言っているだけだが、意訳した。

SECHSTE SZENE(※1)/第六場

Agamemnon, mit seiner Leibwache, Arkas, Achilles

 

ACHILLES
Er kommt! ... Ihr Götter,
Dämpft den Zorn, der mich entflammet!
Verweil'!

 

AGAMEMNON
bei Seite
Es ist Achill! Wär' er schon unterrichtet?

 

ACHILLES
Ich weiss, du denkst auf ein Verbrechen.
Ja, treulos und unmenschlich
Willst eine Unthat du in meinem Nahmen thun,
Die ich nur schaudernd denke.
Trotz dir, werd' ich die Gräuelthat verhindern!
O du, der du so schwer, so schrecklich mich beleidigst,
Der Liebe dank' es nur, wenn ich, von dir empört,
Nicht mit dem Schwert mich räche!

 

AGAMEMNON
Voll Dünkels, und mit Trotz, wagst du,
Verwegner Jüngling, es, mich zu beleidigen?
Vergisst du ganz, dass ich der Griechen Fürst hier bin?
Dass ich die Götter nur als Richter anerkenne?
Dass zwanzig Könige mir unterworfen sind?
Dass ohne Murren sie, und dass auch du, Achilles,
Mit Ehrfurcht harren musst, was mein Befehl gebeut?

 

ACHILLES
Wie! sollt' ich länger noch die stolze Sprache dulden?
Mein, mein ist sie; dein Eid versprach sie mir.
Du schworst ihn mir zum Pfande meines Glückes,
Und musst nun tun(※2), was du versprachst!

 

AGAMEMNON
Hör' auf, noch länger mich zu reitzen!
Was für ein Schicksal auch bestimmt ihr sey,
Mit Ehrfurcht, schweigend, musst du harren,
Was mein, und was der Götter Wort befiehlt.

 

ACHILLES
So redest du mit mir?
Wer hielt' es nur für möglich!
Du wähnst, ich fühlte nicht,
Was Lieb' und Ehre fordern?
Ich liesse ruhig dich die edle Tochter opfern,
Und sähe kalt die grösste Unthat an?

 

AGAMEMNON
Verwegner, meinest du,
Ich könne ganz vergessen,
Was meine Würde heischt?
Dein Schmähen länger dulden?
Gerechte Ahndung dir, dem Frechen,
So wahr ich König bin!

 

ACHILLES
Den frevelnden Mordsinn zu brechen,
Geb' ich mein Leben dahin!

 

AGAMEMNON
Frecher Empörer!

 

ACHILLES
Grausamster der Väter!

 

※ここに本来、セリフが挟まっている。下記の註を要参照(※3)

 

Die ich so heiss verehre –
Eh' ich das deiner Wut nicht wehre,
Muss erst mein Herz durchbohret sein!

 

Geht ab


アガメムノンとそれに彼の取り巻きが付き従う、アルカス、アキレス

 

アキレス
あいつが来た!……あいつを取り巻く神々よ、
その怒りを鎮めろ、それが俺のものを燃え上がらせたのだ!(※4)
止まれ!

 

アガメムノン
(近くまでくる)
おまえはアシルか! もう知らされたのか?

 

アキレス
知っているとも。おまえが恥ずべき行為を遂行しようと考えているということは。
ああ《Ja》、不実かつ酷薄な態度で
俺のものとして受け取られたものの内に一つの悪行を混じらせようとしたのだということは。(※5)
それを俺はただ身震いするが如き態度で受け取るばかりだった。
おまえのその考えを無視して、俺はこの残酷な行為に楯突くぞ!
おお、おまえは、おまえはこのことによってこんなにも深く、こんなにも非道に俺のことを侮辱せしめたのだ。
この愛に彼女はただ感謝をするだけだ。俺が、おまえに怒らされ、
その復讐をこの剣によって果たす時にはな!

 

アガメムノン
自惚れた独断に満ち、そうやって反抗心を持ち、己自身を大胆にも危険に身をさらす。そんな(※6)
向こう見ずな若者として、彼は、私に無礼を働くのか?
おまえは忘れたのか、全てを。つまり、私がここでギリシア人らを代表する者(※7)として存在していることを?
私があの神々に対してただその求めは当然のものだという承認を裁判官の如くになって下すしかないのだということを?
二十もの王らを従えている状態にあるということを?
彼女は文句を言うこともなく、そしておまえもだ、アキレス(※8)
畏敬の念を抱き、待ち望むしかないだろう。私の命令を受けた時には?

 

アキレス
何がだ! おれはまだその誇らしげな口ぶりで言われるものを許容してやらねばならないのか?
俺は、俺のものは彼女にかかっている。おまえの誓いは、彼女を俺に約束したものだった。
おまえは俺の幸福を抵当に入れた上で俺を従えたのだ。
故にただやるしかなかった、おまえに期待し、誓うことを!

 

アガメムノン
話を聞け。これ以上私を苛立たせるんじゃない!
或る神の摂理のためにそれは決定されたことも同然なのだ。
畏敬の念を抱き、沈黙し、おまえは待ちわびねばならぬ。
私のものが、そして神々がお命じになる何かしらの言葉を。

 

アキレス
そうやっておまえは俺に演説をかますのか?
起こりうることのためにただ手元に残しておきたいだけだろう!(※9)
おまえが信じ込んでいるのは、俺が気取《けど》ることはないということだ。
それで俺に(※10)どういう愛と名誉を求めろというのだ?
俺の一部である唯一無二の娘が生贄にされようとも黙り込み、
そうして冷ややかにひどい悪行を眺めるようなことをして?

 

アガメムノン
大胆なことだ。おまえが言いたいのは、
私があらゆることを忘れ去った上で、
己の高潔さを求めることができるような人間なのだということなのか?
おまえの大言壮語をまだ容認しろということなのか?
正当なる処罰をおまえに下そう、無遠慮に(※11)
まさしく、まさしく私が王であるからには!

 

アキレス
この人殺しの罪の元を砕く。
俺は俺の命をその砕いた所へと与えよう!(※12)

 

アガメムノン
厚かましい反乱者だ!

 

アキレス
父親として残酷なる者よ!

 

※ここに本来、セリフが挟まっている。下記の註を要参照(※13)

 

俺はそう言って、贈ろう。──
それに先立ち、おまえの憤怒に身を守ることもせず、
真っ先に俺の心に穴を穿たせよう!

 

退場


※1  グルックによる原文のフランス語とサンダーの手によるドイツ語訳版はただ言語を変えただけというものではなく、おおよそなぞらえつつも雰囲気が異なる箇所も目立つものなのだが(なので本当はきちんとフランス語版も別に読むべきなのだろうが……)、このシーンの場合、同時に同じセリフを言う箇所が発生していたり、会話の内容や話の進行がこれまでよりも目立って異なる。ちなみに、こうした箇所は多分他にも随時あるのだろうが、私は必要なときのみ(=ドイツ語ではよく分からないとき)フランス語版を参照して参考にしているだけなので、いちいちそういう箇所は挙げられていない。今回に関しては「※3」のような事情もあった。

※2  参考資料2だと、「thun」と記述。現代ドイツ語においては「tun」と同義。

※3  直後から原文確認に用いたリブレットだともっとセリフが挟まっている(参照 p.53)。ちなみにフランス語原文には該当する箇所があることから、参考にしたテキストのほうが何かしらの理由があって(もしくはミスで)省かれてしまったのだと思われる。以下に書いておく。
原文:
AGAMEMNON UND ACHILESS
(補足 AGA.)Erbebe, deines Kōnigs Verräther!
(補足 ACH.)Erbebe, du, der Menschheit Verräther!
(補足 同時に)Mein ganzes Herz ist tief durch dich empört.
AGAMEMNON
Mein Schwert soll dich zerspalten!
ACHILESS
Was du versprachst, zu halten,
Das werde die durch mich gelehrt!
AGAMEMNON
Durch Blut sey Ehrfurcht dir gelehrt!
BEIDE
(補足 AGA.)Erbebe, deines Kōnigs Verräther!
(補足 ACH.)Erbebe, du, der Menschheit Verräther!
(補足 同時に)Mein ganzes Herz ist tief durch dich empört.
ACHILESS
Ich hab’ ein Wort nur noch zu sagen,
Und wenn du mich verstehest, reicht schon das Eine hin.
Dem Opfertode sie zu weih’n,
翻訳文:
アガメムノンとアキレス
(補足 アガメムノン)震えるぞ、お前が王としての立場を裏切ることを!
(補足 アキレス)震えるぞ、おまえが、人間としての立場を裏切ることを!
(補足 同時に)我が心のすべては深々と、おまえを通して憤怒を抱く。
アガメムノン
私の剣でおまえを斬り裂かねばなるまい!
アキレス
おまえに約束したのは、守ることだ。
あの誓いを通して俺がそのことを教えてやろう!
アガメムノン
血を通し〔※おまえの血を流すことで〕、おまえに畏敬の念というものを教えてやろう!
2人で
(補足 アガメムノン)震えるぞ、お前が王としての立場を裏切ることを!
(補足 アキレス)震えるぞ、おまえが、人間としての立場を裏切ることを!
(補足 同時に)我が心のすべては深々と、おまえを通して憤怒を抱く。
アキレス
俺が言うのは、もはや一つの言葉だけだ。
そして、その時にはおまえは理解するだろう、そいつがもはや達してしまったあとなのだということを。
「この犠牲の死を捧げる」と、

