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【翻訳】『国王牧歌』第10章「The Last Tournament」

2020/04/03:前ブログからの引継ぎで発生していた余分な記載部分(※前ブログでは文字数の関係で記事を分割していたので、そのへんの説明など)を削除・訂正しました。

 

前置き

 当記事は、イギリスの詩人であるアルフレッド・テニスンの物語詩『国王牧歌(Idylls of the King)』第10「最後の馬上槍試合(The Last Tournament)」を私が趣味と興味で翻訳してみたものになります。日本語訳版が一般的に出版されていない現状なので。
 お世辞にも英語に長けているわけでもない人間が(むしろその真逆)やってみたものなので、誤訳してしまっている箇所もあるかとは思いますが、折角、全文を翻訳してみたので、公開してみようと思った所存になります。一応、丁寧に原文の言葉を端折らずに拾ってはみました。(※場所によってアーサーが呼び捨てになっていたり、アーサー王になっていたりなど、そういった箇所があるのですが、アーサー王として統一したりしています。)
 ただし、原文を忠実に訳せば、人物名がトリストラム、イゾルト、マークとなる箇所を、個人的に好んでいる読み方である、トリスタン、イゾルデ、マルクというものに統一しています。
 明らかに誤訳している、誤った解釈をしている、という事にお気づきになられた場合、コメントの方でご指摘していただけたりすると、大変勉強にもなりますし、助かりますので、お気軽に書いていただければな、と思います。
 また、翻訳文本文の随所に脚注を設けていますが、ここで私の解釈をうだうだ書いている感じになってます。

作品の構成・目次

 本編に入る前に、この物語は少々入り組んだ構造になっているので、その説明を簡潔にしたいと思います。ここだけで記事を一つ割いておりますので、端折ってしまいたい方は2ページ目にお進みください。
 この物語は一口に言うと、円卓の騎士であるトリスタンを主人公にしたもので、かの有名なトリスタンとイゾルデの物語が下地になっています(※ただし、テニスンが脚色している箇所も見受けられます)。その中で、あらゆる人物たちが錯綜し、互いに鏡に映る影のようになって物語が重層して語られているのが本作です。
 本編構成は大体以下のようになっております。ネタバレ要素あります。

 

  1. 導入的に少し未来の事を語る。トリスタンとダゴネットのやり取り。
  2. 上記に至るまでの経緯を語る。アーサー王ランスロットが赤子を拾い、王がその子の養育を王妃に任せるも、王妃の不注意でその子は死んでしまう。王妃は赤子が持っていたルビーの首飾りを厭い、王に馬上槍試合の褒美にしてしまうように訴え、それを行う事が来まる。
  3. しかし翌朝、北方を陣取ったという赤い騎士が国民を傷つけて国を危険なものに貶めているのを知ったアーサー王は、若い騎士たちを連れてそちらへ向かう事にして、馬上槍試合の監督をランスロットに任せて城を後にする。
  4. 馬上槍試合の開催。そこに、王の戦いには間に合わなかったトリスタンが途中参加をし、勝利して褒美を得るも、観戦者の貴婦人らに対して慇懃無礼な態度を取り、反感を買う。
  5. そしてその試合の翌朝に1のやり取りが行われるのである。トリスタンとダゴネットの互いに一方的ともいえる対話と皮肉合戦が繰り広げられる。(
  6. ダゴネットと別れ、トリスタンはキャメロットを出ると、結婚相手の白い手のイゾルデの下へは向かわずに、金色の髪のイゾルデ(※本作ではこのようには呼ばれていないが、一般的な分かり易さのため、ここではそう仮称する)との逃避行劇の際に逃げ込んだ森へと向かい、思い出に浸ろうとする。
  7. だが、そこで見た夢は、血の色に染まったものだった。一つは、ルビーの首飾りを二人のイゾルデが取り合う夢であり、もう一つは、赤い騎士討伐に向かった王の様子を垣間見る不思議でありおぞましくもあったものだった。
  8. 夢から覚めたトリスタンは森を出るも、途中で出会った少女が、「恋人に捨てられたのかもしれない」と泣いているのを見ると、途端に不安になり、金色の髪のイゾルデの下へと向かう。(※彼女に会わなくとも初めから向かうつもりであったかは不明。)
  9. 金色の髪のイゾルデとの再会。二人はくっついたり離れたりするような会話を行うも、最後には仲直りをして、トリスタンはルビーの首飾りを彼女に贈る。そして……。
  10. 最後はエピローグ的に、場面は再びキャメロットへ戻る。秋の夜、静寂の中でアーサー王が帰還する。


と、まあ、大体以上のような流れになっています。物語は様々な主題が反復し合い、入り乱れ、何もかもが互いの影になり得ているような美しくも脆く危ういものになっているのがこの作品の特徴ではないかな、と思っています。
 前置きは以上になります。

典拠

この翻訳をするに当たって典拠としたものは、WEBサイト『Project Gutenberg』にて公開されているものになります。

 

最後の馬上槍試合



ダゴネットはアーサー王の道化師なのだが、
ガヴェイン卿の気まぐれによって、上辺だけの※1円卓の騎士に叙任されていた。
そのキャメロットは黄色く※2色づいていく木々に深く覆われ、
城の前ではかの道化師が落葉の如く踊っていた。
城の方から彼へと近付く者の手には竪琴、
そして、持ち主を変え続けるルビー※追1の首飾りがゆらゆらと揺れていた。
それは先日、トリスタン卿が馬上槍試合で与えられた褒美であった。
トリスタン卿は彼に近付くと問うた。「何ゆえ、あなたはそんなふうに踊っているのだ、道化卿?」

 昔、アーサー王ランスロット卿とが乗馬して出掛けると、
曲がりくねった岩壁の遥か向こうから、赤子の酷い泣き声が聞こえて来た。
向かってみると、半ば朽ちたオーク※追2が岩にしがみつくように生えていた。
その根は、黒い蛇たち※追3がとぐろを巻いているようだった。
宙に浮くような状態で、鷲※追4の巣がその枝に支えられている。
木を通ってきた湿った風が彼らに吹きつけたが、その風は、
つんざく様な赤子の泣き声を伝えもした。
ランスロット卿は岩と木を登り、鷲の巣へと近付いた。
そこには、ルビーの首飾りを三度にわたってぐるりと首に巻き付けられていた清らかな女の赤子がいた。
そして驚いた事には、赤子には、嘴や爪による傷跡は全くつけられていなかった。
アーサー王は赤子を哀れみ、抱き上げると、その子を城へと連れて帰り、
王妃にその世話を任せた。
内心では快く思わず、冷ややかにその白い腕で赤子を抱いていた王妃であったが、
やがて、優しい愛情を赤子へと与えるようになっていった。
そして赤子に「ネスティング※3」という名を与えたのだが、
王妃は、赤子に対する注意と気配りを忘れていた。
若い命は死の冷たい息吹※4に侵されると、
死への旅路に就いてしまった。※5
首飾りは赤子の事を思い出させる悲しい遺物となり、王妃はこれを忌んだ。
そこで王妃はアーサー王に首飾りを手渡すと、こう言った。
「死んでしまった無垢なあの子の宝石をどうかお受け取りください。
そして、悲しみだけを残すこの首飾りを、馬上試合の褒美として、誰か別の者にお与えください。」

 王は言う。「鷲がもたらしたそなたのネスティングの死に、心乱されるのではない。
それにあの赤子の名誉はその死後、
そなたの為に遺されたのだ。ああ、だが、我が王妃よ。考えてみたのだが、
なぜ、そなたは、腕や首、そうでなくともどこかに、この宝石を纏わぬのだ?
私が持ち帰って来たこの宝石を?
それに、馬上槍試合をしたところで何になろうか。ランスロットが勝ち、彼もそなたに贈るのではないか?」

「このままでは、私を悲しい気持ちにさせるだけですわ。」王妃は声を上げた。
「追い込んで失わせた――その首飾りは、私にとって、悲しい運命※6に支配されているのです。
それなのに、私にこれ以上苦しめとおっしゃいますか! ――あなたは驚いているようですけれど、
お忘れになって? 与えられてすぐに失われたもののことを。――
私の不注意で、この手から滑り落ちてしまったもののことを?
川の上流で、――あの可哀相な赤子は、
舟に乗せられ、過去へと流されてしまい、あの子がもたらした薔薇色の日々も去ってしまった。
この素晴らしい宝石も一緒に流してしまえば良かったのです。
だけれど、兄弟殺しの骸骨※7の下へと行く事も無く、
あの清い赤子の愛しい身体に纏われる事も無かった。
おそらく――ご存知かしら?――あなたの騎士たちの中でも最も純粋な者が、
試合に勝つでしょう。その方に、最も純粋だったあの子の遺した首飾りを差し上げたいのです。」

 彼女が泣き叫びながら訴え終えると、馬上槍試合の開催を知らせるトランペットが吹き鳴らされ、
その音はキャメロットの全ての道を伝い、
枯れた野を通り、遥か遠くの塔にまで響いた。あらゆる場所に散らばっていた騎士たちは、
武装すると、栄光の日のために王の前へと集まった。

 しかし、待ち望んだ朝になると、
城によろめきながらやって来た者がいた。その顔はうねができたように、
両の耳に届くほど犬用の鞭に打たれて蚯蚓腫れ、
鼻は崩れた橋のように折れ曲がり、片目は潰れ、片腕は切断され、
残っている片腕すら、手は歪に不自由にだらりと垂れていた。
その農民※8の姿を見るとアーサー王は憤り、

「我が民よ、神は死んでしまったのだろうか。
あなたのその顔は、邪悪な獣のかぎづめによって裂かれてしまったのか?
それとも、残忍な人間※9がそのような事を? 誰が、あなたに備わっていた神の似姿を傷つけたのだ?」

 すると、砕けた歯の隙間から、まだ不慣れに舌をもつれさせ、
真っ黒に焼かれた鈍い歯の根を曝しながら空気を震わせ、
興奮し、うわごとを言うように、不具となった農民は答えた。

「あいつはみんなを捕まえて、あいつの塔に閉じ込めやがった。――
あいつはあなた様の円卓の騎士の一人だったとか。――赤い騎士だとか名乗って、あいつは、――
王様、あっしは豚飼いなんだ。あっしは止めようとしたんだ。みんな塔に連れて行っちまおうとしたから。
あっしはあなた様のお名前を呼んで、『アーサー王様は、
高貴なお方もあっしらのような者も、平等に扱って下さる』って言った。
そしたら、あっしはこの通り酷くやられちまった。もう少しで殺されたってところさ。
あいつはあっしに伝言を届けるように誓わせた。こう言ったんだ――」
「あの王と、そいつに従う嘘吐き共に知らせてやれ。
私は、北方に自分の円卓をつくった。
そして、お前の騎士共が誓ったものと、
私の騎士たちが誓ったものは悉く全て逆にした。
我が塔には売春婦が溢れているが、お前の城とて変わりあるまい。
だが、私のものの方が優れていよう。他ならぬ売春婦たち自身がそれを自覚しているのだから。
それに我が騎士たちは皆、姦夫だ。お前の騎士たちと同じようにな。
だが、私の騎士たちの方が誠実だとも。他ならぬ彼らが、
それを公言しているのだから。そして教えてやろう。
お前の時代の終わりが来る。異教徒たちが押し寄せ、お前の自慢の槍は折れる。
エクスカリバーはもはや、何の訳にも立ちはしない。」

 アーサー王は執事であるケイ卿を振り返り、命じた。
「この者を連れて行き、私の跡継ぎにもそうするように、
丁重に世話をして差し上げなさい。彼の傷が全て癒えるまで。」そしてこう続けた。
「異教徒か。――ああいった者達は、絶えず押し寄せてくるものだ。
その度にあの荒れて泡立つ海に放り返しているというのに。
私の時代の終わりが来るなど、嘘だ。――反逆者、
強盗、賊たちは混乱を齎そうとするが、
この王国が健やかである為に、そのような者達は粛清している。
友よ、忠義と勇気のある者たちよ。
北の地に悪魔の化身の如き者が生まれたという。
我が若き騎士たちよ。そなたたちの花は、
やがてすばらしい偉業を為す、黄金の果実をかたく実らせられるだろう。
私と共に敵の鎮圧を成し遂げに行こう。
この国を、孤独な道中にあったとしても、安全なものにしよう。
だが、ランスロット卿よ。そなたにはここに残っていてもらう。
明日の馬上槍試合を執り行うのだ。※10
それをしてくれる者がいなければ、我が王妃が再び悲しい思いをしてしまうだろうから。
そうしたものから王妃を護っていてほしい。
答えよ、ランスロット。なぜ黙ったままでいる?」

 対するランスロット卿は答えた。「かしこまりました。
王が留まり、私があなたの若き騎士たちを指揮し、
出発した方がまだ良いのではないかと思いますが、
代わりに私が留まりましょう。王の御随意に。」

 アーサー王が立ち上がると、ランスロットもそれに従った。
そして彼らが連れ立って部屋の外に出ると、アーサー王は彼に言った。
「本当にこれで良かったのだろうか?
しばしば、『ざわめきが耳に入る』というように、
私は責任を負い、非難されるべきではなかったのだろうか。
招かれて辺りを彷徨ってみれば、――
王の命令はせいぜい半分程度が守られているのを目にするばかりだ。――
礼儀作法は少しばかりの敬意の中に見えるだけになった。
私の理想は、夢でしかなかったのだろうか。騎士たちの態度に、
勇気が現れる事はもはや無く、顔を顰めるしかないのだろうか?
混乱が広がり、残酷な者が暴力を行使しないように、
どこからも我が王国に恐怖が入り込めないように、
気高い誓いによって気高い行いをするのが騎士団ではなかったのだろうか。
だが、けだものによる混乱はやってきた。結局、私はそれを生み出す事しかできないのだろうか?」