※4  そもそもアルテミスの怒りによってトロイアに行けなくなり、この怒りの代償にイピゲニアの犠牲が求められたりなどの騒動が起きているため。少なくとも本作においては怒りの原因は明かされないままである。

※5  騙す形でイピゲニアを呼び出し、密かに生贄にしようとしていたため。

※6  やや補足的に意訳。

※7  ここでは一般に王を指す「König」ではなく、「Fürst」が用いられている。そのため、「ギリシア人たちを代表する者、頂点」というニュアンスがある。この戦いでアガメムノンがリーダー的役割を担っていたため。

※8  ここでは発言内の人名表記がアシルではなくアキレスになっている。

※9  「今後の戦争のためにアキレウスを引き留めておきたいからうだうだと言っているだけだろう」の意。

※10  「それで俺に」は補足的に意訳。

※11  アキレウスの直情的な無礼に対して、目には目を的に同様の態度で言い返しているためこう発言している。

※12  アガメムノンを殺してその立場に就いてやるという挑戦的な態度が見えもするセリフであるといえるのかも。単純に、イピゲネイアを守り抜くということを意図しているだけかもしれないが。

※13  「※3」参照。

SIEBENTE SZENE/第七場

Agamemnon, Arkas, Leibwache

 

AGAMEMNON
Es soll geschehn, was ich gebot.
Von Frechheit aufgefodert,
Heiss' ich, dass gleich die Flamme lodert,
Und weihe sie dem Opfertod.
Herbei, Gefährten! ... Ihr Götter! was will ich thun?
Es ist die Tochter ja, die blutend sterben soll!
Die Tochter, die so oft an deinem Herzen lag!
Zerrissen fühl' ich meine Brust.
Nein! sie muss leben! ...
O, wie schwach das Herz mich macht!
Darf ich, da Artemis ihr Daseyn enden will,
Die Wohlfahrt meines Volks der Vaterliebe opfern?
Und soll Achill mich unbestraft verhöhnen?
Nein, lieber reiss' ich sie gewaltsam zum Altare!
Das Blut der Tochter muss ...
Der Tochter? Ach, ich bebe!
Des Vaters Liebling ... sie,
im Opferkranze, soll dem mörderischen Stahl
Den keuschen Busen öffnen?
Ihr Blut soll ich in Strömen fliessen seh'n?
O, welch ein Vater! ...
Hörst du nicht die Furien nahen?
Die Luft ertönet von grausem Gezisch!
Es sind der Eumeniden Schlangen;
Sie rächen fürchterlich der Tochter Mord!
Ach, schon beginnet meine Qual!
O, schrecklich! Haltet ein! Die Götter zwangen mich!
Sie führten meine Hand; sie zückten selbst den Stahl.
Ja sie ermordeten das Opfer! –(※1)
Kann nichts denn euren Zorn,
Ihr Grausamen, versöhnen?
Nichts! – Doch umsonst
Verfolgt mich euer Wüthen!
Mich nagt mit scharfem Zahn
Der Reue Schlang', und quält mich!
O, sie zerreisst mein Herz
Noch grässlicher, als Ihr.

Zu Arkas
So geht, ihr Alle, denn;
Begleitet die Gemahlin.
Sie muss, so schnell sie kann,
Nach Argos wiederkehren.
Mit meiner Tochter fliehe sie dies Land,
Und sei vor jedem Blick verborgen!
Nun geht!
Arkas und die Leibwache gehen ab.
O du, die ich so innig liebe,
Die immer mich so sanft erfreut:
Verzeih'! – des Vaters Aug' ist trübe –
Verzeih' ihm gern; denn er bereut!
Du hast ja mit den süssen Tönen:
»Mein Vater!« mich zuerst genannt.
Und durch dein Blut die Götter zu versöhnen,
War schon bereit des Vaters Hand!
Nein, ich mag frevelnd nicht
Das Recht der Natur verhöhnen;
Mit Abscheu würd' ich sonst genannt!(※2)
O du, die ich so innig liebe,
Die immer mich so sanft erfreut:
Verzeih'! des Vaters Aug' ist trübe –
Verzeih' ihm gern; denn er bereut!(※3)
Und du, durch Fleh'n nicht zu erweichen,
Befriedige an mir des Zornes Grimm!
Wie sie, kann mich dein Pfeil erreichen;
Und willst du Blut: das meine nimm!(※4)


アガメムノン、アルカス、取り巻き

 

アガメムノン
彼の身にも降りかかればよいのだ、私に降りかかったものが。
恥知らずにも強請《ねだ》ったものによって苦しめばよい(※5)
つまり私が言いたいのは、同じようにこの炎を燃え立たせてやればよいということだ。
そしてあの犠牲の死で浄めてやればいい。
こちらへ、馬車を! ……大衆どもの神々よ! 何を私はすればよいのだ?
犠牲として差し出す女は(※6)、ああ《ja》、あの子は、血を流し死なねばならぬのだ!
あの娘は、そのせいで、こうして幾度もおまえ(※7)の心に横たわっている!
私の胸は引き裂かれるようだ。
いやだ《Nein》! あの子は生きるべきなのだ!……
おお、なんとひ弱なこの心が私を形作っていることか!
きっと私は、ここで、アルテミスが、あの子が死に逝くことを望んでおられるこの場所で、
父親としての愛情を犠牲としてでも、己が民の繁栄を望まねばならないのか?
それで、アシルが私のことを軽んじ、愚弄したことに処罰も与えられないままであれと?
いやだ《Nein》。むしろ私は無理にでもあの祭壇へと連中を引き摺って行ってやりたい!(※8)
あの娘の血が求められている……。
「あの娘」だと? 嗚呼、私は震えている!
この父が愛する子たる……あの子は、
生贄の冠に彩られ(※9)、血腥《なまぐさ》い残酷な短刀で、
穢れなき贖いのためだと、切り裂かれなければならないのか?
あの子の血が、私は、川のようにとめどなく流れゆく様を見るしかないのか?
おお、なんという父親がいたものだ!……
この猛る怒り(※10)が迫るのがおまえには聞こえないのか?
何も無い所に響く、無慈悲なるものの息遣いが(※11)
それはエウメニス(※12)の蛇たちが発する音なのだ。
この蛇たちが恐ろしい方法で娘殺しの復讐をするだろう!
嗚呼、すでに私の呵責は始まっている!
ああ、恐ろしい! 耐えねばならぬ! あの神々が私に強いることに!
その者たちによって我が手は動かされるがまま、為す術がない(※13)。そしてこの手であの短刀を用いることになる。
そう《Ja》、そうしてあの生贄を故意に殺すのだ!──
できるわけがないようだな、おまえたち(※14)の怒り、
おまえたちの残酷さ、そうしたものを鎮めるということは?
何一つとして!──ところがいたずらに
責め立て追いかけ回してくるのだ、私を。お前たちの激憤というものが!
私は噛みつかれ、責め苛められているのだ、鋭い牙を持つ
この、「後悔(※15)」を意味する蛇によって。そして苦しみに在る!
おお、私の心はずたずたに裂かれ、
惨い状態のまま、絶えることもなくおまえたちに。
──
(アルカスに向かって)
だから行くのだ、おまえたちすべて。そうして、
妻に付き従いなさい。
きみたちに望むのは、きみたちのできることが迅速に行われるということなのだ。
アルゴスを目指し、帰還すること。
我が娘を連れてこの地を逃れよ。
そしてあらゆる目(※16)から隠してやってくれ!
いますぐ行くのだ!
(アルカスと取り巻きらは退場していく)
おお、おまえ、これが私が示すおまえへの深い愛情。
このことが絶えず私をこんなにも優しく喜ばせてくれる。
赦せ!──この父の目は濁っているのだ──
赦してくれ、喜びにある彼(※17)を。彼が後悔に喘ごうとも!
おまえが、そう、優しい声音で
「私のお父さん!」と真っ先に私のことを呼べば、
おまえの血によってあの神々を宥めるため、
その父親の手はすでに準備を整えてしまっているのだから!(※18)
いやだ《Nein》、だから私の前にはもう現れるんじゃないぞ(※19)。私は忌まわしいものになりたくなどない。
この自然の摂理を嘲るならば、
嫌悪の念で以て私という存在はさらに意味付けられもするだろう!(※20)
おお、おまえ、これが私が示すおまえへの深い愛情。
このことが絶えず私をこんなにも優しく喜ばせてくれる。
赦せ!──この父の目は濁っているのだ──
赦してくれ、喜びにある彼を。彼が後悔に喘ごうとも!
そしておまえ(※21)よ、たとえ懇願されても気を許すことなく、
深い怒りを私に満たせ!
左様(※22)。おまえの矢は私に届くことができる。
そしておまえは血を望むだろう。その時にはこの私の血を戴けばよいわ(※23)


※1  参考資料2だともう一個余分に罫線がある。

※2  参考資料2だと直後に空白の改行が挟まれる。

※3  参考資料2だと直後に空白の改行が挟まれる。

※4  参考資料2だと、この直後に空白の改行を挟んだ上、「Ende des Zweiten Aufzugs.」と書き添えられており、第二幕が終わったという旨が書かれている。

※5  この「苦しめばよい」は原文にはない。補足的に意訳した。

※6  ここも単純に「彼女」としか書かれていないが、補足的に意訳。

※7  アガメムノン自身のこと。

※8  この苦悩を察することもできない連中に思い知らせてやりたいということ。

※9  もしくは、「この生贄を取り囲む人々の中で」か?