 アーサー王は話し終えると、全ての若い騎士たちを連れ、
馬に乗って街の坂を下りると、鋭く切り返し、
北の門を抜けて行った。王妃の高貴なる寝室では、
王妃はタペストリーを織っていたのだが、顔を上げると、
己の支配者である王が去り行くのを見て、自分でも知らぬ内に溜息を吐いた。
その時、彼女の脳裏には、過去の人※11となったマーリンが残した、
奇妙な詩※12が過ぎっていた。「彼はどこへ行ってしまったのかしら?
深く深く、深淵に行ってしまったのね。」

 だが、馬上槍試合の朝、
至って真面目に行われる※13それを、人々は嘲笑を込めてこう呼んだ。
『亡き無垢なるもののための馬上槍試合※14』と。
気力を削ぐ湿った風が吹く中、ひと晩じゅう頭を痛めて過ごしていたランスロットには、
その風が、捕食されんとする鳥たちが囀るように、
また、アーサー王の言葉が飛び交い、己を責め苛んでいるようにも思われた。
立ち上がり、街路を下って行くと、純粋な羊たちの群れのように※15白銀の上等な絹織物が吊られており、
ワインが流れている泉も造られていた。そこには、金の杯を持った白衣を着た子供たちが座っていた。
馬上槍試合場に移動し、ゆっくりと悲し気に歩み、登ると、己の罪を知らしめ、
地獄の苦しみを与えるような※16二匹のドラゴンの飾りが肘置きの辺りに施された、
彼のための椅子が場を占めて設えられていた。

 ランスロットは、品位ある※17見物人たちが居る方を窺い見た。
そこには、貴婦人や乙女たちの中に、彼が敬愛する王妃が居り、
彼女は、汚れなき子供の如く、貞節を表すような白い服を着ていた※18
そしていくつかの宝石を身に付けていたが、
その輝きは、丘に積もった浄い雪の中で爆ぜる炎のようだった。
だが彼はその姿をほんの一度見ただけで、再び視線を落とした。

 急にトランペットの音が鳴り響いた。
それは、夢半ばにあった者を無理に目覚めさせるように、
低く轟く秋の雷の音と混じり合った。その中で馬上槍試合は始まった。
この試合の間、風は吹き荒れ続け、黄色く※19色づいた葉は
微かな光のようにぼんやりと舞い、にわか雨は彼らの羽飾り※20を倒した。
うんざりした溜息を吐くと、
一人として消えゆく炎の中、そのまま観覧を続ける者は居なくなり、
見事な賓客たちも全て去って行ってしまった。
座って馬上槍試合を眺めている者は、名高き※21審判だけになった。
ランスロットは、慣習がもはや崩壊しながらも馬上槍試合を支配しているのを目の当たりにしたが、
何も言えなかった。ある騎士は落馬すると、
調停の権利を持つ彼の前で、
死んだ赤子と王の愚かさを呪っていたが、
兜の紐が切れて現れたのは、
穴に潜んだ害獣※22のように偏狭な顔をした、モードレットだった。
間もなく、唸り荒れる大波のように吼えながら
柵を越えて来る者が現れた。
新たに試合に加わったこの者は、他の者達よりも優れていた※23
その騎士は、全身を深い緑色※24の鎧兜で覆っていた。
鎧には100ものごく小さな銀製の鹿※25が描かれており、
兜には赤い実を散らばらせた※26※27の枝飾りがあった。
彼は、盾と槍、竪琴とラッパを身に着けていた。――この騎士はトリスタンだった。――
海を越えてフランスのブルターニュから引き返し、遅れてやって来たのだ。
彼は、かの国の姫君である白い手のイゾル※28と結婚していた。――
森の※29トリスタン卿
――ランスロットは彼を知っていた。ある時から彼が苦しみを与えられてしまった事も、
彼がそれに逆らおうとしている事も。そして今も彼の心は深く傷つき、
常に死んでしまいそうなほどの想いの重荷を下ろしたいのだと掻き乱され、
恋しい気持ちで苦痛のさなかにある事も。
ランスロットは強く手を握り締めると、金箔の貼られた※30左右のドラゴンの飾りを力任せに殴り、
憤りのままに唸った――いろいろな思いが彼にはあったのだ。
騎士たちは愛を誓った夫人の色で兜※31を飾っていたのだが、
トリスタンはそれが以前から気に入らず、
引っ張ると、愚弄し嘲りをちらつかせながら呟くのだった。
「卑怯者の兜飾り※32ではないか! おお、恥さらしだ!
愛を誓ったあなた方に、誠実な心が備わっているのだろうか?
円卓の誉れなど、もう無くなってしまっているというのに。」

 そして、トリスタンが優勝した。ランスロットは彼に褒賞のあの首飾り※33を与えたが、
その時に彼には他の言葉は話しかけず、これだけを言った。
「なぜ、そなたが勝ったのだろう? 兄弟よ※34、そなたが最も純粋な者なのか?
見てみよ、そなたの手は勝者の頂点に立った事で、赤く染まっているではないか!※35
ランスロットの物憂い雰囲気に飲まれ、トリスタンも半ば気が重たくなると、
このような答えを取り繕った。「ああ、ですがなぜ、私の心を掻き乱させる※36のですか?
まるで餓えた猟犬※37共に干上がった骨※38でも投げつけてやるかのように、私にこれを渡すなんて。
あなたの美しい王妃※39の気まぐれ※40が原因ではないですか。
強い心と肉体の強さを大いに役立て、私はこの腕で勝者になったのです。
我らの王の娯楽試合のね。
私の手の血――おそらく、槍に、試合のために付いたものが滴っているからでしょう――
だが、私の血ではないのです※41。私はこう思いますよ。
『ですが、ああ、最高の騎士であるあなたよ、戦場では王の右腕ともなるあなたよ、
素晴らしい兄弟よ※42。あなたも私も、創造主のようになれるわけではないのです。
あなたの美しい王妃には喜ばれるのですから、私に辛く当たらないでいただきたい』と。」

 それからトリスタンは自分の馬に跨ってぐるりと旋回し※43、見物人たちを見渡すと、
敬意を表して兜を脱ぎお辞儀をしたが、無遠慮に※44こう言った。
「美しい乙女らよ※45。あなた方にはそれぞれの騎士が居て、彼らは、
美しき独り身の王女方※46を崇拝し、愛を捧げていたのでしょう。ですが、見たところ、
今日のこの場所には、私の美しき王女は居ないようです。」
見物人たちは何も言えずに沈黙したが、何人かの怒れる人々は、ざわめき、
小声で呟いた。「昔からの礼儀など、全て死んでしまったのよ。」そしてこうも囁いた。
「円卓の誉れなど、もうなくなってしまったのね。※47

 ついに雨は重たげなものとなって降りだした。羽飾りはぐっしょりと濡れて倒れ、
マントは体に張り付いた※48。不機嫌に叫ぶ声が起こり、この鉛色※49の日は、黄昏の訪れと共に、
湿っぽい倦怠感で人々を陰気にさせたのだった。
黒い眉をした、日に焼けて黒ずんだ肌をした※50『美しい乙女』は、雨の下、
甲高い笑い声を上げると、叫んだ。「賞賛すべき忍耐強い聖者の皆さん。
私たちの、純粋で潔白な日々は過去に取り残されてしまったみたい。
今は、このスカートの様に、泥水で汚れてしまったようなもの。でも、構いやしませんわ。
スノードロップ※51だけが一年中花開き、
理想の世界を作るなんて事は、ずっと冬が続くくらい空虚なもの※52でしかなかったのよ。
ねえ、――私たちで、悲しそうな私たちの王妃とランスロットを慰めて差し上げましょう。
今晩、祭典を催しましょうよ。そこでは、辺り一面に色とりどりの花が咲いたように、
私たちの思いやりのある色彩で豊かにして差し上げましょう。」

 夜、貴婦人と乙女らは派手に着飾り、祝宴に現れた。
この様子を喩えるならば※53
夏の盛りにも山頂には僅かな時だけ冷たい雪が降るものだが、
温かな風が吹けばたちどころにそんなものは溶け、
積もっていた雪白の下からは絢爛たる※54花々がすぐにでもまた顔を出すものだ、などと言えるのだろう。
今や、貴婦人と乙女らは質素な白※55を放り※56
あらゆる色で己を飾り立て、思い思いの花を咲かせている。
草の緑、酔仙翁の紅紫、糸沙参の青紫、金鳳花の黄、そして様々な色に咲く芥子。※57※58
一目見ただけでも酔ってしまいそうな色の群れになって、歓楽に耽っている。
あらゆるものを消費した毒々しい有様がここには広がっていた。
これを目の当たりにした王女は半ば呆れ、
無法状態の馬上槍試合を行い、その勝者となったトリスタンに怒りを覚えながら、
この場をそっと離れ、自室へと向かったのだった。
その胸中は、悲しみに支配されていた。

 その翌朝、子供じみたダゴネットは、
秋が全てを黄色く染めていく中、
城の前で落葉の如く踊っていたのだった。
そしてトリスタンは問うたのだ。「何ゆえ、あなたはそんなふうに踊っているのだ、道化卿?」と。
ダゴネットは片足の踵を軸にしてくるりと振り返ると、返事をした。
「賢い仲間たちに欠けてるものがあるからさ。
だから道化になるのさ。そんで見て見りゃ、賢すぎたから
この世は臭く腐っちまったみたいなんだ。そんでなぜか、
踊ってたらさ、おれが皆の中でも一番賢い騎士だったんだ、って分かったんだよ。」
「ああ、道化師よ、」トリスタンは言った。「だが、それでは味気ないものを食べているような、
つまらない踊りになってしまっているではないですか。ずっと繰り返しているだけで。
私が輪舞の曲を演奏しましょうか。」そう言いながら彼は持っていた竪琴の弦を弾いた。
そして、彼が竪琴を奏でている間、ダゴネットはといえば、
小川のとりとめのない囀りの中に取り残されたふやけた丸太のように、
大人しく突っ立っていたのだった。
それなのに、演奏が終わると再び彼は踊り始めた。
トリスタンは問うた。「何ゆえ、あなたはそんなふうに踊らなかったのだ、道化卿?」と。
ダゴネットはこのような答えを取り繕った。「おれは20年ずっと喜んで踊ってきたのさ。
あなたの狂って壊れた音楽※59なんかなくったって、
おれの頭に狂って壊れた音楽があったからさ。」
トリスタンは、どうやらこれから道化の皮肉※60がくるらしい、と待ち受けると、
「へえ、音楽を私が狂って壊しているですって? 道化師よ。」と言った。
ダゴネットは踊り跳ねると、「アーサー、王様のさ。
あなたの音楽はすてきだったのに、イゾルテ王女様を無視して、
ブルターニュの、あの可愛い名前と同じ子に気があるふりをして
結婚までしちまった時には、もう狂って壊れちまってたのさ。
そんであなたは、アーサー王の音楽も、同じようにとことん壊しちまった。」と答えた。
「あなたの頭にあるという狂って壊れた音楽が取り除けるかは分かりませんが、
道化卿、」トリスタンは言った。「あなたの頭を本当に壊して割って差し上げましょうか。
愚かな事ですよ。私が野蛮人たちの戦いに行くには到着が遅すぎて、
王は去ってしまった後でした。私たちは固く誓ったのに※61。――
私は愚かにも、道化と共に無為な時を過ごしている、というわけです。――
おいでなさい。あなたは、難解で意地悪な事ばかりを言い、つまらなく私を貶める。
ダゴネット卿、あなたのその大きなロバの耳※62で聴くから、
私の音楽が歪んで※63聴こえるのでしょう。」そして歌い始めた※64

「自由な愛とは、開放的な野原の如く――春の盛りのようなものだった※65
だが、野は荒らされ※66、そこに妙なる音楽の調べが聞こえることはない。
葉は枯れ、憧れは過去へと去ってしまった。
新たに芽吹いた葉と、新たに芽吹いた命――冷たい霜に覆われた非情な日々は遥か彼方に。
まだ知らぬ人生と、まだ知らぬ愛は、新しく生まれる日にこそ相応しく。
生まれたばかりの愛は、過ぎ去った日々のように甘く優しい。
解放された愛とは、自由な野原の如く――共に居られる間だけ、愛し合う。」

「おお、またそのようにじっとせずに、私の奏でる旋律に合わせ、
ゆっくりした拍子をとる事もできたでしょう。
こうして私が木々に※67囲まれながら奏でると、黄金の様に純粋※68に響いて聞こえたのだろうから。」

 しかしダゴネットは手で片足を持ち上げながら不安定に立つ※69と、言った。
「友よ。あなたは昨日、泉に流されてたワインの事は知ってるかい?※70
あんなのは、ながーい人生の酸いってやつを徹底的に終わらせちまうようなもんだったな。※71――
泉の周りには金の杯を持って座り込んだ奴らが居てよ、
来たやつはそんな調子でワインを飲んでるのさ。――
そんな泉に居た十二人※72のちっちゃな乙女らは着ている白衣と同じくらい無垢で、
貧しい無垢の持ち主たる赤子様の名誉のため※73
そいつが遺したくだらない※74宝石をアーサー王に貸し与えられた※75王妃様も無垢ってもんだ。
そんでやっぱり無垢な王様は、そいつを言われるがままに褒美にしちまった。――
まあ何にせよ、白い下着※76の無垢な子らは、
ワインを注いだ杯をおれにも手渡した。可愛いもんで※77、こう言うのさ。
『飲みなよ、飲みなよ。道化師卿。』そんでまあ、おれは飲んだんだけど、
吐いちまったよー―フン――杯は金色で素敵だけど、飲まされたのはありゃ泥みたいなもんさ。」