※10  「die Furien」。「Furien」は復讐の女神の名。ここでは、「激怒、狂乱」などを表わしている。

※11  正しくは「無慈悲にシューッとなるものが発する音が空虚に響く」程度の意味。「無慈悲なるささやき」でも良いかもしれない。意訳した。

※12  復讐の女神であるエリニュスを好意的に捉えた場合の呼び名。

※13  意訳。主語は「Sie」で、あえて濁されていると思われる。神々であり、復讐を囁く蛇たちであり、民衆たちでもあるのかと思う。また、単に「Sieが私を導く」という文だが、「主導権を持って導く」というニュアンスが強いと思うため、拙訳ではこのようにしている。

※14  ここからしばらく続く「おまえたち」も、単に神々だけではなく、民衆たち、アキレウスのことなども指している。

※15  この遠征をしたこと、そうした原因になったもののこと、娘を呼び寄せてしまったことなど。本作では語られていないのでどうかは分からないが、女神の怒りを買ったことも含まれるだろう。

※16  ここでは多分、アガメムノン自身の目も含まれている。

※17  アガメムノン自身のこと。

※18  姿を見れば彼女の命はない、殺さざるを得ないという意味。

※19  補足的に意訳した。原文では単に「Neinいやだ」としか言っていない。

※20  自分が自分自身をどう思って余生を生きることになるかという意味もあるだろうが、後世の評価のことをメタ的に語っているともいえる。

※21  特にここからの「おまえ」はアルテミスの存在が強く意図されている。もちろん、イピゲネイアやクリュムネストラなども含まれるだろうし、他の人々のことも指すだろうが、あくまで「特に」アルテミスを指しているといえるだろう。

※22  「Wie sie」。ここの「sie」もいささか曖昧で、「彼女同様に」であるほか、民衆たちの怒りの矛先などのニュアンスもあるかと思われる。

※23  「くれてやる」「奪えばよい」という意味だが、より投げやりな感じだとか彼の怒り、残酷な人々への抵抗、嫌味が出るかと思い、本来は丁寧な語になるが、このようにした。

DRITTER AUFZUG/第三幕

Das Theater stellt das Innere eines prächtigen Zeltes
vor, durch dessen Oeffnung man eine Menge von
Volk in Tumult sieht


このシーンでは、豪華な天幕の内側の様子が見える形でセットを立てる。その開かれた天幕の出入り口の所には民衆で構成された人の群れがずっと騒乱の状態で内部を眺めている。

ERSTE SZENE/第一場

Iphigenia, mit weiblichem Gefolge; Arkas'(※1) Leibwache. Griechen, hinter dem Schauplatze und an dem Eingange des Zeltes

 

CHOR VON GRIECHEN
Nein, nein! kein Verschonen mehr hier!
Man soll den Göttern ihr Opfer nicht nehmen!
Was ihr Spruch streng gebot, leisten wir!
Nein, du darfst uns den Arm nicht lähmen!

 

IPHIGENIA
tritt ausser sich herein, umringt von ihrem Gefolge und der Leibwache
Was, Arkas, widerstrebst du länger noch
Der Wuth, die sie entflammet?

 

ARKAS
zu dem Gefolge
Lasst nicht aus dem Gezelt sie gehen!
Ich will indess, getreu der Pflicht,
Dem ungestümen Schwarm mit Kühnheit widerstehen.


 

イピゲネイア、彼女に付き添う女性従者。アルカス、取り巻き、ギリシア人たちはこの舞台の後ろのほうと天幕の入口のあたりにいる。

ギリシア人たちによるコーラス
駄目だ《Nein》、許さないぞ《Nein》(※2)! ここでこれ以上安逸(※3)を貪るな!
人間どもが神々に対しその犠牲を払わぬことなどあってはならぬ!
如何に神々の掲げる言葉が厳しくとも、我らはそれを果たすのみ!
許されはせぬ《Nein》。おまえがわれわれのこの腕を麻痺させるようなことをすることはならぬ!

イピゲネイア
自ら天幕の外へと出ようとする。彼女の従者と取り巻きたちが彼女を取り囲んでいる。
何かしら、アルカス。あなたはまだ物足りないというのかしら、
あの怒りでは。そして、あの燃え上がる様子だけでは?(※4)

アルカス
(従者に向かって)
この方を天幕から出してはいけない!
私がこの職責にある間は、従者として忠実に振舞わなければならぬ。
不躾にも荒れ狂う者どもを相手にすることになろうとも。(※5)


※1  参考資料2だと「’」でなく「,」。「,」のほうが正しいと思われる。

※2  原文では単純に「nein, nein!」と繰り返しているのみ。ちなみにこの「nein」は前の幕の最後にアガメムノンが娘の死を拒絶する時にも繰り返された言葉で、ここでは対照的に民衆たちが彼女の死を望むために繰り返す言葉として用いられている。

※3  厳密には、「保護されてはならない」や「丁重に扱ってもらえることはあってはならない」といったニュアンスである。彼女を特別扱いして保護するような真似はやめろという意味合い。

※4  彼女の犠牲を求める人々の怒声に応えようとしているのに、アルカスたちがそれを引き留めようとするため。

※5  多分ここでアルカスは大衆たちの対応に当たるべく退場、少なくともテントの外へと移動しているはずである。

ZWEITE SZENE/第二場

Die Vorigen ohne Arkas

 

IPHIGENIA
zu Arkas, der abgeht
Versuche nicht Unmöglichkeit!
Zu ihrem Gefolge
Eilt hin, zum Beistand meiner Mutter!
Entfernet ihren Blick von meiner letzten Stunde!
Lasst mich der Götter Zorn durch meinen Tod versöhnen!
Ich sterb', und sterbe gern.


 

アルカスを除く、第三幕第一場に登場した人物たち

イピゲネイア
(退場したアルカスに向かって)
不可能なことに挑戦してみる必要なんてないわ!(※1)
(従者に向かって)
急いで。私の母を助けてあげて!(※2)
私の最期の時をあの人が目の当たりにしないようにしてあげて。
神々の怒りが私の死によって鎮められなければならないことは覚悟しているわ!(※3)
私は死ぬ。それも喜んで死んでいくのよ。


※1  怒れる人々の対応に努めること。

※2  娘の死を受け入れられていない母親の悲嘆を助けるように頼んでいるのである。

※3  「覚悟している」は原文にはないが補足的に意訳。この一文ではすでに彼女が自分の運命を受け入れている様子がうかがえるため。

DRITTE SZENE/第三場

Iphigenia, Achilles

 

ACHILLES
Geliebte, folge mir!
Dich schrecke nicht das Schrei'n,
Das blinde, leere Wüthen
Des Volks, das schon
Ein Blick von mir in Angst versetzt.
Beschützet von Achill,
Kannst du ganz sicher gehen.
Komm mit!

 

IPHIGENIA
O Schmerz! die Pflicht ist allzu schwer!

 

ACHILLES
Auf, auf! versäume nicht den günst'gen Augenblick.

 

IPHIGENIA
Du kämpfest nur umsonst für mich,
Des Unglücks Tochter,
Achill; sie, deren Tod ...

 

ACHILLES
O, nicht dies grause Wort!
Vergisst du, dass mein ganzes Wesen,
Mein Daseyn und mein Glück, an deinem Leben hängt?

 

IPHIGENIA
Ich liebt' es selbst – ja, muss noch jetzt es lieben,
Ein Leben, wider das die Götter sich verschworen.
Nur dir gehört es ja, und reine Seelenliebe
Hatt' es, Achill, auf ewig dir geweih't.
Mein Abend schreckt mich nicht,
Und sei er noch so trübe;
Bis in das Grab biet' ich dem Schicksal Hohn.
Ja, wenn ich auch verschonet bliebe,
Ich sagte doch, dass ich dich liebe.
Mein letzter Seufzer noch sey deiner Treue Lohn!

 

ACHILLES
Mich liebtest du? darf ich es länger glauben?
Ich bete dich, wie eine Göttin, an,
Du Undankbare! und du wolltest sterben?

 

IPHIGENIA
Brich auf, Achill!
Dich rufet laut die Ehre:
Sie zeiget deinem Blick
Den Tempel ew'gen Nachruhms,
Den du betreten musst;
Und nur mein Tod kann dir ihn öffnen!

 

ACHILLES
So willst du, Grausame, dass ich
Den sonst mir theuren Ruhm
Von nun an hassen soll?

 

IPHIGENIA
Leb wohl! Lass stets in deiner Seele
Das Bild der reinsten Liebe seyn!
Und ob man auch uns nicht vermähle –
Ich bleibe doch auf ewig dein.
Dir hatt' ich ganz mein Herz gegeben,
Und bracht' es dir so gerne dar.
Gedenke mein, mein, deren Leben
Nur dir allein geweihet war!
Leb wohl! Lass stets in deiner Seele
Das Bild der reinsten Liebe seyn!
Und ob man auch uns nicht vermähle –
Ich bleibe doch auf ewig dein.

 

ACHILLES
Achill könnt' ohne dich noch athmen?
Nein, nein! Ihr Götter zeugt es mir! –
Du musst, und weigerst du dich auch,
Von hier entfliehen.
Geliebte, komm! ich will dich leiten.

 

IPHIGENIA
Halt ein! Was kannst du länger hoffen?
Wähnst du, dass Agamemnons Tochter
Vergessen kann, was Ehr' und Pflicht gebieten?
Sie. sind ihr theurer, als das Leben.

 

ACHILLES
Nun wohl! – Nun, so gehorch, Unmenschliche!
Geh! such' ihn selbst, den schrecklichsten der Tode!
Zum grässlichen Altar folgt dir mein Fuss sogleich;
Ich lähme dort den Arm, der dich bedrohet.(※1)
Er ist bald meines Zornes Raub!
Ich werde mein Schwert auf ihn zücken;
Den Altar, den, frevelnd, sie schmücken –
Ihn wirft mein drohender Arm in den Staub.(※2)
Sieh her, wie Zorn die Wange mir röthet!
Wenn nun dein Vater wieder mir droh't –
Gewiss, er fällt, von diesem Schwert getödtet:
Du bist dann Schuld an seinem Tod!

 

Geht ab


イピゲネイア、アキレス

 

アキレス
いとしいひと、俺に付いてくるんだ!
あの怒声にきみは脅えなくていい。
見境の無い盲人と化し、虚しい怒りにある
あの民衆たちの暴挙を恐れなくてもいいんだ(※3)。あれはもう
俺にとっては俺を不安にさせる一つの眼差しでしかない。(※4)
アシルの庇護下へ。
きみを絶対に安全な場所へと移せるから。
一緒に来るんだ!

 

イピゲネイア
おお、つらい! この責務はなんて重たいものなのだろう!

 

アキレス
立て、立つんだ! 好機は今だけだ(※5)

 

イピゲネイア
あなたはただ私のためにいたずらに戦うことになる。
この不運な(※6)娘は、
アシル、彼女は(※7)、この死を……。

 

アキレス
おお、そんな恐ろしい言葉はいらない!
きみは忘れてしまったのか、俺の存在をまるごと。
俺がいまここにいること(※8)も俺の幸せも、きみの命があるからこそだということを?

 

イピゲネイア
私は彼を愛している、こんなにも──ええ《ja》。今この時でさえも愛さずにはいられない。
ひとつの命が、あの神々に逆らい、愛に身を捧げようとしてしまう。
ただあなたへと、その虜になって(※9)、ああ《ja》、そしてただむきだしの心からの愛を
彼に向けられたなら。アシル。永遠に、あなたにその心をどこまでも委ねるわ(※10)
私の人生の宵を(※11)私は怖がりたくはない。
そしてあなたの行く先を曇らせるような存在にもなりたくないの(※12)
私がお墓の中にまで運命(※13)の嘲笑を贈りたくはない。
ええ、そうよ《Ja》。私が赦された存在になったときには、
私は言うわ。絶対に。「私はあなたを愛している」と。
私の最後の吐息を、ただ、あなたの変わらぬ心へと贈るわ!

 

アキレス
俺はきみに愛されているのか? 俺は彼女を更なる喜びへと連れ立っても良いのではないのか?
俺はきみに祈る、一人の女神に祈るかの如く、きみに、きみを想い……。それなのに、(※14)
きみは酷薄なやつだ! なのに、きみは死ぬことを望むのか?

 

イピゲネイア
砕いてしまいなさい、アシル!
あの名誉があなたのことを大きな声を出して呼んでいる(※15)
それがあなたが見つめるべき場所を示してくれるわ。
果ての無い、死後の名声という名の神殿へと。
その神殿へとあなたは足を踏み入れるべきなの。
ただ私が死にさえすれば、あなたがその扉を開くことができるのだもの!

 

アキレス
そうきみは望むのか。残酷だ。だって俺に、
きみは、それから先はずっとその気高い誉れに対して
憎しみを持ち続けろというのか?

 

イピゲネイア
お元気で! ずっとあなたの心の中に
この穢れなき愛のまぼろしが在り続けますように!
そして、たとえ人々が私たちを結び付けることを拒もうとも(※16)──
私はそれでも永遠にあなたのもので在り続ける。
あなたに私のこの心をまるごとあげる。
だからその心をここでこうしてあなたに砕いてみせるわ。(※17)
忘れないでね、私の、私の、この、人生を。
ただあなたに、あなただけに命をあげる!
どうかお元気で! ずっとあなたの心の中に
この穢れなき愛のまぼろしが在り続けますように!
そして、たとえ人々が私たちを結び付けることを拒もうとも──
私はそれでも永遠にあなたのもので在り続けるの。

 

アキレス
アシルはきみなしに息をすることができるのだろうか?
いいや《Nein》、いやだ《nein》! 大衆どもの神々がそれを俺にもたらしたのだ!──
きみがやらなければならないのは、きみもきみの呼吸がそうなることを拒むことなんだ。
ここから逃げ出してそうするべきなんだ(※18)
最愛のきみよ、来るんだ! 俺がきみのことをどこまでも導くから(※19)

 

イピゲネイア
そんなことはやめて! 何をこれ以上望めるというの?
あなたは思い違いをしているわ。アガメムノンの娘は
誇りも責務も自分勝手になって忘れてしまえるとでも思っているの?
彼女にとってはね。この命と同じくらい、あなたたちがかけがえないのだわ。

 

アキレス
さようなら(※20)!──もはや、ただ従うだけだ、この残酷なものに!
進むしかない! きみを探し求めた先に、その死に震え!
あの惨たらしい祭壇へとおれの足は君を追ってすぐにでも導かれるのだ。
おれはそこで腕を震わせ、それできみを怯えさせてしまうだろうな。
その男(※21)は容易く己が怒りの獲物を積み上げよう(※22)
自分の剣を素早く引き抜き、
あの祭壇を、あの、穢れたものを、あいつらで派手に飾ってやる。──
俺の腕は脅威となってあいつらを塵の中に放り投げてやる。
俺を見れば、その頬が怒りで赤く染まっているのが見えるだろう!
それでももしもきみのあの父親が再びきみを脅かすようなら──
絶対に、あいつを破滅させてやる、この剣で殺してやる。
きみはだから、あいつらの死をめぐりその負い目を負うことになるんだ!

 

退場する


※1  参考資料2だと直後に空白の改行を挟む。

※2  参考資料2だと直後に空白の改行を挟む。

※3  「暴挙にを恐れなくてもいいんだ」は補足的に意訳。

※4  つまり、民衆たちはすでにイピゲネイアに対して「彼女は当然生贄とすべきだ」と息巻いているので、アキレウスの不信を買っているということ。

※5  意訳した。厳密には「好都合な瞬間を逃さないように(しなければ)」という意味になる。

※6  「Unglück」は「不幸な、不運な、災厄の」などを指す。ここでは争いの種と化していることも意図し、特に「災厄の」のニュアンスも含むだろう。

※7  彼女とは自分のこと。ただ「sie,」とあるだけなので、「みんなが」「これは」とも読めるかと思う。

※8  本作ではラシーヌのもの動揺、アキレウスはイピゲニアのためにトロイ戦争に参加している設定が組まれているのだと思う。それとまた、この究極の瞬間において彼女の前の前にいることも言い含まれているのだろう。

※9  意訳。「ただあなたのものになる」くらいのニュアンス。

※10  「その心をどこまでも」は補足的に意訳。「geweih't」には「(破滅、死へと身を)任せる」といった意味もあるので、このへんのニュアンスを含んでいるものと解して訳した。

※11  「人生の」は補足的に意訳。要は「私の最期の時を」。

※12  意訳。厳密には「それにこんなふうに彼を濁らせるもののまま(でいたくはない)」。

※13  「Schicksal」は「神の摂理」などを意味する語彙でもあるため、ここは、「神々の怒りが(あなたの)墓にまで及ぶことが約束されてしまわぬように」の意。

※14  「きみに、きみを想い……。それなのに、」は意訳。原文では単に「an,」とあるのみ。

※15  アキレウスが(トロイア戦争に赴き)太く短く生きることで得られると約束されていた、後世にも語り継がれ続ける栄誉のこと。

※16  現在こうして2人の仲が裂かれていることや、メタ的な話になるが、「たとえ後世の人々がアキレウスとイピゲニアの2人を恋人として見なくなろうとも(私は確かに今あなたを愛している)」というものも含まれているかと思われる。

※17  アキレウスの未来のために自分の真心を全て差し出した上で、彼の行く先の邪魔にならないようにそれをまた砕きもするということ。しかしまた同時に突き放しきれない彼女の未練が切なく吐き出され続けている箇所でもある。

※18  「そうするべきなんだ」は補足的に意訳。

※19  意訳。本来は単に「導く」程度の意味だが、「leiten」は「支配する、司る」などの意味もあるため、やや強意のニュアンスになるのようにした。

※20  ここでアキレウスは上記でイピゲネイアが用いた「Nun wohl!お元気で!」と同じ言い回しを用いているが、拙訳ではこのようにした。

※21  アキレウス自身のこと。

※22  やや意訳。「彼は容易く己の怒りの獲物(となる存在を求める)」。

VIERTE SZENE/第四場

Iphigenia und ihr Gefolge

 

IPHIGENIA
Barbar! ... Er geht! ... Befriedigt euren Zorn!
Mein Tod, ihr Götter, mög' an blut'ger That ihn hindern!


 

イピゲネイアと彼女の従者

イピゲネイア
野蛮なひと(※1)!……彼は行ってしまった!……あなたたちの怒りを満足させるために!
私の死で、皆の信ずる神々よ、どうか血を流す彼らの行いが阻まれますように!