 トリスタンはそれに対してこう言った。「それは、あなたのからかいの言葉よりも泥っぽく、
はっきりしないものでしょうか※78? 道化の語る嘲笑にあるべき笑いは死に絶え、
あなたの下から去ってしまったのでしょうか? ――あなたが笑いものにしている騎士団をあなたのように嘲笑の的にするわけではないですが、道化よ。――『神を恐れよ、王に敬意を。――
それが忠実な騎士のありようであり、――誓いに対する唯一のしもべである証』。――私が来る前から騎士団に居た者達は、あなたが豚の様に嫌な人だという事を十分に知っていたのですよ。
物事を台無しにする性分であるよりか、下劣なのだと。それなのに王は、あなたを道化師にした。
あなたの自惚れはむやみやたらと飛び出し、あなたの心からは気ままな道化としての本質が全て、驚き逃げてしまった。
そしてあなたは道化ではなくなり、その価値を失い、ただの下劣な豚よりも劣る、
不毛なものになった。――それならば、まだ豚の方がマシでしょうから、
あなたに真珠でも投げつけたいところですが、あなたにその価値が分かるものでしょうか※79。」

 するとダゴネットは上品ぶった足取りをしながら、言った。
「騎士よ、どうせなら、彼女にじゃなくておれの首にあのルビーをかけて下さいよ。
そうしたら、あなたのくれる真珠になんか興味ない時から抱いていたあなたの音楽についての事は、もう何も言わずに従いますよ。
おれが豚ですって? おれは、のたうち回って掻き回し、この身を洗い清めているのさ。――
この世界は物質である肉体と、ぼんやりしたもので出来ている。――おれに与えられた日常は、
そんなところですよ。おれは、汚れた者に育まれ、気付いた。そんな親切なんていうのは、
おれを排泄物で汚してるようなものだと。――そしておれは清められて無力になった。――
おれの日常はそんなもので、これがおれの哲学さ。――
神様に感謝だ。そういう事で、頼みますぜ、騎士様※80。おれは、アーサー王の道化師だ。
豚? あんたがそれを言うのかい? 汚い豚、愚か者の山羊、のろまなロバ、色情狂の雄羊、
そんで噂好きなガチョウ※81。そんな奴らが、口煩い異教徒の竪琴奏者※82に群がって、
そいつを囲うのさ。その誰かさんの単調な演奏は、弦※83とあんたの見事な歌と同じくらいには、
とても音楽的、ってやつさ。――だけどそんな奴でも王の道化師にはなれやしないんだ。」

 トリスタンはそれに対し、こう返した。「その時に集まった豚や山羊、ロバにガチョウは、
聡明な愚か者だったのでしょう※84。何と言っても、その異教の吟遊詩人は、
とても神秘役な演奏技術を持ち、
その竪琴で死んだ妻を地獄※85の外へと救い出す事も出来たのだろう程なのですから。」

 ダゴネットはくるくると回りながら、言った。
「聖なるあなたのその竪琴は、どこへ連れて行ってくれるのさ? 地獄だろう!
そしてあなたもそこに堕ちるのさ。もう二言余計に言わせてもらうとだね、
あなたのお役立ちのその竪琴は、奏でたら奏でるだけ堕落を齎すのさ! 知らないんだろうけど、
星であるアーサー王の竪琴は、おれたちを天へも誘い、救い上げるんだ。」

 トリスタンは言った。「然り。道化卿。我らの王は、
日増しに勝者として勝ち上がっています。
騎士たちはそれぞれに新たな栄光を得て、賛美する声は止まず、
王の名は全ての丘よりも高らかに君臨し、天の徴ともなるのでしょう。」

 ダゴネットは答えた。「然りさ。この国が自由だった時に、
王妃は不誠実※86になった。あなたはあんた自身の為に
あの人に子供みたいなうわごとを用意して、そのユーモアを全力で曝け出したんだ。――
あの人が王として寛大で正しい人であろうとね。――そんなふうにして、
黒くて不吉な王の街道※87を、うだうだ言いながら竪琴を弾いて歩いてるのさ。
今のとこ、そんなもんだな。輝くほどの素晴らしい湖※88の様なアーサー王の誓いを
ガーガーと並べ立てる正直者のアヒルのメスとオス共※89の気の利かせ方は、
成長してる一方さ。
ホーホー!※90 あんたには見えるかい? 星が?」

 「否、道化よ。」トリスタンは言った。「まだ夜ではありませんよ。※91
ダゴネットは言った。「否、だ。そりゃあんたが見ようとしないからだろう。
おれは見たし、聴いたのさ。天上は静かな音楽※92を奏でて、
おれと、そしてアーサー王と天使たちは一緒に聴くんだ。
その時はさ、跳ね回って踊るんだよ。」「おい、道化よ。」トリスタンは言った。
「あなたが言った事は、道化の裏切りの証だ。王があなたのようにそんな事をする兄弟だとでも※93?」
するとダゴネットは激しく手を叩き、甲高く笑った。
「ああ、それこそ然り! おれの兄弟である王様は道化なんだよ。道化たちの王様さ!
王も神様と同じくらいに自惚れ屋で気まぐれなのさ。あの人は、
アザミ※94の中からイチジク※95を出し、絹を荒毛から、
牛乳※96を燃える様なユーフォルビアの草々※97から、蜂蜜※98スズメバチの巣から作り出し、
そして何よりも、獣たちから男たちを作り給うのさ。――万歳! 道化たちの王様よ、長く栄えあれ!※99

 そしてダゴネットは踊りながら街へと下りて行ってしまったのだった。
トリスタンは乗馬※100し、ゆっくりと秋の気配が熟していく大通り※101を過ぎ、
木々を覆う寂しい小道も過ぎながら、
西にある、自分の故郷でもあるライオネスの方へと向かった。
彼は逸る心でイゾルテ王女を想い、
その首にルビーの首飾りを添えてやりたく思った。だが常に過去が、
木々がカサカサと笑いさざめくように、
彼の心の内をぼんやりとさせた。だが、彼の客観的な目は、
歩き回り、這い回り、木に留まり、飛び回るもの全てを鋭く見つめていた。
再び彼の表情には感情が激しく表れたが、その時と同じくして、正面からは突風が吹いた。※102
水面の震えが再び瞑想するように静まると、
彼は、自分を見る者の気配を朧げに感じた。
振り返ってはみたが、そこには、鹿の通った跡とその糞が残っている他には、
羽が落ちているくらいなもので、再びなにものかが現れる様子はないのだった。※103

 この日は一日中馬に乗って芝に覆われた場所を過ぎ、道中にあった
多くの親しい同盟相手にも挨拶をしたのだった。
彼は、もつれあったブナ※104大枝にハリエニシダ※105がぎっしりと詰まり作られた山小屋へと向かった。
その屋根はワラビ※106でできているのだ。それは、夏の日にイゾルデ王妃と共に、
雨をしのぐ為に建てたものだった。闇の中から金色の木立※107がぼんやりと見えてきた。
僅かな間※108だけ粗野な山小屋で彼女と共に生きた幻想が蘇ってくるこの場所へと戻って来たのだ。
あの時は、彼女の主人である、
6、7ヵ国あるコーンウォール人の国を治める王であるマルクが、
その生活を終わらせたのだ。彼はトリスタンが居なかった時に、
彼女を連れ去ってしまったのだった。だが、彼女の戦士であるトリスタンは、
辱めを受けた事よりも、事態がこれ以上悪化する事を恐れたのだった。彼は無言になり、
彼の今後を予感し、惨い運命を考えていた。

 今、トリスタンは寂しい山小屋にとても甘美な思い出を見て、
言葉がつかえた。
だが、彼の思い出の中で無茶苦茶に葉が吹き荒れると、
王妃との質素で隠匿された生活について、
なめらかに黙想する安らぎは得られなかった。
はるか遠いティンタジェル※109ではおそらく孤独な生活を送っているのだろうに、
王宮のおしゃべりな人達ですら、彼女の事を話す者はいなかった。
彼女が連れ去られた後で独りとなってしまった彼は、
何故、海を越えた先で愚かな不貞を行ってしまったのであろうか。
ブリュターニュ王の娘のイゾルデのその名が原因なのだろうか?
みなに“白い手のイゾルデ”と呼ばれている彼女が?
まず、甘美なその名が、最初に彼を魅惑した。そして、彼女は若い乙女でもあった。
白い手でとても尽くされ、
そして深く愛されると、彼もまた彼女を愛し返した。
結婚に至るのは容易な事であった。
だが、それと同じように容易く“イゾルデ”の全ては見捨てられ、そしてまた戻って来た。
アイルランド人の青みがかった黒い髪と瞳が、彼を家へと引き寄せてしまったのだ。
――なんという不思議だろう?
横たわる彼の顔の上では、葉と夢とが彷徨っていた。

 夢の中で、ブリテンのイゾルデと彼の花嫁のイゾルデとの間に彼は立ち、
ブルターニュの浜辺を彷徨い歩いているようだった。
そして彼が彼女たちにルビーの首飾りを見せると、二人は争い始め、
鎖を引っ張り合っていたが、彼の王妃が力任せに掴み取ってしまった。
そしてその両手は赤く染まっていたのだった。
すると、ブルターニュのイゾルデは叫んだ。「見て、彼女の手は赤いわ!
あれはルビーじゃない。冷たく凍った血だったのよ。
彼女の手の中で溶けたんだわ。――悪しき願いを持つあの手は熱いから。
でも、あなたに捧げる私の手をご覧ください。
花の様に浄く冷たいこの白い手を。」
次には鷲の翼に襲われて視界が塞がれたかと思うと、
子供の亡霊が泣いていた。
首飾りが千切られ、台無しになってしまったからだった。

 こんな夢も見た。果てしなく広がる葦の原※110を越え、
100人の槍兵と共にアーサー王が馬で遠くへと行ってしまったのだった。
跳ねた水は光の粒となり煌き、やがて彼らは柳※111の群生する小島へと辿り着いたようだった。
霧がかった沼地には大きな翼を広げたように日が落ちていき、
太陽は巨大な出し狭間の付いた塔の上でぎらぎらと輝いていた。
塔の扉は開かれており、そこからは、混乱の叫び声がうねって聞こえるのだった。
敵の男たちは、この広い沼地に建つ難攻不落の塔に来てからは、
売春婦の花嫁と不快な歌の中で、容易く悪漢へと堕ちていたのだ。
「見ろ、あれは、」と、アーサー王の若い騎士の誰かが言った。
そちらを見てみると、塔の前に聳え立つ残酷なまでに枯れた木に、
円卓の美しい兄弟である騎士が、首を吊るされて揺れていた。
大枝には盾が掛けられており、この、血で染まった暗黒の大地を映していた。
その傍には角笛※112も置かれており、
名誉を辱められた金色の拍車※113を持つ怒れる騎士たちは、
互いに盾をぶつけ合い※114
角笛を吹いた。
だが、アーサー王は彼らを制止した。今や、乗馬しているのは彼だけだった。
その時、大きい角笛の発する、乾いて耳障りな大きな音がした。
沼地と頭上の高くでは、嵐が吹き上げて金切り声を出した。
羽飾りは台無しになり、不穏な雲も迫っている。
赤い騎士はそれを聞いていた。
彼は、槍の先から兜の先までを赤い血で染めた鎧で勇み立つと、
吼え声を上げた。

 「地獄の猛威よ、奴を裸に引ん剥き、噛み潰してしまえ!
見ろ! お前は去勢された者の心を持つ王でこそないが、
喜んで、自由な男らしさたる勇気を世界から切り離そうとした。――
女の――崇拝者になったのか? そうだろう。神の呪いだ、そして私の!
お前の騎士は私の愛人の兄弟を殺した。
そして、彼女が哀れっぽくすすり泣くのを聞いたのだが、
私も大概、弱虫なものでな。※115
地獄でのたうち這いまわる、
永遠に続く死を与える毒針を持つ蠍に誓ったのだ。
お前の騎士であれば誰だろうと私は戦い、そして勝ち、そのように吊り下げてやるのだと。
お前が王だと? ――お前の人生をよく見てみろ!」

 彼はそう言い終えたが、アーサー王はその声に聞き覚えがあった。
だが、その顔は兜で殆ど隠されてしまっており、
それに、彼の名前も記憶の中のどこか暗がりを彷徨うばかりだった。
そして、この戦いは、アーサー王が言葉や剣を使うまでもなかった。
大酒飲みで酔っぱらっている赤い騎士は、アーサー王に向かって馬を引っ張り走らせていたが、
間もなく、落馬したのだ。重い巨体はのろのろと土手道を転がり、沼地へと落ちていった。
いくつものゆっくりとした波のうねりがアーチ状の波頭を生み、
岸に沿って死の闇が近づいて来る音が聞こえた。
雫は単調に滴り、その偉大なる水が半リーグほども飛び散り白く沼を濁したかの如く、
不完全な同盟も希薄に斑に飛び散ってしまったようだった。
砂地まで跳ねた水飛沫は、
まるで遥か高みの月にかかる雲が、大理石模様を描いているようにも見えた。
そして、波紋や飛沫が薄らいでいき、何もなかったほどになる頃にも、
頭を強打してしまっていた赤い騎士は倒れたままだった。
彼が落馬した時から騎士たちはその様子を傍観していたのだが、間もなく咆哮を上げると、
倒れたままの彼の上に押し寄せ、誰なのか判別できないほどに彼の顔を踏み潰し、
自分たちも泥にまみれながら、潰した頭を沼に沈めたのだった。※116
王の声は、騎士たちの大声で掻き消された。
騎士たちは塔の中へ押し寄せると、至る所に居た、
酒でぼんやりした顔をしている者たちに対し、相手が男だろうと女だろうと剣を振るった。
彼らは机の上の物やワインの入ったものを投げつけて対抗したが、殺された。
塔の中では女の叫び声が響き、
虐殺された死体は並べられ、床を埋め尽くした。
繰り返し上げられる騎士らの大声は辺りに反響し、彼らは塔に火を点けた。
秋の夜の半ば、燃やされたこの北方は赤く脈打ち活気づき、
星であるアリオトとアルコル※117に届くほども高々と炎を上げていた。
そして、100もの沼もまた赤く染められていたのだが、
それはまるでモアブ※118の東側をめぐって流れてくる水のようだった。
沼の向こう、長く低い砂丘に屯する騎士たちが、
興奮のままに死体をぞんざいに沼へと投げ込んだからだ。