※1  厳密には「バルバロイのように野蛮な人」。

FÜNFTE SZENE/第五場

Klytemnestra, Griechen hinter dem Schauplatze. Die
Vorigen

 

CHOR DER GRIECHEN
Nein, nein! kein Verschonen mehr hier!
Man soll den Göttern ihr Opfer nicht nehmen!
Was ihr Spruch streng gebot, leisten wir!
Nein, Du darfst uns den Arm nicht lähmen!

 

KLYTEMNESTRA
So wagt's, ihr Frevler, denn, die Unthat zu vollenden!
Barbaren! mordet sie in meinen Armen!
Sie nimmt Iphigenien in ihre Arme
O, meine Tochter!

 

IPHIGENIA
Gute Mutter!

 

KLYTEMNESTRA
Tochter meines Herzens,
Dich schützt die Mutterliebe bis zum letzten Athem.

 

IPHIGENIA
Nichts kann mein Leben noch erretten;
Die Götter setzten mir ein Ziel in ihrem Zorne.
Entflieh' und lass das Volk an meinem Blut sich letzen!
Ach, wenn ich werth dir jemals war,
So geh', und meide ganz das wild empörte Heer!
Setz nicht, um mich der hand der Blutgier zu entreissen,
Die hohe Majestät des Thrones in Gefahr!

 

KLYTEMNESTRA
Was kümmert Ehre mich! was Majestät! was Leben!
Nein, wird die Tochter mir entrissen,
Dann mag ich länger nicht
Der Sonne Glanz mehr sehen!

 

IPHIGENIA
Ein Kind bleibt ja dir noch auf Erden.
Auf den geliebten Sohn häuf' deine Lieb' allein!
O, mög' er einst beglückter seyn,
Und nicht, wie ich, die Qual der besten Mutter werden!
Mich traf ein hartes Loos;
Gieb nicht die Schuld dem Vater!

 

KLYTEMNESTRA
Ihm, der mit eigner Hand
Dein Herz dem Priester beut?

 

IPHIGENIA
Was er für mich vermocht, das that er;
Doch – kann er widersteh'n, wenn die
gen Himmel zeigend
mein Tod erfreut!

 

CHOR
Nein, nein! Kein Verschonen mehr hier!
Man soll den Göttern ihr Opfer nicht nehmen!
Was ihr Spruch streng gebot, leisten wir!
Nein, du darfst unsern Arm nicht lähmen!

 

IPHIGENIA
Du hörst das laute Schrei'n des aufgebrachten Volkes.
O, Mutter! ruf zurück den festen, hohen Muth!
Du stammst von Göttern ja, und sie verlieh'n ihn dir. –
Es wird nun Zeit, dass ihnen wir gehorchen;
O, lass' es so uns thun, dass sie bereuen müssen!
Und nun mein letztes Lebewohl.

 

KLYTEMNESTRA
O, Tochter! soll ich denn
Vor deinen Augen sterben?
Ich selbst, ich gäbe zu ...?
Vom Zorne jener Götter ...
Die Mutter ...? O, schrecklich!
Sie sinkt in die Arme ihrer Jungfrauen

 

IPHIGENIA
zu den Jungfrauen
O Schmerz! Sorgt treulich für ihr Leben!
Lasst sie nicht zum Altar, zu dem ich eilen muss.

 

Sie geht ab


クリュタイムネストラ、それを追うようにしてこの場に居合わせているギリシア人たち、第三幕第四場の登場人物たち

 

ギリシア人たちによるコーラス
駄目だ《Nein》、許さないぞ《nein》! ここでこれ以上安逸を貪るな!
人間どもが神々に対しその犠牲を払わぬことなどあってはならぬ!
如何に神々の掲げる言葉が厳しくとも、我らはそれを果たすのみ!
許されはせぬ《Nein》。おまえがわれわれのこの腕を麻痺させるようなことをすることはならぬ!(※1)

 

クリュタイムネストラ
ひどく大胆なことをするではないか。おまえたち粗忽な無法者どもは、よほど(※2) この悪行を完遂したいのだな!
野蛮なやつらめ(※3)! 私の愛する子によっておまえたちは人殺しになりたいらしい!
(イピゲネイアを自分の腕で抱き締め)
おお、私の娘よ!

 

イピゲネイア
大好きなお母さん!

 

クリュタイムネストラ
私の愛しい娘、
おまえのことはその最期の呼吸を吐き出すその時まで、すっとずっと、このお母さんの愛で守ってあげるからね。

 

イピゲネイア
私の命はちっとも、これ以上の救いは求めちゃいけないの。
あの神々は、自分たちの怒りの行き着く先を私に定めて座に着いている。
次の瞬間には、あの民衆たちには私の血をとことん味わって楽しんでもらわなきゃいけないのだもの!
嗚呼、もしも私がお母さんみたいな立場になったとしたなら、
歩み去るでしょうね。あの野蛮な怒りの群れをすべて避けて!
だから、あえて(※4)血に飢えた者の手から私を取り上げて、
この高貴なる女王陛下が危険のある王座になんて座らなくてもいいの!(※5)

 

クリュタイムネストラ
なぜ私の名誉の栄えなんてものの心配をするの! なにが「女王陛下」だ! 何が「命」だ!
いいや《Nein》、この娘は無理やり私から奪い取られてしまったのだ。
だから私はもはや許しはしない、
あの太陽の輝きをこれ以上眺めるなどということは!

 

イピゲネイア
一人の子供(※6)が残っているわ。ええ。あなたのいるこの地上にいまだ。
その愛された息子はあなたの愛をひとりぼっちで積み上げているの!
おお、かつてならばその子は大きな喜びを欲しい侭(まま)にしていたけれど、
そうではなくなってしまった。私のように、最良の母の苦悩の種に成り果ててしまうのだわ!
覆すことを許さない籤(※7)が私を選んだの。
お父さんに非があるからこの結果が与えられたわけじゃないわ !

 

クリュタイムネストラ
彼に、この片手を添えて
あなたの心を神官に差し出せと?(※9)

 

イピゲネイア
あの人は私に合わせてやってのけてくれる、きっと。このことをあの人はやるだけだわ。
でも──あの人が耐えてやり遂げることができた、もしもその時には
(天に向かって指し示す)
それは私の死は喜びにあるということを示しているの!(※10)

 

コーラス
駄目だ《Nein》、許さないぞ《nein》! ここでこれ以上安逸を貪るな!
人間どもが神々に対しその犠牲を払わぬことなどあってはならぬ!
如何に神々の掲げる言葉が厳しくとも、我らはそれを果たすのみ!
許されはせぬ《Nein》。おまえがわれわれのこの腕を麻痺させるようなことをすることはならぬ!

 

イピゲネイア
聞こえるでしょ、憤怒に駆られた人々のあの大きな怒鳴り声が。
ああ、お母さん! 背後から強く叫んで呼びかけてくるの。偉大な高貴さに満ちた勇気の声が!
あなたは神々に連なる血筋にあるわ。だから神々はあなたにお与えになったの。──
今、この瞬間の時を(※11)。だからあの人たち(※12)も私たちに従うしかないわ。
おお、この時は、こうして私たちが過ごすことをお認めになっているから、あの人たちも遺憾に思うしかないの(※13)
そしてこの時があるからこそ、私は最期の別れの挨拶を言える。(※14)

 

クリュタイムネストラ
ああ、娘よ! 私に定められていることは、やはり、
おまえの両の眼が光を失う様を目の当たりにすることでしかないのだろうか(※15)
私は自分自身の意志で (※16)、自ら、そのようにさせるしかないのか……(※17)
遠き(※18)神々のあの数々の怒り(※19)を前にして……、
この母親は……? おお、恐ろしい!
(彼女は己の生娘(※20)の腕の中に倒れる。)

 

イピゲネイア
(その生娘に向かって。)
ああ、苦しい! お母さんのことが本当に気掛かりだわ(※21)
このひとを絶対にあの祭壇には近付けないようにしてね。私も急いで事をやり遂げないと。

 

彼女は退場する。


※1  第三幕第一場冒頭のセリフの繰り返し。

※2  「よほど」は補足的に意訳。

※3  直前の場でイピゲネイアが用いていた「バルバロイのように野蛮な人」の言い回しを繰り返している。

※4  「だから、あえて」は補足的に意訳。

※5  「立場を顧みず身を賭してまで私のことを守ろうとしないでくれ」と言っている。

※6  元ネタとなっているエウリピデスのものを参照するとオレステスのことかもしれないが、エウリピデスの設定ではこの場にオレステスがいるからまだしも、ここでは他の子供たちを無視していることになるため、サンダー版は曖昧な言い方をさせているのかもしれないし、もしかしたらアガメムノンのことを指しているのだろうとも私は理解している。こうしたはぐらかしはこのサンダー版の特徴でしかなく、フランス語版やワーグナー版は素直にエウリピデスやラシーヌのものを汲み、単にオレステスを指す発言になっている。

※7  絶対的な運命のこと。彼女は自分に白羽の矢が刺さったことを受け入れている。

※8  「この結果が」は補足的に意訳。また少なくとも本作の中では、アガメムノンがアルテミスの鹿を殺したなどの過失は全く存在しないため、不条理さが際立っている。

※9  「父母そろって仲良く娘を生贄に差し出せというのか」という意味。

※10  髪の許しを得られることになり、ギリシア人たちのこの諍いも解決するため。

※11  主語「Es」。「それ」のほか、「彼女」などの意味もある。ここではどうとでも取れるように訳したが、厳密には、「神々はクリュタイムネストラを今この瞬間に発生している猶予期間の時間として存在させた」といった意味を含む。