 かくしてこの国は安全なものへと回復されたのだが、
アーサー王の心は苦しみに支配されていたのだった。


 トリスタンは飛び起きてあれらの赤い夢から逃れたが、叫び声を上げてしまっていた。
それから彼は森の真ん中にある粗末な山小屋へと戻ったが、
風で大枝が揺れていた。
トリスタンは森の草を食んでいた彼の上等な軍馬を口笛で呼び寄せると、
濡れた葉があるその背に飛び乗り、出立した。
道中、彼は、十字路の近くで涙を流して泣いている女性に気が付くと、
馬を止めて彼女に尋ねた。「どうして泣いているのです?」
「貴い人よ、」彼女は言った。「私の恋人が、私を捨てたのです。そうでなきゃ、死んでしまったのよ。」
それを聞いて彼は考えた。――
「まさか、今、彼女も私を嫌っているのだろうか? 私はそうではないのに。
ああ、まだ、彼女は私を好いているのだろうか? 私はそうではないのに。
私はどうすればいいのか分からない。」※119――そう考える傍ら、女性にはこう答えた。
「まだ悲しむ時ではありませんよ。泣くのはお止めなさい。きっとあなたの恋人は戻ってきます。ただし、
あなたから好意と愛が受けられなくなったのだと思われてしまえば、本当にそうなってしまうでしょうが。」
――その後、トリスタンは日のある内に急いでライオネスを過ぎた。
霧がかった様に虚ろな意識の中では最後に、マルク王の猟犬※120が盛った牡鹿が鐘が鳴る様に吼えるのを聞いた。※121
そして、彼の心の中で、美しい猟犬が吠えるのも感じた。
だが、戻ってみても、過ぎた過去と親しんだティンタジェルの姿とが、
半ば海に消えており、
島よりも高い塔の頂きが見えるだけだった。

     塔の下からトリスタンが見てみると、窓枠に腰を下ろしているイゾルデ王女の姿が見えた。
海上に沈もうとしていた陽の光が彼女の髪の周りで後光の様に輝き、
絹の様に艶やかで気品のある喉を照らしていた。
彼女は、塔の石造りの螺旋階段を踏みしめて登るトリスタンの足音に気が付くと、
歓喜に顔を赤らめ、彼に会うために扉へと駆け寄り、
ベルトを付けている彼の身体をその清らかな白い腕で抱き締め、
人に聞こえてしまいそうな大声で泣きついた。
「マルクじゃない――マルクじゃないのね! 私の魂!
その足音が聞こえた途端に、私、舞い上がって扉まで飛んだの。彼じゃない、って分かったから。
マルクは、自分の城でも猫みたいな忍び足で歩くのよ。
あなたは、聡明な戦士の様にすごい大股で、あなたを嫌う彼の城を堂々と歩いてた。
でも、私だってあの人が嫌い。――それどころか、死さえ望んでしまっているの。
私の大切な人。あの人がこうして近付く度に、彼への憎悪が募るのを感じていたわ。
だけど、今は、あなたがこんなに近くに居るのね。」
そんな彼女に対し、トリスタンは微笑みかけた。「ええ。私はここに居ます。
マルクはあなたのものになろうとしましたが、そんな事はできなかった。」

 そして、少し後ろへと身を引きながら、彼女はこう答えた。
「彼は、自分のものでなくったって、間違った事ができるのかしら。
あなたは恐怖から安全な所へ行ったけれど、私は打ちのめされていたわ。
引っ掻かれ、噛まれて、目隠しをされて、そうして私と結婚したのは、どうしてかしら。――マルクだったの?
彼のどこが正しいというのかしら? 物事に敢然と立ち向かう態度をとる勇気もないあの人が?
正しくなんてないわ。――当然よ。それなのに、こうして彼は私を自分のものにしたのよ!
聞いてちょうだい! ここに来るまでに、彼に会ってないから、来れたのよね?
彼は狩に行ったのだけれど、今日で三日目になるの。――彼が言っていたから――
きっと一時間もしない内に、彼は帰って来るわ。
マルクのやり方なの。ああ、私の魂! ――マルクと食事を共にしてはだめ。
だって、彼はあなたに、不安というよりもむしろ憎しみを抱いているから。
飲み物もいけないわ。そして、私をまた独りでマルクとこの地獄に置き去りにしたとしても、
あなたが兜と木々で視野が悪い時に、藪から矢を放つかもしれない。
ああ神よ。
マルクに対する私の嫌悪の強さは、
あなたに対する私の愛情の強さと同じくらい深いのに。」

 彼女は一方的に嫌悪と好意の気持ちを掻き乱して顕わにすると、
力が失せたように再び座り込んでしまった。
そして目の前に跪いた彼に、こう話し掛けた。
「ああ、あなたは、猟師にもなり、角笛も吹き、竪琴も奏でる人。
そして、放浪者にだってなった事があるのだわ。
私が、よろよろ歩く王様とつがわされるまではね。
私とあなたは二人で一つだったけれど※122、花嫁と夫となるべく分かたれたのよ。
――あなたの名前は私から出て行ったものなのだわ――宝物なのよ。
もしも“彼女”が褒美だったのなら、――(なんて不思議な事かしら――彼女は見ることができたのよ)――
あなたのものになるしかないのよ。親愛なる友、だけれど、私の臆病な気持ちは、
破滅を探し求めてしまうのね。あなたを悪者にしてしまうのよ。ねえ、騎士様。
あなたは、私と別れてからは最後に、どんな貴婦人か乙女に、そのように跪いていたのかしら?」

 トリスタンは答えた。「私が最後に跪いたのは、最高位にある私の王妃様ですよ。
今、ここにおられる、愛も美しさも何者よりも勝っている私の王妃様、あなたのことです。
――ああ! 皆が粗暴な者でしかないライオネスに、
善良なるあなたがアイルランドから渡航してやって来て、
その地に踏み込んだ姿を最初に見た時よりも、美しい。」

     柔らかく笑ったイゾルデは言った。
「私にお世辞を言わないで。皆のステキな王妃様は、
美しい甲高い声で施しを与えることはないでしょう?」
彼は答えた。「彼女の美しさは彼女の美しさ、あなたはあなた、でしょう。
でも、私にはあなたの方が美しく見える。――柔らかく、優しく、思いやりがあって――。
あなたのマルク王は、あなたの唇を先程のように燃え上がらせてしまうようですけれどね。
でも、王妃はこれ以上なく美しい。なのに、傲慢だ。彼には特にね。
ランスロットがいるでしょう。私は、彼と会ってきたところなのですよ。
仮に、ステキな王妃様がその愛をただ彼に与えただけだったとしても、
疑うように顔を青ざめさせるばかりだった彼にね。」

     イゾルデは言った。
「あら、あなたは、偽りの猟師と竪琴奏者だったのね。
私との絆を良心の咎めによって破壊するなんて。
私を“私の白い手”と呼んでみてくださらないかしら。
それに、グィネヴィアは最も高貴であったのに罪を犯したのだとも、私に言ったわ。
つまり私は――こういう、男の入用品として誤ったくびき※123でつながれてるのに――、
最低な状態なのに、おかげで殆ど罪がない人にでもなれたのだ、とでも言いたげなのね。」

 彼は答えた。「ああ、私の魂よ。慰めてはくださらないのですか!
たとえ、これが甘美であり、それが罪で、束縛が付き纏うものだとしても。
たとえ、ここに慰めがあり、それがもしも私たちの罪であるとしても。
私たちを幸せに導く、この聳え立つほどの罪は、
王冠を頂いた正当な理由というものが認めてくれたもの。
なのに、このようにあなたは私を迎えるのですか。――
恐れ、誤解し、疑い――そのような他愛ない話に惑わされて。
あなたが深く心で憧れる、あなたのこのトリスタンとの甘い思い出は、
もう、去ってしまったのでしょうね。」

 そして、突然悲しくなると、イゾルデは話した。
「力強い喜びであなたを見ていた事を、全て忘れてしまっていたわ。
――あこがれ?―― そうね! そのために、どれだけの時が経とうとも、
ここではいつまでも日が明けてくれないみたい。
おお、あなたとの全ての思い出よりも甘く、
それらが遠くへと転がっていってしまったのを見た後に抱いた憧れよりも深く、
私は、西方の晴れ晴れとした海を、この塔から眺めていたわ。
ブリテンのイゾルデは、異国に居るブルターニュのイゾルデを前にして打ち砕かれたのよ。
きっと彼女の花嫁のキスは、あなたの気持ちを削いでしまったのね? 彼女と結婚したんですって?
彼女のお父様の戦争に参加されていたんでしょう? そこで傷を負ったんですってね?
その王様は、感謝の気持ちでいっぱいになったのね。
それで彼女、つまり、あの手をしてる、私と同じ名前の人は、
塗り薬と慈愛とであなたの傷と心とを癒したのね※124――とっても上手に――。
私は、あなたが知っていること以上に悪く、彼女が飢えてしまうことを望めるのかしら?
彼女も、あなたが去った時には、甘い思い出に思い焦がれて弱り果てればいいのよ。
ああ、私だって、マルクのものじゃなくて、誰か他の気高い男のものになっていたなら。
私があなたに抱くのは、愛じゃなくて憎しみであるべきなのよ。」

 トリスタンは彼女の優雅な手を愛撫しながら答えた。
「慈悲を、王妃。私を愛してやって下さい。彼女は私を愛していました、とても。
でも、私は彼女を愛しているのでしょうか? その名前をほんの少しだけ愛しただけなのです。
“イゾルデ”? ――私は彼の戦争で戦いましたとも。”イゾルデ”のために!
夜は陰鬱なものでしたが、空には純粋な星が輝いていました。”イゾルデ”が!
その名前は闇を支配し――”イゾルデ”?
彼女を気に掛けることはありませんよ! 忍耐強く、そして信心深く、従順で、
青褪めた血をした彼女は、きっと神へと彼女自身の身を委ねるでしょう。」※125

 それにイゾルデは言い返した。「そうね。でも、どうして私じゃないのかしら。
私にはあなたがとても必要だったのに。私には、従順さは無いわ。
青褪めた血も、信心深さもね。今、あなたに教えてあげる。ここが邪悪な所だってことをね。
物音もしない真夏の夜に、私は座っていたわ。独りぼっちでね。
そうしてあなたの事を黙って考えていたの。そしたら驚いたわ。
どこからか輝く歌が囁くように聞こえてきたの。あなたの歌だった。
だから、一度か二度、声に出してあなたの名前を言ったのよ。
その時、私が居る場所のすぐ近くに稲妻の剣が閃き、気が付いたの。すぐ傍に立つ者の姿に。
硫黄※126を含んだ青と緑の色が煙る中で、あの残忍な悪魔が――
闇に紛れてこっそりと居たの。マルクのやり方なのよ。――
マルクはそこに立ったまま、『彼はある女と結婚したよ。』って言ったわ。
それから何も言わずに、蛇みたいにシューって声を上げたの※127
そして、空では雷の吼え声が塔の頂きを振るわせていたわ。
私は目の前が真っ暗になって気絶すると、そこから逃げ出したの。
でも、目を覚ましてみると、相変わらず闇の中だった。だから叫んだのよ。
『私はきっと、神様にこの身を差し出して、逃がしてもらうのよ』って。――
それなのにあなたは、新しい恋人※128の腕の中で横たわっているのね。」

 トリスタンは彼女の手を弄びながら言った。
「願わくは、神があなたと共にあらんことを。甘く、優しく。恋人よ。その時、あなたは既に老いて白髪になり、切望したものは過去になっていますように!」だが、この言葉に彼女は怒った。
「『願わくは、神があなたと共にあらんことを。甘く、優しく。恋人よ。その時、あなたは既に老いていて、
もはや私に甘い優しさを与えないように!』神が必要なのは今なのよ。
ランスロットだったら、餌にまみれた汚らしい豚飼いの女にでも言うように、
ずけずけととても酷い事を、あらゆる言葉を使って言ったりするのかしら?
いいえ、彼は崇高な人だわ。それにとっても親切。あなたに比べてね。
彼に遠く及ばない有象無象がトリスタンなんだわ。そんな彼は、アーサー王の騎士様なんですって!
なのにあなたは、いつも攻撃して苦しめるばかり。ご自身の野蛮な獣を通じてね。――
竪琴を奏で、槍を構えている事を除けば。あなたにはそれがお似合いだもの、とっても。
――あなたって、野蛮な獣が成長しただけの人なんだわ。
どうしてこんな事ができるのかしら。愛しているのなら、あなたの都合いい空想を私に押し付けるかしら。
どこか遠くの曖昧な道のりに私を置き去りになんてするのかしら。
人生の半分をどこかにやりたいのね。もう、あなたに愛されることはないのかしら?
さっき言った言葉を取り消して。さもなければ、誓いを取り消してちょうだい!
マルクを憎み、孤独を嫌う。そんなふうに打ちひしがれる私に、
随分とひれ伏すのね。それにとっても弱々しい眼差しじゃないの。
私は嘘を舐めるべきなのね、それが甘いワインであるかのように。お互いの結婚に対してね。
私に嘘を吐いてちょうだい。私はそれを信じたいのよ。
嘘を吐いてくれないの? 私にはそうして跪くだけなのかしら。
彼には厳粛に誓ったじゃない。
男の中の男、みんなの王様にはね。――神よ、かつては力があったのよ。
誓いを立てた時には王を信じていたのだから。
騎士たちは誓いを立てた時には嘘吐きなんかじゃなかったわ。
彼らの王への誓願によって、王は王たることができたのよ。――さあ、
だから私に誓うのよ。老いた後であろうと、萎れた愛をも私に与えんことを。
白髪混じりの髪で、“切望したものは過去になり”、絶望の中にあろうとも。」

 トリスタンは、あちらこちらを塞ぎ込んだ気分で歩き回りながら言った。
誓願! あなたは、結婚相手への誓いを守っているのですか、私以上に?
嘘を吐いたですって、あなたに? いや、違う。私は学んだだけですよ。
誓願とは、厳しく束縛してくるものなのだと。いっそそれを折ってしまうほどに。――
騎士道がそれを私に教えてくれましたよ。――ああ、耐えられないものであると。――
いっそ誓ってしまわない方が、我々の魂はもっと自由に動き回ることができるのです。
だから、私はもう、誓ったりしない。
私は素晴らしい王に誓いを立てました。そして、それを否定した。
――かつては心から――彼を光栄に思っていたものでした。
『男なのだ。きっと彼は全てにおいて男なのだろう?』そう思っていたのです。
初めて皆が粗暴な者でしかないライオネスの地を馬に乗って去り、
異教徒に勝った者が城内で王位に就いていたのを目の当たりにした時にね。
彼の髪は、天国の丘に高く積もる雪の様な眉毛の上で太陽の如く輝き、
目は鋼青色で、金色の顎鬚は輝きながら唇を衣服の様に覆っていました。――
その上、彼の誕生にまつわる不可思議な伝説もありました。
彼の最期について語ったマーリンの気味の悪い戯言は私を驚かせたものです。
王位に就く時、彼の片足は踏み台に乗せられており、まるでドラゴンのようでした。
私は、彼が私のような人間とは違う者に見えたものでした。
まるでミカエル※129がサタンを踏みつけにしているのを目の当たりにしているのだとも思えたのです。
だからこそ誓いました。その威厳への驚きの中で。
ですが、それは今では幻となってしまった。――誓いなんてなんだというのでしょうか!
おお、ああ、――束の間の健全なる狂気よ。ー―
彼らは彼らの狂気に仕え、時間は過ぎていった。
騎士たちは悉く、王を本当の彼自身よりも偉大な者に仕立て上げ、それを信じていた。
そして、信奉者たちは悉く、神を前にしたかのように王を見つめたのでした。
狂気が醒めるまでずっと、彼を彼以上の者にして担ぎ上げ続けたのです。
その為に王は、今まで以上に力強くあろうとしていた。
あの王国はそうして造られていたのです。あの時の騎士たちの誓いは――
真っ先に我々の王妃がそれに泥を塗り――、
次第に騎士道にほつれを生じさせ、やがて彼らも疑いを持ち始めたのです。
アーサー王が皆を束縛するのは正しい事なのか?』
『天から堕ちた者なのではないか?』『深い所から打ち上げられた者なのでは?』※130
彼らは、我々の老いたる王の血と肉を通じ、彼の後に続こうとしたのですが、
失敗しました。どうしてそのような事になったのだと思いますか?
古い考えをもった疑わしき主君※131は、彼らを、犯すべからざる誓いによって縛ってしまっていたからですよ。
ですから、肉と血が自ずと我々を背かせてしまうのでしょう。
私のこの腕だって感じているのです。――血潮の中に、
束縛の無い脈動と、ヒースの荒野※132のにおいがする空気とが、この赤い色に混じっているのを。
束縛に逆らおうとするものを。
アーサー王は、私を少しでも無垢な子の如く純粋にする事が出来たでしょうか?
自由に発するこの舌を縛りつけられておきながら、束縛なく物事を聴くことができるものでしょうか?
私を縛り付けておきながら? この広い世界の笑い声が聞こえてくるようではないですか。
この世の俗物でしかありませんからね、私は。ですが、それ故に世慣れてはいるつもりです。
知っていますか。ライチョウ※133という鳥は、求婚する時から冬の間だけ、白く清純な姿になるのです。
私たちは天使ではないし、ここに居たところでそうなろうとも思いません。
”誓約”ですか。――私は森に住むような狂った人間なのですよ。故に、
頭がガーネットの色をしたキツツキ※134が、彼らを馬鹿にするのが聞こえるのです。
我が魂よ。我々の愛とは、春の盛りのようなもの。共に居られる間だけしか愛せないのです。※135
だからこそ、私の愛はとても大きくあなたに注ぐ。
縛られていないからこそ、愛することができるのです。」

 そう語り結びながら彼は彼女へと歩み寄り、彼女は言った。
「そうね。私のあなたへの愛も、どこかへやってしまいましょう。
それだって三倍もしたら、あなたのものと同じくらいには礼儀正しいものとやらにはなるでしょうし。――
それに、礼儀正しさに勝る女というのは全員、武勇と同じくらいには良いものでしょうし。
けれど、彼は女にこんな事を言わさせないからこそ完璧な人なんだわ。
彼っていうのは、ランスロットの事よ。――彼があなたよりも素敵なのは確かな事だわ。
薔薇のように美しく立派なところもね。それに比べてあなたは、――
騎士の中でも騎士らしい気高い者を私は愛することができた、とは言えないわね。
あなたって、ご自分の小さな世界しか見ずに、こうして戻ってきたんだわ。
『我々の愛とは、春の盛りのようなもの。共に居られる間だけしか愛せない』ですって?
よくもまあ、そんな事が言えたものだわ。それがあなたのお答えなのかしら?」

     彼女が話している間、彼は、
彼女のために持ってきた物のことを考えていた。
それから指で軽やかに彼女の興奮して温かい白い林檎の様な喉に触れると、
こう答えた。
「そのように拗ねないで下さい。愛しい人。あなたが――
拗ねるのを止めてくれるまで、私は空腹のままだし、少し機嫌も悪いままではないですか。――肉、
特にワインをいただけませんか。――それに、私は死が待っていようとも、あなたを愛しますよ。
その向こう側にあるだろう、来たるべき夢の中でだって。」

 そうして彼らは仲直りをしたのだった。
彼女は、彼が望んだものを全て並べると、
肉とワインでその血を慰めた。
やがて彼らの心が満ち足りると、――
あの森の楽園で過ごした日々にあった、
鹿や露、シダ、泉、芝生などに思いを馳せ合った。
それから、汚物のように見苦しい身のこなしで、
臆病且つ卑怯な術策を講じたり、そんな歩き方をする、マルクとその長い鶴のような脚※136を嘲り合った。
トリスタンは楽し気に笑うと、竪琴を持ち、そして歌った。

「ああ、――その風は茨をも俯かせてしまう※137
天の星よ。星は湖に照り映え輝く!
ああ、――その星は私の望みだったもの※138
遠く離されながらも、親しく近付きさえする。
ああ、――その風は草をも弾いてしまう!
草は水で濡らされ※139、星は燃えた。
いつか輝き、過ぎ行くだろう炎だった。
ああ、――その風は湖の水面をも凪ぐる。」

 消えてしまいそうな微かに明滅する明かりの中で、トリスタンは、
ルビーの首飾りを揺らしながら見せた。彼女は叫んだ。
「勲章の首飾り※140ね。これは、あの王様が新しく作り上げた秩序なのかしら。
そしてあなたにそれを与えたのね。私の魂よ。あなたがこれを身に付けると、
あなたの貴いお仲間たちを越えた優雅さが、あなたに与えられるのだわ。」

 「違いますよ、王妃様。」彼は言った。「この赤い果実※141は、
天の真ん中にある魔法のオークの木の上で実っていたのですよ。
そして、馬上槍試合の褒賞として、それをトリスタンが勝ち取ったのです。
それからトリスタンはそれをここへと持ち込み、あなたに最後の愛への贈り物と、
平和への供物として、捧げようとしているのです。」

 彼はそう言うと彼女の傍に回り、彼女の首に首飾りを贈った。
そして留め金を留めると、声を上げた。「あなたに勲章を! おお、我が王妃!」
だが、彼が宝石で飾られた喉※142にキスをするために屈む間に闇の中から出て来る者が居た。
そして唇が触れようとしたその瞬間、彼の背後に立ち現れた影と甲高い金切り声が、彼を薔薇色に染めた※143
「これが“マルクのやり方”だ。」マルクはそう言うと、脳を貫くほどに彼を切り裂いたのだった。


 その夜に、アーサー王は城へ帰還したのだった。
彼が坂を上がる間に、死の沈黙と秋から滴る陰鬱な暗がりが全てを包み込んでいた。
城への大階段で、彼は愛する王妃の寝室が闇の中にあるのを眺めたが、
己の足取りに泣きじゃくる声が執拗にくっついてくると、ついに尋ねた。
「どうかしたのか?」
すると、その声は返事を返した。相変わらず、泣きじゃくりながら。
「私はあなたの道化です。でも、二度とあなたを笑顔にはさせられないのでしょうね。」※144

(了)

脚注

※1 : 原文では「mock-knight」と表現されている。「mock-」で「上辺だけ」になりますが、そもそもmockという言葉には、「馬鹿にする」、「笑いものにする」などの意味があります。
※2 : 原文では「high above the yellowing woods」と表記されている。「yellow」は黄色を指すので、紅葉に染まる秋の景色が描かれている事になるのですが、yellowには「嫉妬する」という意味合いも含まれています。本作に於いてはそういった意味合いも暗に含まれているのではないか、と思います。
※3 : 「ネスティングNestling」は、「孵りたての雛」を表す言葉。 つまり、まだ飛び立てないし、自分ではどうにもできない状態を表す。
※4 : 「死の冷たい息吹」と訳しているところは本来、「mortal cold」なので、「致命的な風邪、死を免れられない風邪」といった意味になるのではないかと思う。mortalは「死ぬべき運命・人間」「地獄に堕ちる」「許されない」という意味合いもある言葉。
※5私的解釈。ここでは、空中にぶらさがるようにしてあった(mid air)鷲の巣に居た赤子が、死の冷たい息吹(mortal cold)によって天の半ばに奪われる(mid heaven)という形になっています。「mortal cold」と称された死は、かなりマイナスの意味合いを含んでいて、巣から飛び立てないような誰かに愛されるしかないネスティング(雛)が死ぬ事とはつまり、それが、地獄に堕ちるほどの罪であることや、許されないものだったのではないか、と解釈しています。ネスティングの魂は天国までは飛び立てず、発見された時と同じく、宙ぶらりんになってしまったのではないでしょうか。そして宙ぶらりんになった魂の有様は、彼女の所有物であったルビーの首飾りを次に所有していった者達すべてにも当てはまるのではないかなあ、とも思います。
※6 : 「悲しい運命ill-fated」は、「悪い(不吉な)運命に支配されている」という意味合いになるのですが、参考サイトさん(http://ayutori.web.fc2.com/idylls/last/last1.html)の訳が気に入ったので真似っこしました。トリスタンの手に行くことを思えば、「悲しい」と訳すのがよいかと思ったので。ただし、illは「病気」という意味合いもあるので、風邪で亡くなった赤子と重ねてる意味合いを重ねた言葉だとは思います。
※7 : 「兄弟殺しの骸骨」は、旧約聖書『創世記』に登場するカインを指すと思われます。カインは、楽園を追放された後にアダムとイヴが生んだ子供。弟にアベルという人がいるのですが、ある日、嫉妬に駆られてこの弟を殺害します。神に弟の行方を尋ねられた時には嘘を吐いて誤魔化したのですが、これが、人間が初めて吐いた嘘だとされています。最後にはその罪の為に、エデンの東へと追放される身となりました。また、骸骨は「死・虚栄」の象徴になります。
※8 : 「churl」を農民と訳しましたが、この言葉の中には、「野卑・がさつな者」という意味もあります。
※9 : 「fiend」は残忍な人間と訳しましたが、この言葉の中には、「悪魔」という意味もあります。
※10 : 馬上槍試合の執行役をランスロットに与えることで、ランスロットが試合に勝ち、褒賞である首飾りを王妃に与えるかもしれないという可能性をさりげなく根絶させているのだと思われます。代行執行するだけの立場と信頼もあったからだしょうけれども。ランスロットとグィネヴィアを想っての事か否かは知らん。
※11 : 「過去の人bygone」には、「廃れた」「時代遅れ」という意味合いもあります。それを思うと、なんだか酷い言葉のチョイスのような。
※12 : 「奇妙な詩the strange rhyme」を思い出しているので、多分、この章に至るまでにマーリンが王妃に対して何らかの詩を残しているのだろうと思いますが、具体的にどこを指しているのかは調べられず。
※追12016年10月5日追記。ルビーは、「愛・勇気・活力」を象徴します。危険が近づくと黒ずんで知らせてくれるものだとされ、王族が身に着けていました。また、土星と火星とも結びつきます。火星は、男性的なものとされ、「暴力・情熱・火・勇壮」を。土星は、年配男性的なものとされ、「道徳・憂鬱・厳格さ」を象徴しています。
※追22016年10月5日追記。オークは、「勇気」「予言」を象徴します。また、有名なところだと、ギリシア神話のゼウスの木ともされています。
※追32016年10月5日追記。蛇は、かなり後の方でも解説しているので、ここでは軽く語るするに留めます。基本的にはアダムとイヴを誑かした存在として見られ、悪魔の一種として見られています。ですが、世界的に見ると、肯定的だったり否定的だったり、かなり極端です。復活のシンボルとして見られたりもします。
※追42016年10月5日追記。鷲は、基本的に、鳥の中でも王者に当たるものだとされています。「権力(王権や勝利)」や「神の使い」を象徴します。物質世界を越えて宗教的真実へと至る鳥だとされていました。ケルト人の場合は、復活と再生の象徴として見ていました。また、オークと同様、ギリシア神話のゼウスを象徴する鳥であったりします。つまり、あの赤子は神によってもたらされた予言を伴った存在だったのでしょう。