※12  ギリシア人たち。

※13  上記に引き続き、この瞬間は神々がお認めになっているものであるからというイピゲネイアの解釈によるセリフになっている。

※14  補足的に意訳。厳密には、「だから今、私の最期の別れの挨拶(が言える)」。

※15  意訳。厳密には、「お前の両目が死に逝くのを前にする」。

※16  「の意志で」は補足的に意訳。

※17  原文では「ich gäbe zu ...?」なので、「私は/~させる、するようにしむける/~を」という感じで、何をさせるのかは「…」で濁されている。「私は~させることで手放すしかないのか」というニュアンスも含む。

※18  「jener」は空間的・時空的に遠くにあるものを言い表す言葉である。

※19  補足的に意訳。「Zorne」で複数形で表現されていたため。

※20  多分、この場にいる従者のことか? 「Jungfrau」とここでは強調されているように、処女性、乙女であること、そして何よりも「未婚の女」であることが表現されているト書きでもある。

※21  厳密には、「彼女の生命のことが真心から心配である」程度の意味になるが、日本語として体裁を整えた。

SECHSTE SZENE/第六場

KLYTEMNESTRA
will Iphigenien nacheilen
Ich nehm', ihr Götter, euch zu Zeugen!
Nein, nimmer duld' ich es ....
Zu den Jungfrauen, die ihr den Weg versperren
Wie! Ihr wollet meine Schritte hemmen?
Verwegne! nehmet mir das Leben, dem ich fluche!
Stosst in das Mutterherz den blut'gen Opferstahl,
Und lasst am grässlichen Altare
Mein Grab doch mindestens mich finden! –
Ach, ich ertrage länger nicht die Schmerzen! ...
Die Tochter ... sie ist dort ... gezückt auf sie der Stahl –
Ihr harter Vater selbst hat ihn für sie geschärft!
Ein Priester, rund umringt von einem wilden Schwarme –
Er waget es, an sie die Mörderhand zu legen!
O, er zerreisst die Brust ... die freche Wissgier sieht
Das Herz – o, das noch schlägt! ...
Er fraget dann die Götter.
Halt ein, blutgier'ges Ungeheuer!
Erbeb'! Es ist das reinste Blut des Götterkönigs,
Womit du frech den Boden tränkest!(※1)
Schleudre, Zeus, furchtbar die Flammen
Auf das so wild empörte Heer!
Zum Hades(※2) musst du sie verdammen!
Versenke sie tief in das Meer!
O Helios(※3), Du, du könntest, ergriffen von Grauen,
In Aulis den Sohn, den Erben des Atreus schauen?
Du nahmst dem grässlichen Mahle
Des Vaters dein Licht;
Entflieh', und erteile, du Herrlicher,
Auch dem Sohn' es nicht.(※4)(※5)
Schleudre, Zeus, furchtbar die Flammen
Auf das so wild empörte Heer!
Zum Hades musst du sie verdammen!
Versenke sie tief in das Meer!
Man hört in der Ferne einen Trauergesang: Lohn' uns das Blut, das wir nun bald dir bringen! Sey, Artemis uns hold! nicht länger halt' uns hier!(※6)
Ha! welch ein Trauerlied vernehm' ich!
Ihr Götter! itzt will man sie töten!
Vergebens wollt ihr mich
Aus falschem Mitleid hindern!
Euch, Sklavinnen, zum Trotz,
Bring' ich ihr Schutz und Rettung;
Sonst will ich gern mit meiner Tochter sterben!


クリュタイムネストラ
(イピゲネイアの後を追おうとする)
私は、あいつら(※7)の信ずる神々のもとへ、くだらぬ戯言を弄するあいつらのもとへ、辿り行かねばならないのか!
いやだ《Nein》。絶対に耐えられるはずもない、私が、あの子の……。
(行く手を阻む生娘に向かって)
何だ! あいつらへと向かおうとする私の歩みを阻むつもりなのか?
思い切ったことをするものだ! 私が呪うこの命がどうしたって私に辿らせてゆくというのに!(※8)
この母の心臓を素早く突くがいい、その血に塗れた生贄の短刀で。
そして残忍な祭壇の近くに放置してしまえ。
自分の墓石くらいはせめて私にも見つけられるようにな!──
嗚呼、私はもうこれ以上はこの苦悩に耐えられはしない!……
あの娘が……、あの子はあの場所で……、あの短刀があの子に振りかざされて、いとも容易く貫いてみせるのだわ。(※9)──
あの子の非情な(※10)父親は、自分自身でそのための刃を研いでいたのだ!
神官は、野蛮なやつらの群れによって円を描いて取り囲まれ、──
彼はあの子を危険に晒すのだ。あの子を人殺しの手へと託し!
おお、あいつがあの胸を引き裂き……、そのおこがましい好奇心で
あの子の心臓を眺めることになる。──おお、いまだそれが脈打つ様を!……
あいつは尋ねるだろう(※11)、そうなった時には、あの神々に。
その心臓を掴み取り、血に飢えた怪物(※12)が!
おぞましさに震えるわ(※13)! あの子は神々に連なる威厳ある穢れなき血を持つ存在。
その血をおまえは恥知らずにもこの地に飲ませてやろうとしている!
投げつけてやれ、ゼウスよ、恐ろしいその炎(※14)
あの上に、そうだ、あの野蛮に怒り狂った大群の上に!
おまえが冥界《ハデス》へとあいつらを堕としてしまえばいい!
あの海の深くへとあいつらを沈めてよ!(※15)
おお、ヘリオス(※16)よ。おまえ(※17)、おまえはできたのではないか、恐ろしいものに捕らわれ、
アウリスで、その息子、アトレウスの跡継ぎ(※18)を眺めることが?(※19)
おまえが身の毛がよだつ食事を運んだのではないのか?
あの父親の食事として、おまえの光を。
素早く過ぎ去り、そうして与えたのだろう、おまえの輝かしい光を。(※20)
同様に、あの息子にそれを与えもしなかったとも言えるわけだな。(※21)
投げつけてやれ、ゼウスよ、恐ろしいその炎を
あの上に、そうだ、あの野蛮に怒り狂った大群の上に!
おまえが冥界《ハデス》へとあいつらを堕としてしまえばいい!
あの海の深くへとあいつらを沈めてよ!
(遠方から人を失ったことを表わしている人々の歌声が聞こえてくる。「あの血の報いは、今すぐにでもわれらにもたらされよう! アルテミスはわれらに微笑まれたのだ! もはやここに立ち止まってはいられぬ!」)(※22)
ハッ! なんという喪の歌が私の耳に届いてきたことか!
やつらの神々よ! 今、この瞬間にあの子はあいつらに殺されたのだろう!
あの不実な憐れみの声に遮られ、
やつらを赦してやることなど望めるはずがない!
おまえたち、女奴隷たちよ、反逆の心を抱くのだ(※23)
私はあの子へ保護や救出といったものをもたらしたかったのに。
それができないのならば、喜んで自分の娘と共に死にたかった!


※1  参考資料2だと直後に空白の改行を挟む。

※2  参考資料2ではここに独自の注釈がある。(p.82の「13)」)。一部のフラクトゥール読めず。取りあえず書き起こした原文と、ざっくりした内容の説明を以下に記載する。
Hades ; die Unterwelt, der [O?cns].
(ハデス;地下世界(=冥府)の神。[読めず]。)

※3  参考資料2ではここに独自の注釈がある。(p.82の「14)」)。フラクトゥールの解読に自信なし。取りあえず書き起こしたものを記載するに留める。要は、「※20」で説明しているように、アトレウスが行った蛮行を前にしたヘリオスの話をしている。
Helios ; der Sonnengott, Sol. Atreus, Agamemnons Vater, des ging eine schreckliche That, Sein Bruder Thynstes entführte ihm seine Gemahlin, Aerope. Um sich dafür zu rächen, liess Atreus ein Daar Sōhne desselben ergrelfen und schlachten, und sesste sie ihm zum Effen vor. Helios erschrak über diese Gräuelthat, und fuhr seinen Mogen zurück, um nicht den gräklichen Anblick zu haben.