※13 : 「至って真面目にearnest」は、けなす意味合いの「くそ真面目」という意味がある他、「予兆」という意味もあります。この最後の馬上槍試合が円卓崩壊を予兆していた事も含んだ言い方だと思われます。
※14 : 『亡き無垢のための馬上槍試合The Tournament of the Dead Innocence』は、innocenceは死んだ無垢な赤子を指している他、「無罪」の意味もあるので、円卓には罪がある事も示しているのでしょう。
※15私的解釈。「純粋な羊たちの群れのように(白銀の上等な絹織物が吊られており)And down a streetway hung with folds of pure」は、hung with folds of pureで区切ると、「無垢な羊たちの群れに呪われるように」とも取れるので、ランスロットの歩みの重さや罪悪感が出るのかなあ、と思っています。
※16 : 原文は「his double-dragoned chair」なので、「ドラゴンの飾りが施された二倍の大きさの椅子」と訳すべきか悩んだが、彼の気分としては地獄の苦しみを与える椅子かと思ったので、このように訳した。ドラゴンはキリスト教では、悪と罪の象徴であるし、アーサー王伝説ではアーサー王そのものを連想するものである。
※17 : 「品位あるstately」は、「高慢な」「威張った」という意味もあります。
※18 : 「each through」で、「婦人たちが全員白い服を着ている」と訳すべきなのかは悩んだが、よくわからんかったので、とりあえず、彼女たちの中で王妃だけは、というように解釈した。姦通の罪のある彼女がそうした白い服を着ている方が浮きそうな気がして。だけれども、赤い騎士が「城の中は売春婦で溢れている」と告発していたので、全員白い服を着ている方がいいかもしれない。うむ……。
※19 : 黄色は冒頭に登場したものと同じく、嫉妬などマイナスの意味も含まれる言葉です。その葉が場内に吹き荒れているのでした。
※20 : 「羽飾りshorn plume」と訳したこれは、「整えられた羽毛」とも訳せるので、もしかしたら貴賓席の者がそういう服を着ていたのかもしれないですが、兜に羽飾りをつける例があるので、そっちかなと思いました。また、plumeは栄誉の印も意味し、それが濡れて倒れているのは意味深だなあ、と。
※21 : 「名高き審判great umpire」と訳しましたが、greatは軽蔑を込めていう場合にも使用される言葉です。
※22 : モードレットを表現するのに使われている「vermin」は、「害虫・害獣・寄生虫」という意味の他、「人間のクズ」の意味もあります。
※23 : 「他の者達よりも優れていたtaller than the rest」と訳したのは、the restを「他の人々」とし、tallerを「優れた」としたため。他の者達よりも背が高い、でもありなんですが、どっちかっていうと優劣の比較の方がしっくりくる気がしたのでこのようにしました。
※24 : 鎧が緑色なのは、トリスタンが「森のトリスタン」と称されるように、森を連想する人物であるからでしょう。ちなみに象徴学的に、緑は普通、「希望」を意味します。詳細は※29にも記しています。
※25 : 鹿は、蛇の天敵とされるため、キリスト教では聖獣とされます。ちなみに鹿は、牡鹿の場合は豊穣を表し、その角は生命の樹と再生を表します。また、女鹿の場合は、保護、教会、善意、遠慮深さを表し、子鹿の場合は、キリストの人間性を表します。セイヨウヒイラギのモチーフと合わせて考えると、牡鹿の意味合いが特にあるのではないだろうかと思います。
※26 : 「(赤い)実を散らばらせた」のが、兜に掛かっている言葉なのか、それとも彼がベリー類を散らばらせながら現れたのかはよく分からず。ここでは前者をとりました。見た目の説明のさなかに後者を出すだろうか、と思ったので。むしろ柊を出しているから、その赤い実も同列に並べて出すのではないかな、と。
※27 : セイヨウヒイラギは、「希望と喜び、不死性・永遠性」を象徴します。ゲルマン神話では女神ホレと結びつき、赤い実は、木が常緑で枯れる事がないように注がれた女神の血を表しました。古代ローマでは農耕神サトゥルヌスに捧げられ、キリスト教では十字架の木とされました。葉はキリストの冠の棘を、そして実はキリストの血を表すとされるので、聖なる木とされています。以上の事から、クリスマスの装飾でも好まれるモチーフです。ちなみにヒイラギの葉は鋭く、鎧の色と同じく深緑色をしてもいます。
※28 : 「Isolt the white」を、より厳密に「白い手のイゾルデ」と訳しました。多分、そのように原文も表記しなかったのは、「無垢なイゾルデ」という意味を含めているためだと思われます。
※29 : 「森のトリスタン卿Sir tristram of the Woods」としたのは、彼は森とも関係がある人だし、鎧兜もフォレストグリーンだったため。ただし、「Woods」には、「気が狂っている」「激怒している」という意味があるので、毒によって狂気を負わされた彼をも表してもいる事になるのだと思います。さらに、 トリスタンが「森の」と称されているのは、そもそも、マルク王の下から逃れて金色の髪のイゾルデと共に「モロアの森」という森の中で長らく野営生活を営んだとされているからかもしれません。トリスタンはここでの生活の中で、「無駄なしの弓」という、トリスタンの武器の中でも有名な、狙ったものは決して外さないという弓を作ったりもしているし、自然とのふれあいが幼少期から豊かであったらしく、鳥の鳴真似などもお手の物というくらい自然に親しい人物であったからかもしれません。 そうでなくとも、マルク王の住まうタンタジェルの城の背後には果樹園が広がっており、そこにある大きな松の下で二人は密やかな逢瀬を繰り返していたりもしました。トリスタンは森(または木々)の中にあるイメージが強い人物なのでしょう。
※30 : 「金箔の貼られた」と訳した箇所「gilt」は、「虚飾」の意味もある。毒無くして姦夫となった彼が憤りを覚える事に対する皮肉かと思います。
※31 : 「騎士の多くは、愛を誓った夫人の色で兜を飾る」で兜を表すのに使われている言葉「casque」はここでのみ使われている。これは古代の兜、儀式用の兜、詩の上で用いられる兜(状のもの)を表す言葉なので、つまり、「そんな事をしたのは昔の騎士だけだ」という皮肉になっているのだと思います。
※32 : 「兜飾りcrests」は、「勇気・誇り」を象徴としています。トリスタンはそれを敢えて貶しているのでした。
※33 : 「褒賞のあの首飾りthe gems」は、「宝石・装身具など」の意味の他、「(宝石のように)美しくて貴重な人」の意味があります。赤子の事を意識した言葉選びだったのでしょう。
※34 : 念のため。トリスタンとランスロットが互いに言うbrotherは肉親的な意味ではなく、親しい仲間という意味合い。
※35 : 「最も純粋な者the purest」と「勝者の頂点に立つtakest(※takeを勝つという意味で捉えた)」が、それぞれ「最も」という言葉を意識しています。よって。「この試合に勝つ者が純粋な者といえるのだろうか」という意味合いになります。
※36 : 「toss me」を「私の心を掻き乱させる」と訳したが、無論このtossには、首飾りをぞんざいに渡された事も含まれています。
※37 : 「猟犬hound」には、「卑劣漢」の意味もある。この試合に参加していた他の騎士たちを指しているのでしょう。
※38 : 「干上がった骨a dry bone」は、「血や涙の通わぬ死体」とも訳せます。あなたの手は血に染まっている、と言うランスロットの言葉を受けての言葉選びと、卑劣漢たちへの皮肉も含まれているのでしょう。
※39 : 「あなたの美しい王妃thy fair Queen's」のfairを「美しい」とここでは訳したが、この言葉には「公正・けがれの無い」という意味もあります。要は嫌味である。
※40 : 「気まぐれfantasy」は「幻想」などの意味もあるので、「あなたが美しいと思っている王妃は所詮、幻想だ」という意味にもなります。
※41 : 「だが私の血ではない」。そもそも馬上槍試合は騎士たちの誉れある娯楽の一種で、しかし一歩間違えれば死とも隣り合わせの危険なものでした。なので、トリスタンからすれば、「真剣に戦えば血なんぞ付いて当たり前ではないか」という気持ちだったのでは。無法者の集まりとなった試合に対し、かなり暴れまわったのかもしれませんが。
※42 : 「すばらしい兄弟great brother」のgreatは、数段落前のランスロットに対する「名高き審判great umpire」と同じく、侮蔑した意味も含まれていると思われます。それに、ランスロットに「兄弟よ」と呼びかけられた上で、「あなたが最も純粋な者なのか」と言われたので、「あなたはご自分が純粋だとでも?」というかなりの皮肉を込めて返してもいるのでしょう。
※43 : 「旋回calacole」は、「馬による(特に後ろ足での)旋回の動作」を指します。それ以外にも、16世紀~18世紀にかけてヨーロッパの騎兵が使用した戦術を表す言葉でもあるようですが、今回は前者の意味合いで構わないでしょう。
※44 : 「無遠慮にblutly」は、「(相手の気持ちを考えないで)遠慮なく」という意味があります。以降、私的解釈。トリスタンは敬意を表し、兜を脱ぎお辞儀をした上で相手の気持ちを汲まずに自分に正直すぎる発言をしました。形式に則っていたり則っていなかったりする矛盾したこの行動は、イゾルデに対する狂うほどの恋心がさせていると解釈してもいいのではないでしょうか。あと、最も純粋な騎士が勝者となるはずの試合なのに、トリスタンの慇懃無礼さは姫君たちの顰蹙を余計に買ったのでしょうが、自分の気持ちを偽らず正直ではある彼はある意味では最も純粋な騎士だったのかもしれないなあ、と思ったり。
※45 : 「美しい乙女らFair damsels」の言葉は勿論、先の段落のトリスタンの発言の「あなたの美しい王妃thy fair Queen's」にかかっています。
※46 : 「美しき独り身の王女方sole queen of beauty」は、明らかに「fair Queen」という言い方とは別のものにするように意識されています。fairと違い、何の皮肉も込めていない言葉がbeautyなのです。queenは、ここでは比喩的に持ち出されただけのものですが、あからさまにランスロットが慕う王女を意識した嫌味が含まれているように思われます。
※47 : 「円卓の誉れなどもうなくなってしまったのねThe glory of our Round Table is no more」は、そのまま、数段落前にトリスタンが他の騎士に対して言っていた言葉です。あまさず彼もその通りの騎士だったのであった。そして、円卓の腐敗を語る人々は皆、どこか自分だけは純粋であるような言い方を含んでいるのも面白いものです。
※48 : 「羽飾りはぐっしょりと~体に張り付いた」。羽飾りが雨のせいで濡れて倒れる描写は試合開始直後の描写にもありましたが、トリスタンの言動などがあった後、それ以上の強い雨によって騎士たちの見栄えはさらに落ちぶれたのでした。円卓の誉れなどはもうなくなってしまったのですねえ。
※49 : 「鉛色の」と訳したwanはwinの過去・過去分詞形でもあるので、「鉛色のどんよりした日」と「勝利の日」をかけているのだと思われます。
※50 : 「日に焼けて黒ずんだ肌をしたswarthy」は、黒い眉という身体的特徴と合わせ、黒っぽい彼女が白を連想させる言葉を並べ立てる事に対する色の対比があるのだと思います。ですが、一応補足しておくと、騎士道盛んな頃は、乙女だろうとなんだろうとこうして試合鑑賞に赴いたり、騎士たちが狩をするのに付き従ったりしていたので、基本的にこの身分の女性たちの肌は浅黒かったようではあります。そこまで意図したのかどうかは知りませんが。
※51スノードロップは、名前からも分かるように白い花で、春の兆しを知らせる花。2月2日に行われるキリスト教の聖燭祭(イエスの生誕40日目にマリアが行った禊の儀式)では、マリアの純潔を表すために祭壇にこの花が撒かれます。他にも、死の象徴ともされる面もあります。生と死を表しているのも面白いものですが、「スノードロップだけが花開く」とは、純潔を保つとかそういうもので満たされる世界を表しているのでしょう。
※52 : 「空虚なものblank」は白紙だとか真っ白で何もないことも意味します。「純粋である事は空虚なものである」という告発のようにもとれます。
※53 :「この様子を喩えるならば~といえるのだろう」は勿論、皮肉的な言葉が込められている喩え。うかれぽんち共に清純さを説いたところで、すぐにでも本性を出してくるものだ、的な。根本的に清純というものへの諦めを思っている喩えだと思います。
※54 :「絢爛たるpurple」は、「どぎつい」とか、「軽蔑さ・俗悪さ」を含んでいる言葉。祝宴の色を表現する言葉に、真っ先にこれを持ってきているのです。
※55 :「質素な白simple white」つまり無垢・清純な白を捨て去ったのでした。
※56 :「放りcast」は、数段落前のトリスタンのセリフ「まるで餓えた猟犬共に干上がった骨でも投げ(cast)つけてやるかのように」を意識していると思われます。要は「男も女も王国の人々は腐敗しているのだ」という表現でしょう。
※57 : ここで芥子の花を出しているのは、アヘン・モルヒネの原料ともなるかの花を意識してのことだろうかと思います。この花は、ギリシア神話では眠りの神ヒュプノスの花であり、死とも密接にあります。この色の氾濫の祝宴は円卓の死を象徴しているのかもしれません。
※58 : 原文では花の名前を並べているだけだが、想像しやすいように色も並べて表記しました。複数色の花を持つ場合は、特にメジャーな方をとっています。

※59 : 「狂って壊れた音楽broken music」は、brokenが使われている事が後々、「頭を割る」とかの言い回しにも生きて来るので、かなり無理をしたが、「狂った音楽」とだけ訳したいところを、「壊れた」も含めた。この辺、「あんたの狂った音楽を聴いてると、こっちのあたまは音楽のせいで割れちまいそうさ」みたいな意味もありそうな気もします。
※60 : 宮廷の道化師は、人々を滑稽に楽しませるだけではなく、皮肉を自由に言える権利がありました。(ただ、皮肉を言う時は命がけでもあるし、そうでなくとも言い過ぎて相手を逆上させると痛い目に遭うし、最悪死ぬ事になもなる。)また、道化師は単純に愚か者とか馬鹿な者であるという他に、ある意味で神聖なものに近い存在とされ、その故に色々なものが見える・分かるとされました。
※61 : 「王は去ってしまった~誓ったのにThe life had flown, we sware but by the shell」。冒頭のThe life had flownは「命は飛んで(失われて)しまった、溶け合った、満ちた」とか、いう風にも訳せます。ちなみにここでは、lifeを「大切な人物」という意味に取ったので、王としました。The shellは貝殻・殻だとかを表す言葉で、「固く」としましたが、この言葉には「見せかけの」という意味もあるので、「見せかけの誓いだった」という意味にもなります。つまり、円卓の栄誉はもう終わったのよ、ということです。ともかくも、この言葉の中には戦いによって多くの命が失われることと、円卓の腐敗を改めて知らしめるものが暗に語られているのでありましょう。
※62 : 「大きなロバの耳long asses' ears」。宮廷道化師はロバの耳の付いたようなものを頭に被っている事にちなみます。ちなみにロバは普通、馬鹿、俗悪、ノロマとかそんな象徴があります。「そんな耳で聴いてるから、私の音楽が分からないんだな」みたいな発言なのでした。
※63 : 「be not true」を「(音が)歪んで(聴こえる)」と訳したのですが、普通に訳せば「正しく(聴こえていない)」とかそんなんですが、違和感があるので意訳しました。また、trueという言葉のチョイスは多分意図的で、まずは、ダゴネットが言うような狂って壊れたような音ではないから、あなたは「真実の」音を聴いてはいない、という意味があるのでしょうが、この言葉には「純粋」「忠実な」というものも意識していると思われます。(もともとtrueの原義は「忠実な」なのだから尚の事。)王の音楽を破壊したとかそういう事に対する弁護でしょうかね。
※64 : 原文では間をおかずにいきなり歌い出すので、「歌い始めた。」と書き足しました。
※65 : 「春の盛りのようなものだったwe love but while we may」。mayには青春・春・若い盛りという意味になる言葉もあるので、そちらを意識しました。トリスタンの語る愛は毒のために悪い意味で若々しく激しい性分、つまり子供っぽい恋愛しかできないものがあるのだと思うので。リフレインされている歌のラストの「共に居られる間だけ、愛し合う」は、参考に使っているサイトさんの訳に多分に影響を受けています。トリスタンは特に金色の髪のイゾルデとの禁断の恋愛劇の中では、限られた時間の中で激しい恋の炎を燃やしていました。白い手のイゾルデに対しても、もはやそういう恋愛しかできなくなってしまったんでしょう。せっかく何の呵責もない自由を手に入れたのに。……という解釈。
※66 : 「野は荒らされThe woods are hushed」。woodsは狂ったという意味もあるので、暗に、金色の髪のイゾルデとトリスタンは毒薬を煽ったために恋に狂い、もはや「自由(=束縛されない)な愛」などは望めなくなったという暗喩もあるのではないかと思います。
※67 : 「木々にwoods」は何度も書いてるように「狂った」という意味もあるので、「狂いながら私が奏でると」というふうにもとれるようになってるのかもしれません。ちなみにトリスタンは幼少期から既に竪琴の弾き方などをマスターし、マルク王に仕えている時点で歌と演奏の才能も発揮し、賞賛されている腕前でありました。金色の髪のイゾルデとの逢瀬や逃避行は、奇しくも木々に囲まれた場所であったので、そこで愛する彼女に自慢の竪琴を奏でたりもしたのかもしれません。彼にとって、森(木々)の中に居る事というのは、そういう意味でも狂気が覗くものなのかも。
※68 : 「純粋に(響いて聞こえる)」にも、原文ではtrueが使われている。数段前(※63)の彼の発言でも意識してtrueが使われていましたが、それと同様の意味でここでも使われているのだと思われます。私の奏でる音楽は正しく黄金(※特にここでは信頼できる金(=純金)tested goldを意味する)に等しく、そしてまた私(の音楽)は忠実なのだ、となるのでしょう。
※69 : 「不安定に立つposed」は、どっちつかずという意味にもなります。彼の態度そのものの表現でしょう。
※70 : 「あなたは昨日、泉に流されてたワインの事は知ってるかい?did ye mark that fountain yesterday  Made to run wine?」は、無理やり訳した。この厄介なmarkは印などの意味の他にも、「(嘲笑の)対象」「汚点」などのマイナスの意味合いもあるので、褒めた意味合いで泉のワインの話をしていない表現になる。
※71 : 「ながーい人生の酸いってやつを徹底的に終わらせちまうようなもんだったな。but this had run itself  All out like a long life to a sour end」。これもかなり無理やり訳しました。sourは不愉快だとかの意味もあるので、「あんな泉があると、長い人生を不愉快に終わらせちまう」とかそういう風にもなるかと思います。本文の方は道化師による皮肉がまくしたてられているところなので、見た目はポジティブな方を採用しました。
※72 : 「12人のちっちゃな乙女ら」が12人である必要性は名言されていませんが、少なくともキリスト教に於いては12は聖なる数字として尊ばれています(※神性を表す3と物質世界を表す4を掛け合わせた数字であるため)。最後の晩餐などで有名なイエス使徒の数も12人であるし、生命の樹になる実の数も12です。12は、精神世界と物質世界の秩序を象徴しています。
※73 : 「貧しい無垢の持ち主たる赤子様の名誉 honour of poor Innocence the babe」。「名誉honour」は「(女性の)貞節」も意味します。あの赤子を無垢な者としたのはそもそもあの王妃です。皮肉ですね。
※74 : 「遺したくだらないleft」。ここではleftをleaveの過去形にとった上に、左を意味するleftの原義である「価値がない」というものも意識して訳してみました。ちなみにどうして左leftがそういう原義を持つのかというと、右手に比べれば左手は立場が弱く、極端に言えば価値がないからだといいます。要は、二つのものを天秤にかけた上で、価値がないものとしている言葉なのです。
※75 : 「貸し与えられたlent」。わざわざ貸すという言い方をしているのが、「王妃が自分で何とかしない」みたいに痛烈に皮肉めいているのだけれども、「無垢で貞節を意味するものとした宝石を、王にはあくまでも貸すだけ」という皮肉もあると思います。また、Lentは受難節をも意味しています。受難節はキリストが死に復活するまでの40日間のあいだ行う断食で、ここまでくると深読みのしすぎかもしれませんが、無垢・貞節を意味するものとした(赤子ひいては王妃の)宝石を我が物にはできない王様、というものが表現されてもいるのかも。かも……かも……。後は、※74でも指摘したleftと今回のlentを並べる事で、それぞれの言葉を強調しているのだとも思います。
※76 :「白い下着White slips」。泉の子らの服は白衣でしたが、敢えてこう言っているのだと思われる。Slipは、「滑って転ぶ、滑らせる、間違い、過失」という意味がある。「無垢なんかではない奴らがワインを注ぎ、渡して来た」、という事になるのかと思います。
※77 :「可愛いもんでpretty」は、蔑んだ意味合いで「ひどいもんで」という意味にもなる。
※78 : 「泥っぽく、はっきりしないものでしょうか?muddier」。muddierは、泥っぽいの他、「はっきりしない、わけがわからない」という意味があります。
※79 :「あなたに真珠でも投げつけたいところですが、あなたにその価値が分かるものでしょうか。For I have flung thee pearls and find thee swine」。これは諺の『豚に真珠(を投げ与えてはならない)』を意識したもの。この諺の原典は新訳聖書のマタイ伝7章-6にある(※「聖なる物を犬に與あたふな。また眞珠を豚の前に投ぐな。恐らくは足にて踏みつけ、向き反りて汝らを噛みやぶらん。」引用元:『Wikisource』)。「価値あるものを与えたところで、豚には何の役にも立たない(立てようともしない)」という意味の諺。なので、「ダゴネットが宮廷道化師の役割を与えられたところで、彼はその価値に見合わない人物である」という意味も含んでいる言い分なのだろうし、「私(トリスタン)がどんな言葉をかけ、どんな音楽を聴かせたところであなたは聴く耳を持たない」という意味にもなるのでしょう。
※80 : 「神様に感謝だ。そういう事で、頼みますぜ、騎士様。」と訳した部分は本当は「And thank the Lord I am King Arthur's fool.」という一文にまとまっているのですが、二つの意味があると思ったので、いっそ並べました。
※81 : 「汚い豚、愚か者の山羊、のろまなロバ、色情狂の雄羊、そんで噂好きのガチョウ」。本文では動物の名前が挙げられているだけだったのですが、ここで挙げられている動物たちの意味するものも付記しました。持ち合わせているマイナスの象徴的意味合いが重なるものもあったのですが、重ならないようにしました。
※82 : ここで言われる「口煩い異教徒の竪琴奏者」とは、古代ギリシアローマ神話に登場するオルフェウスのこと。彼の演奏は動物をも魅了するほど素晴らしいものとされていましたた。
※83 : 「弦wire」は通常は針金という意味で、「すぐ興奮する人」をも意味する。つまりトリスタンの事を暗に言っていて、とことん皮肉っているのでしょう。
※84 : トリスタンが返事の中で雄羊だけを省いている理由は不明。雄羊は悪く言えば色情欲を象徴するので、まさしくそれに狂わされているのが彼であるから、彼の意図にせよ、作家の意図にせよ、省いたのかもしれない。オルフェウスとエウリュディケの物語も悪く言えば妻に執着した男の話なので、それも意識しているのかも。または、キリスト教にとって、信徒を羊で表現するなど、聖なる意味合いが強いからか? それだと、何故一言添えなかったのかが余計に不思議には思うのですが、なにか思うところがあったのかもしれない。
※85古代ギリシアローマ神話世界のあの世は、厳密には地獄というよりも冥府とかそういう言い方をした方がいいのですが、騎士道精神が前提にある円卓の騎士はキリスト教色が強いので(古代ギリシアローマ神話世界をしつこく異教と言っていたり)、彼らはそのように捉えるだろうという事で、「地獄」と書きました。それに、直後のダゴネットのセリフはこれに対して天国を想定した物言いなので、完全に古代ギリシア・ローマ世界基準ではなく、キリスト教基準で話しているので。例えば、ダンテの『神曲』(第4歌)なんかでも、オルフェウスは地獄に居る事にされている人物だったりします。ちなみに神曲で彼が居るのは、地獄の辺境である第1圏。ここは未受洗者や古代の偉大なる有徳者が送られる場所で(=つまり生前に教徒だったならば天国へ行けた魂)、神の愛を受けられないが、他の圏の地獄とは違い、何の呵責も与えられない、という場所。とはいえ、既に神の救いという光の奪われた場所ではあるので、この圏の人々は悲し気な溜息を零し、虚無的に時を食んでいるようです。よって、『神曲』では、旧約聖書以前の人々は救われない事が語られている事にもなっています。むごい。
※86 : 「王妃は不誠実(になった)the Queen false」。falseは「誤った・虚偽、偽の、うわべだけの、不貞の」という意味もある。ランスロットへの浮気を指しているのであると同時に、「王妃として相応しくなくなった」という意味にもなる。
※87 : 「黒くて不吉な王の街道The black king's highway」。blackは、「邪悪な、不吉な、不名誉な」という意味もあります。highwayはwayよりも主要道路的な意味合いがあるし、王道を意味しています。
※88 : 「輝くほどの素晴らしい湖the great lake of fire」。fireは通常「炎」ですが、「情熱の」とか「輝くもの」という意味があります。
※89 : 「正直者のアヒルのメスとオスducks and drakes」。duckは単純にアヒル(またはカモ)を指すだけだと思いますが、メスのアヒル(またはカモ)を指すdrakと並べられてたので、このようにしました。アヒル(またはカモ)は、あらゆる神話で不死と関係する生き物で、ケルト人は臨機応変の才や正直なものだとしたようです。ここでは明らかに侮蔑の意味を込めているので、自己保身の為にしろ何にしろ、臨機応変に「正直」だとすることを喚き立てる愚か者ども、という意味になるでしょう。
※90 : 「ホーホーtuwhoo」は梟の鳴き声。夜に鳴くから鳴真似をしたのでしょう。ちなみに、梟は、「死・知恵・魔術」などを象徴します。自分が一番賢いことに気が付いた道化は、知恵の象徴である梟の真似をした、という事にもなっています。
※91 : 「まだ夜ではありませんよ。not in open day」。普通に訳せば、「開かれた日ではない」とか「寛大な日ではない」とかなんかそういうぼんやりした事になってしまうので、参考にしているサイトも元にし、こうしました。
※92 :「静かな音楽silent music」は夜空に瞬く星々を指しています。
※93 :「王があなたのようにそんな事をする兄弟だとでも?is the King thy brother fool?」。もちろん、ここでいう兄弟とは、同胞・仲間を表しています。
※94 : 「アザミthistles」は、キリスト教的には罪とイエスの受難を象徴する花。
※95 : 「イチジクfigs」は豊穣を象徴するが、男女も象徴します。葉が男で、実が女である、というように。また、イエスは、イチジクに実をならさないようにと呪いもしました。というのも、旧約聖書においてイチジクはイスラエルユダヤ教を指すものであった為です。イチジクつまりアザミの中からイチジクを出すという事は、アダムとイヴの事を指しているのかもしれないし(※アダムとイヴは知恵の実を齧った後、全裸でいる事が恥ずかしくなって、イチジクの葉で身を覆った)、イエスに呪われた果実というものを意識してのものであったのかもしれません。何にせよ、ここではいい意味では引かれていない言葉でしょう。
※96 : 「牛乳milk」は、多産・豊富・共感・再生を表します。
※97 : 「燃える様なユーフォルビアの草々burning spurge」。ユーフォルビアは特定の草というよりも、属名としてのそれをここでは採ったので、草々としました。ユーフォルビアの葉や茎を傷つけると白い乳液が出るのですが、これは触れるとかぶれる事があるという毒です。ですが、古代にはこれを下剤として調合したりもしていました。そんな乳液を持っていたので、burningと表現したのだろうと思います。また、burningは、「欲・怒りが激しい人」も表します。
※98 : 「蜂蜜honey」はキリスト教的な意味だと、神の言葉の甘美さを象徴します。
※98 : 念のために書いておくと、「スズメバチhornet」は蜂蜜を作りません。この言葉は「うるさい人」も意味し、蜂蜜を生み出すミツバチが善とされるのに対し、こちらは悪を象徴します。ちなみに、ミツバチはキリスト教でも神の僕を象徴するものとして重用されるモチーフです。
※99 : 「万歳! 道化たちの王様よ、長く栄えあれ!Long live the king of fools!」。Long liveだけで「万歳」という言葉になります。だけれども、それ以降の言葉にも掛かっていると思い、参考にしているサイトも元にし、こう訳しました。