※4  既に何度も注記しているように、フランス語原文にある程度忠実な訳とはいえ、フランス語版とこのドイツ語版はイコールの関係にはなく、言い回しなどがだいぶ異なってくる箇所が多いように見受けられる。とはいえ、この箇所に関してはその差異が個人的に気になったため、この箇所のフランス語版の拙訳も記載しておく。「/」は本来は改行箇所に当たる。
「Et toi, soleil, et toi, qui, dans cette contrée, / Reconnois l'héritier et le vrai fils d'Atrée, / Toi, qui n'osas du père éclairer le festin, / Recule, ils t'ont appris ce funeste chemin.(拙訳:そして、おまえ、太陽よ、おまえもだ。その時、この地へとやってきた時には、 / (その目で)認めることができたはずだ、アトレー(=アトレウス)の正統なる息子であり後継者(である男のことを)。 / おまえは、大胆にもあの父親の食卓を照らすことはしなかった。 / 離れたところから、あいつらへとおまえはあの不幸へと続く道筋を示すことを行ったのだ)」。

※5  参考資料2だと直後に空白の改行を挟む。

※6  参考資料2だと直前と直後に空白の改行を挟む。

※7  一応補足すると、大衆たちのことである。

※8  やや意訳。厳密には、「この命(ないし人生)が私に辿らせるのだ、私が呪うこの命(ないし人生)が!」くらいの意味かと思うが、訳文として整えた。

※9  意訳。厳密には「あの短刀がさっと引き抜かれる」という程度。訳文として整えた。

※10  「意志が固い」の意味も含む。

※11  つまり、神の許しを得られたかどうかを尋ねるだろう、の意。

※12  「Ungeheuer」。転じて「人でなし」。

※13  単に「震える」程度の意味だが、補足的に意訳。

※14  雷のこと。

※15  ゼウスに対して尊称ではない「duきみ、あなた、おまえ」にあたる言葉を用いているのと、今の彼女の必死さを鑑みてこのように訳した。ゼウスが持ち出されているのは、アガメムノンの遠縁にゼウスが関わっているのや、『イリアス』に見られるようなゼウスの役割などがあるのかもしれない。あとは神のトップ、父神としての役割(ないしそれゆえの責任)から抜擢されたのかも。(また、あえて「ヘリオス」と書いているのであまりそういう意図があるとも思えないが一応書いておくと、その意味で言うと、直後のヘリオスを「ヘリオス=アポロン」を同一視した場合、ゼウスとの親子関係を意図しているのかもしれない。)また、あいつらを航海の途中で沈めてしまえということを言っている。

※16  ヘリオスは要は太陽のことなので、昼に起こるすべてを空から見ることができる存在であるため、彼を責めてもいる。また、「※20」で説明しているように、ヘリオスが一度、父親が子供に対して行った凶行を前にして逃げだしたことがあることを言い含んでいるのである。

※17  ヘリオスに対しても「du」。「汝」とかでもいいのかもしれないが、ここも「おまえ」とした。

※18  アガメムノンのこと。

※19  ここにはアトレウスとテュエステスの兄弟の話が背景としてある。「(その父、アトレウスの凶行を目の当たりにしたように、おまえは、)何か恐ろしいものに意識が引き寄せられ、アガメムノンの姿を認めることができたはず」程度の意味が込められているとは思う。また、「おお、ヘリオスよ、おまえはできたはずだ。朝ぼらけへと時を移し、アウリスに太陽(=SohnをSonneと読み替える)を運ぶ途中で、アトレウスの跡継ぎを眺めることが」とも読めるようになっているのかもしれない。

※20  上記同様、アトレウスがテュエステスの息子たちの血肉をテュエステスに饗宴の食事として食べさせた逸話を背景にしている。ヘリオスはこの有様を見て恐れおののき、太陽の運行を違えさせた。太陽の運行が変わったことによって、先んじてゼウスが宣言していた通り、テュエステスではなくアトレウスが王位に就くことになった。「おまえの輝かしい光」は「おぞましい行為と共に王位を確実なものにしたアトレウス」のことを暗喩し、今もまた同じようにその子供であるアガメムノンにも同じことをしようとしているのではないのかと彼女は言っているのである。

※21  テュエステスのこと。

※22  「」内は歌詞の内容である。

※23  やや補足的に意訳。単に「反逆心へ(向かえ)」と言っている。

SIEBENTE SZENE/第七場

Das Theater stellt das Gestade des Meeres vor, an
dem man einen Altar sieht. Iphigenia wird, von
Priesterinnen der Diana umgeben, zu dem Altare
geführt, Hinter den Altar tritt Kalchas, die Hände
zum Himmel erhebend, und das heilige Opfermesser
haltend. Eine Menge Griechen stehen auf beiden
Seiten des Theaters

 

KALCHAS, MIT DEM CHOR DER GRIECHEN
Lohn' uns das Blut, das wir nun bald dir bringen!
Sei, Artemis, uns hold; nicht länger halt' uns hier!
Nur deiner Gnade vertrauen wir;
Lass uns vor Ilion(※1) bald des Dankes Lied dir singen!


舞台には岸辺に直面している様子のセットを立てる。それに向かって一つの祭壇があるのが見える。イピゲネイアが居り、ディアナ(※2)に仕える女の神官たちが周囲を取り囲み、祭壇へと導いている。祭壇の後ろをカルカスが歩き、天に向かって手を上げ、生贄を刺すのに用いる祭刀を神聖なものとして崇め戴く。ギリシア人の群衆たちは舞台の両端に分かれて立っている。

 

カルカス、それと共にギリシア人らのコーラス
あの血の報いは、今すぐにでもわれらにもたらされよう!
アルテミスはわれらに微笑まれたのだ! もはやここに立ち止まってはいられぬ!(※3)
ただ御身の慈悲にわれらは身をゆだねるのみ。
イーリオンを前にしてわれらはじきにこの感謝の歌を御身に歌うことが叶うだろう!


※1  参考資料2ではここに独自の注釈がある。(p.82の「15)」)。原文と翻訳文を以下に記載する。
Ilion. M.s.d. Anmerkung 2).
(イリオンについては「2)」を参照)

※2  このト書きの箇所では他とは違い、「Diana」表記になっていた。

※3  直前の場でクリュタイムネストラが聴いた歌である。この直後の発言から分かるように、クリュタイムネストラは儀式が終わった後の彼らの歌を聞いたわけではない。

ACHTE SZENE/第八場

Achilles und die Vorigen. Griechen, die, voll
Schreckens, von der linken Seite des Schauplatzes
nach der rechten stürzen

 

GRIECHEN
Entflieht! Fliehet weit!
Zur Rach' ist Achill schon bereit!

 

Achilles kommt. Ihm folgen Thessalier in guter
Ordnung, welche die linke Seite des Schauplatzes
einnehmen. Er geht zu Iphigenien, hebt sie auf, hält
sie mit der linken Hand, und drohet mit der
bewaffneten rechten dem Oberpriester Kalchas und
den Griechen

 

KALCHAS, UND DIE GRIECHEN
Sie zu retten, wird nicht dir gelingen; Die Götter wollen ihren Tod.

 

ACHILLES
Wer trotzt von euch dem Schwert,
Das schon gezückt ihm droht?

 

IPHIGENIA
Nehmt, Götter, mich! Bereit bin ich zu sterben.

 

CHOR DER GRIECHEN
Was ihr Spruch streng gebot, leisten wir!
Nein, du darfst uns den Arm nicht lähmen!


アキレスと第三幕第七場に登場した人々。後者の人々は舞台左側のほうが後ろの列から徐々に薙ぎ倒されていく様子に大いに驚いている。(※1)

 

ギリシア人たち
避けろ! 距離を開けて散れ!
復讐に来たのだ、アシルが、すでに心構えを済ませ!

 

アシルに続き、彼に付き従うテッサリア人がきちんと
隊列を組んでやって来ると、舞台左側を
占める。彼〔=アシル〕はイピゲネイアへと向かって行って彼女を抱き上げると、
左手で彼女を支えたまま、武器を持つ右手で
この祭祀を取り仕切るカルカスやギリシア人たちを
威嚇する。

 

カルカス、そしてギリシア人たち
彼女を救うことを、おまえに成し遂げられはしないぞ。(※2)
神々が彼女の死をお望みなのだ。

 

アキレス
この剣がおまえたちが原因となって刃向くのは、
脅かされた彼女が引き裂かれてしまってからではないかとでも言いたいのか?(※3)

 

イピゲネイア
摘み取れ(※4)、神々よ、私を! 私は死に向かう用意は済んでいる。

 

ギリシア人たちによるコーラス
彼女の決意はなんと固く結ばれ、われわれに尽くしてくれることだろう(※5)
駄目だ《Nein》、おまえ(※6)が我らのこの腕を萎えさせることは許されぬ!


※1  全体的に意訳した。

※2  「彼女を救えば、おまえは破滅だ」といったニュアンスも含む。

※3  意訳した。厳密には、「脅かされた彼女がすでに(刃を)さっと引き抜かれた(後にこれを行えということなのか)?」みたいな感じになるため、訳文として整えた。要は、「生贄の儀式が済んでから暴れろとでも言うのか?」という意味。

※4  「nehmen」は「選び取る、連れて行く、受け取る」などの意味がある。

※5  「われらに(それを)行わせることだろう!」とも読めるかと思う。

※6  テキスト上では健気なイピゲニアに良心の咎めを感じているようにも読み取れるが、多分、それなのに邪魔をするアキレウスに向かって発言しているのだろうと思われる。

LETZTE SZENE/最終場

 

Klytemnestra, Agamemnon. Die Vorigen

 

KLYTEMNESTRA
Ach, Tochter! o, Achill!

 

ACHILLES
Sei ruhig, Königin!

 

KALCHAS, UND DIE GRIECHEN
Nur umsonst wollet ihr sie beschützen.
Bald fliesst ihr Blut am Altar!

 

ACHILLES
Ihr sollt es nicht verspritzen!
Nehmt eher, Wüthriche, das meine hin!

 

DIE GRIECHEN
Man soll sie den Görtern nicht nehmen!

 

IPHIGENIA, UND KLYTEMNESTRA
sich umarmend Beschützt, ihr Götter, uns!

 

Es donnert.

 

ACHILLES UND DIE THESSALIER
Streckt die Frechen nieder zur Erde!

 

DIE GRIECHEN
Nein, unsern Arm darfst du nicht lähmen!
Hinan! hinan!

 

Lauter Donner. Ein dichtes Gewölk, das den Hintergrund des Schauplatzes allmählich angefüllt hat, erhellt sich, und lässt die Göttin Artemis in allem ihrem Glanze sehen

 

KALCHAS
vortretend
O, haltet ein!
Lasst schweigen euer wildes Toben! Seht!
Die Göttin! sie nahet selber,
Den heil'gen Willen zu verkünden.

 

ARTEMIS
Ihr, durch Gehorsam, habt der Götter Zorn versöhnet.
Der Tochter hoher Werth, der Mutter lautes Jammern
Hat Huld von ihnen euch erworben.
Ich halte länger nicht in Aulis euch zurück.
Eilt nun, wohin der Ruhm euch ladet;
Der Erdkreis staune tief bei euren grossen Thaten!
Und Ihr, einander werth, lebt Ihr durch Liebe froh!
Das Gewölk verhüllt die Göttin wieder, und sie
steigt zum Himmel auf

 

KALCHAS
Betet tief die erhabne, huldreiche Göttin an!

 

CHOR
Ja, wir beten die grosse, huldreiche Göttin an.

 

AGAMEMNON
O, meine Tochter!

 

IPHIGENIA
O, mein Vater!

 

ACHILLES
O, Iphigenia!

 

IPHIGENIA
Achill!

 

KLYTEMNESTRA
Geliebte Tochter!

 

AGAMEMNON UND KLYTEMNESTRA
Noch einmal bist du uns geschenkt;
Sey nun das Glück des jungen Helden!

 

IPHIGENIA
O, wie so schwer, doch auch wie süss, wie schön,
So unverhofft, so auf einmal,
Von Angst und wilder Qual
Zu hohen Götterfreuden übergehn!

 

ALLE VIER ZUSAMMEN
Mein Herz klopft so froh in der Brust;
Nur Wonn' ist jetzt mein ganzes Leben!
Ja, ich soll zu der Götter hohem Sitz mich erheben;
Ach, mich durchströmet Himmelslust!
Kaum athm' ich! welch Entzücken!
Wonne glänzt in meinen Blicken;
Kaum bin ich länger mein bewusst.

 

ACHILLES UND IPHIGENIA
Die Götter wurden doch von unsrem Schmerz gerührt!

 

ALLE, MIT DEM CHOR
Bis zu des Aethers fernsten Kreisen
Steig' unser lauter Dank empor!
Lasst auch dies Paar, dies edle Paar, uns preisen,
Das, sein so würdig, sich erkohr!
Dass Gott Hymen mit Rosen es bindet,
Sagt uns: der Himmlischen Zorn verrann!
Und diese Hochzeitfeier kündet
Uns Sieg und ew'gen Nachruhm an.

 

Tanz(※1)


クリュタイムネストラ、アガメムノン。第三幕第八場の人々。

 

クリュタイムネストラ
嗚呼、娘よ! おお、アシル!

 

アキレス
静かにしてじっとしていればいい、女王よ!

 

カルカス、そしてギリシア人たち
ただいたずらにあなたがたは彼女を守ろうとしてやっているだけだ。
じきに彼女の血が祭壇に向かって流される!

 

アキレス
おまえたちが彼女の血を散らすことなどできるはずがない!
それよりも容易く奪い取って彼女を匿えるぞ(※2)、怒れる人は、己が背後に!

 

ギリシア人たち
誰であれ(※3)彼女をあの神々に受け取らせないなどということは(※4)やるべきではないというのに!

 

イピゲネイアとクリュタイムネストラ
(互いに抱き締め合う)
お守りください、皆の信ずる神々よ、われわれを!

 

雷鳴が轟く。

 

アキレスとテッサリア人
この地に向かってまっすぐあのひどいもの(※5)を下ろしてくるのか!

 

ギリシア人たち
いやだ《Nein》、われらの腕を御身が麻痺させてはならない(※6)
上へ上げよ! 上げよ!

 

大きな雷鳴。沸き立つような雲が一塊現れ、このシーンの背景は次第にそれで満たされていく。自ら光を発するようにして(※7)、女神アルテミスがこれらの全ての輝きの中に立つのが見える。

 

カルカス
(前へ進み出る)
おお、そのまま!
荒れ狂う怒りを抑えよ! 見ろ!
あの女神を! あの御方自らがこちらへ近付いて来ている。
犯すことは許されぬ聖なる御意志を報せに来たのだ。

 

アルテミス
おまえたちがそれぞれに(※8)従順を貫くことで、神々の怒りは鎮められた。
この娘には貴重な価値がある。その母親が声を大にして嘆き悲しみ、
それによっておまえたちは恩寵を手に入れたのだ。
私はこれ以上、このアウリスにお前たちを引き留めておきたくはない。
急ぎ今すぐに、かの地(※9)で栄光を積み上げよ。
おまえたちの偉業で、この地上に生きとし生けるものら全てに深い感嘆を与えてやるのだ!
そうしておまえたち、互いをこのように値するものだと考えるのだ。おまえたちは愛することを通じて生きている喜びにあるのだと! (※10)
(湧きたつ雲の塊が再びこの女神を覆い隠す。そして彼女は
天上に向かって舞い上がっていく。)

 

カルカス
崇高なるこの処置をなされたことに深い祈りを、慈悲深きかの女神へ!

 

コーラス
そうだ《Ja》(※11)、この偉大なるものにわれらは祈る、慈悲深きかの女神へと。

 

アガメムノン
ああ、わが娘よ!

 

イピゲネイア
ああ、私のお父さん!(※12)

 

アキレス
ああ、イピゲネイア!

 

イピゲネイア
アシル!

 

クリュタイムネストラ
最愛の娘!

 

アガメムノンとクリュタイムネストラ
また再び、おまえに私たちを赦してほしいのだ。
今、若い英雄は幸福に在る!(※13)

 

イピゲネイア
ああ、なんてつらいの。でも、同時になんて甘く優しくて、美しい。
こんな思いがけないことが、こうして突然に、
不安と野卑た責め苦から
高貴なる神々の喜びへと変わっていった!

 

4人全員で
我が心はこの胸の裡で深い喜びに脈を打つ。
ただ至福だけが今、我が生の全てを満たしている!
ああ《Ja》、私(俺)は、あの神々の貴き座へ向かい、讃えよう、
嗚呼、この身の内に流れる天の喜びを!
私(俺)はどうにか息をしている! この歓喜の中で!
我が眼差しの裡に至福は煌めく。
私(俺)はこれ以上はもはや己が感動を理解できまい。

 

アキレスとイピゲネイア
神々が我らの苦悩に触れたことによってこうなったのだ!

 

全員、コーラスと共に
エーテルに乗って遥か遠くのかのものたちに届くまで
我らの感謝の大音声よ、高く舞い上がれ!
この一対の男女も同様に、あの気高い一対のように、我らは讃えよう(※14)
この男女(※15)、こんなにも威厳に満ちた存在が、選び出された!
ゆえにヒュメナイオス神(※16)よ、薔薇と共に二人を結び付けよ。
我らに告げよ、天におはす神々の怒りは過ぎたと!
そしてその婚礼の式には物語れ、
我らの勝利を、そして永久《とこしえ》の死後にも続く名誉をめぐり。(※17)

 

ダンス


※1  フランス語原文では「Divertissement」。幕間に余興で踊られるような短い踊り。

※2  「彼女を匿えるぞ」は補足的に意訳。

※3  「Man」を「誰であれ」とした。

※4  ちなみにこのシーンと直前の第七場ではずっと「nehmen」が印象的に用いられている。イピゲネイア「摘み取れ(=nehmen)、神々よ、私を!」、アキレウス「それよりも容易く奪い取って(=nehmen)匿えるぞ」、ギリシア人たち「彼女をあの神々に受け取らせないなどどいうことは(=nehmen)やるべきではないというのに!」。

※5  「die Frechen」と表現している。「恥知らずなもの」などのニュアンスがある。また、以降のギリシア人たちの反応も含め、雷をゼウスの腕(そしてもちろん威圧的な攻撃、怒りの鉄槌)と見ている。

※6  ここではゼウスへの命乞いになっている。

※7  多分、雲が雷を抱えて光っている様子に合わせ、そこにアルテミスが光を背負って現れる様子を書いているのかと思われる。

※8  補足的に意訳。ここの「Ihr」はどうとでも取れるので、単にイピゲニアの検診のみを指すというようにも、複数の人々の献身や思いやりを汲んでいるようにも取れる。以降のアルテミスのセリフから、ここでは後者の意味で取った。

※9  トロイアへ赴けということである。

※10  ここもそのまま訳しにくいので意訳強め。

※11  ここで繰り返されていた「nein」が「ja」になる。

※12  ちなみに、ここに至るまでにアガメムノンは独白の中で、再びイピゲネイアと会い、彼女に「mein Vater!」と呼ばれるときには、私はもはや彼女を殺してしまうしかないだろうと追い詰められていたが、ここでは一転してこのセリフが彼への救いになっているのである。

※13  今回の憎み合いに和解を申し入れ、心からの祝福を互いにないしアシルや娘に対して寿いでいる。

※14  ここに出てくる「一対(の男女)」はどちらもどのようにも取れる。アキレウスとイピゲネイアのカップルであったり、アガメムノンとクリュタイムネストラのカップルであったり、それにゼウスとヘラのカップルも含まれるだろう。

※15  ここは明らかにアキレウスとイピゲネイアのカップルを指している。

※16  婚礼の神。

※17  ここでは、無事にアキレウスがトロイア戦争より帰還するという前提の歌になっているように受け取ることも可能なようになっている。もしかしたらとことんハッピーエンドになっているのかもしれない。