※100 : 深読みのし過ぎだろうが、「乗馬rode」のrodeは同音異語で、ヤマギシが求愛飛行することや、鳥が夜に陸に向かって飛ぶ事を意味するという意味の言葉もあります。鳥はかなり多義的な象徴を持つのではありますが、古代から占いの対象になる存在であったので、その様子は予兆を象徴するものとされるし、空を飛ぶので、天と地を繋ぐものというふうにもされました。また、古代には、火を盗んだり作ったりして運ぶものとされており、情熱を意味するルビーの付いた装身具を愛する人のもとへと運ぶ彼の姿は、ある種の予兆を伴ってこの言葉の中で重ねられているのではないか、と思ったり。
※101 : 「秋の気配が熟していく大通りthe slowly-mellowing avenues」。本来ならば、「ゆっくりと熟していく大通り」と訳すだけなのですが、分かり易いようにこのようにしました。熟していくのは秋だけではないでしょうが。「大通りavenues」は数段落前の「(黒くて不吉な王の)街道 highway」と同じく、主要な通りを意味します。ただ、highwayは「王道」という意味もあるように、単に「よく使われる道」程度の意味合いなのでしょうが、avenuesは「大通り・大街道」というように見た目にも大きい通りを意味する言葉です。また、avenuesは、「明確な意思などを伴ってある道へと至る道・手段」という意味も含まれています。つまり、ゆっくりとある方向へと機は熟している事が示唆されているのではないでしょうか。それに、トリスタンの向かおうとする先もはっきりとしていたのでしょう。
※102 : 「再び彼の表情には感情が激しく表れたが、その時と同じくして、正面からは突風が吹いたAnon the face, as, when a gust hath blown」。gustは突風を意味するほか、感情が激発することも意味します。そのどちらの意味にも掛かっている言葉だと思ったので、このようにしました。
※103 : 鹿と鳥そのものの姿ではなく、それが過ぎ去った跡しか見出せないというのは何とも不穏な感じがします。鹿及び鳥の象徴的意味合いは既に述べた通りです。
※104 : 「ブナの大枝beechen-boughs」は多分、葉などが付いた状態の枝だと思われる。ブナ材は乾燥させないものは特に保存性が悪いとの事なので、この手作り感あふれる小屋はこれだけでかなりの経過劣化を見せていたと思われます(※トリスタンは金色の髪のイゾルデと森の中へと逃避行を行ったのは一般的な話な話であります。その時も取って付けたような粗末な小屋を作り暮らしていました)。象徴的意味合いとしては、ケルト人がこの木を神格化していた他、シベリアでは、安定・繁栄・予言を、デンマークでは、忍耐を表したとされます。
※105 : 「ハリエニシダFurze」は、枝にかなり鋭い棘がある低木。これをぎっしりと大枝の間に詰めているようです。防御のためなのかもしれません。これに象徴的意味合いがあるのかは不明。花言葉ならば、屈従・不変の愛を表すようです。
※106 : 「ワラビbracken」。これは広義的にはシダ類全般を指すのですが、狭義ではワラビを指すとの事なので、ワラビにしました。ワラビの象徴的意味合いは不明。花言葉はこれも不変の愛の愛を表すようです。
※107 : 「(金色の)木立grove」は、wood(またはwoods)よりも小規模の森林を表す言葉。また、妖精が住むとされた森林を表しもしたようです。金色は錆びない恒久性や完全性などを象徴するので、徹底して思い出の場所を崇高なものにしている事が窺えます。
※108 : 「わずかな間a moon」。この文はむしろ、「月(の中にあった粗末な小屋に彼女と共に住んだ)」とか、「ある一定期間」みたいなものになりそうなのですが、とりあえず後者を優先し、こう訳しました。月は象徴的には、誕生・死・再生を表す他、ルナティックという言葉にみられるように狂気も伴う面があります。なので、前者の意味合いも含まれているのかもしれません。彼らは狂気の中、森の中に野営する無謀さを実行していたのだから。
※109 : ティンタジェルはマルク王の居城であり、イゾルデの居るところ。
※110 : 「葦reed」は水辺に生息するもの。葦は、ケルトでは浄化と結びつく草でした。
※111 : 「柳sallowy」。sallowでヤナギ属の低木の総称となるります。sallowyだと特にサルヤナギを指す節があるのですが、他にも「多くの柳がある場所」を指すので、そちらを採用した。柳は基本的に西洋では服喪を象徴し、悪魔とも結びつきます。
※112 : 「角笛horn」は栄光と力を象徴するもの。それが殺された騎士の傍に置いてあるのでした。また、hornは単純に「角」も指すが、それ以外にも、妻を寝取られた夫が生やす嫉妬の角も指します。多分暗喩的にはこれも含んだ言葉なのだと思われます。
※113 : 「拍車spur」とは、騎士が踵に付けているもの。これは騎士に叙される際、主となるものから戴く、騎士の印でした。
※114 : 盾をぶつけ合って角笛を吹いたのは、「出て来て俺たちと戦え」という態度。アーサー王だけが乗馬し、他の者たちは降りているのは、アーサー王だけはまだ剥き出しの戦闘意欲を持っていない証でしょう。
※115 : 「私も大概、弱虫なものでな。being eunuch-hearted too」は、数行前でアーサー王に対して言った、「お前は去勢された者の心を持つ王でこそないがthou not that eunuch-hearted King」を意識したもの。つまり、赤い騎士は「自由な男らしさたる勇気を世界から切り離そうとしたfain had clipt free manhood from the world」――つまり、自分はそれを彼に切り離された男だ、という意識があるのかもしれません。赤い騎士の正体は円卓の腐敗を見限って北へと去ったペレアス卿ではないか、とされているので(※この直前の章『Pelleas and Ettarre』の主役。ちなみにこうした展開は全てテニスンの創作によるようです。)、自分だけはそうではないという位置に平然といる王を責めているのではないでしょうか。そして、王は自分がしている事に対し、また、それが及んだ者に対して理解する心を持っていないのだ、と告発しているのではないかな、と思います。
※116 : 赤い騎士ことペレアス卿は、円卓の騎士の中でもかなりのつわものだったようですが、そんな彼は戦う前に寄ってたかって来た騎士に無抵抗の内に殺されるのでした。踏み潰される描写は「There trampled out his face from being known」と書かれているので、もしかしたら騎士たちの中には、アーサー王よりも早くに彼が誰であるのかに気が付く者がいて、それが公然のものとなってしまわないように彼の顔を攻撃していたのかもしれません。
※117 : アリオトもアルコルも秋の星で、夜分には例えばイギリスの辺りからだとちょうど頭上辺りに見え、星座でいうと大熊座の尻尾にあたります。アリオトは北斗七星の一つで、一番輝いている星で、アルコルは北斗七星のミザールという星に寄り添う星で、輝く小さな星です。ちなみに、アルコルとミザール(とアリオト)は隣同士の関係にあります。なぜこの星をテニスンが上げたのか、その意図までは私には分かりません。北斗七星は七つの星すべてが殆どおなじように光り、目印となる星です。また、大熊座は、処女の女神たるアルテミスの従者(※これも処女であることが求められていた)を務めていたカリストがゼウスと交わってしまった為にヘラの嫉妬を買い、熊に姿を変えられてしまったその姿がそのまま星座になったものだといいます。彼女はニンフとされたり人間とされたりとばらつきがあるのですが、特に、その最期は、アルテミスに殺されたり息子に殺されたりそもそもゼウスが熊に変えてヘラの目から逃そうとしたのだ、という話があったり、いろいろな説があります。何にせよ、処女の誓いを破り、他人の夫と姦通した者の星座であるので、それに絡めて登場させたのではないか、と思っています。
※118 : モアブは死海の東岸側に位置した古代の地名。旧約聖書では、ロトの息子・モアブを先祖とする人々が住まった土地だとされます。モアブの聖書での扱いは基本的にマイナスに寄ったもの。その中でも特に今回、関係するだろう話は、イスラエル人たちがエジプトを出てモーセに率いられながら荒野を放浪して約束の地へと向かう最中にあった時、モアブの王がイスラエル人たちが領内を通過するのを認めなかった、というものになると思われます。この時、イスラエル人たちは領土を東に迂回し、アルノンの放流の谷(※谷といわれるが大きな川のようなもの)を辿って北上しました。そしてモアブ北方にある平野に野営します(※この時、この地を支配していたシホン人を滅亡させている)が、モアブの人々はこれに危機感を感じ、バラムという預言者を雇うと、彼らを呪う算段を考え、神殿娼婦であるモアブの女たちを使い、イスラエルの人々をバアルを信仰するように陥れました。見事に不道徳と偶像礼拝の誘惑に堕ちた男は多く、主であるエホバは怒り、堕落した者達の死をモーゼやその他のイスラエル人たちに望み、また、疫病を蔓延させもしました。この時に死んだ者の数は2万4,000人にも上ったといいます。つまり、旧約聖書イスラエルの人々にとって、モアブの人々は異教徒であり、災いを持つ滅ぶべき人々だ、とされていました。ちなみに神殿娼婦とは、神と性交する為に神殿に仕える女性の事で、旧約聖書においては、普通に娼婦的な事を行う者として書かれており、神殿娼婦にせよ娼婦にせよ、全く認めようとはしない態度で一貫しています。つまり、神殿娼婦たちの夫ともいえる神・バアルを信仰してしまったイスラエル人たちは、禁じられている娼婦との性的な交わりの他、姦通の上に別の神を信仰したのでした。作中はこうした点も意識した上で、モアブ界隈のこの話を暗に持ち出したのかもしれません。(※旧約聖書内各所で見られる話ではあるが、ここでは一例として、『民数記』20:14以降を参照として挙げるに留めます)(※他の話が関係するのかもしれないので、これを意識して挙げたのか、自信はありません。別に、谷の水が血で染まっただとか、死体が流された、というような描写はないように思われるし。ただ、上記の過程の中でイスラエル人たちは多くの人々を殺害してもいるし、また、自分たちも死んでいるので、これではないかなあとは思っています。)

※119 : ここでトリスタンの言う「彼女」は、あえてどちらのことを言っているのか誤魔化しているのだと思われる。どっちつかずのややこしい男である。こうした態度は以降にも見られる。
※120 : 「猟犬hound」は「卑劣漢・嫌な奴」という意味があるので、マルク王の猟犬とは彼自身も指し、直後にトリスタンは自身の中にいる猟犬は「goodly hounds」と喩えられている事からも、少なくとも自分自身を美化した上でマルク王と比較しているのが分かります(※どうやらテニスンの描くトリスタンは、通常のトリスタンとは異なり、マルク王に対する忠義や親愛に欠けるところがあるようです)。それ以外にも、後から明かされますが、マルク王は丁度この時、狩に出掛けていたようなので、本当にその声を聞いたという可能性もあります。
※121 : 「盛った牡鹿が鐘が鳴る様に鳴くbelling, heard  The hounds of Mark」。「belling」は、「盛った牡鹿が鳴いている」だとか、「鐘のような音がする」という意味があるので、そのどちらもを含めて書きました。
※122 : 「私とあなたは二人で一つだったけれど、花嫁と夫となるべく分かたれたのよ。Ye twain had fallen out about the bride  Of one」。互いがなくしてはどちらも存在できない、という分かちがたい宿命的な言い分は、トリスタンとイゾルデの物語に欠かせないもの。例えば、「恋人(※トリスタンとイゾルデ)はいずれか一方がいなくては生くることも、死ぬこともできなかった。別れていることはそれは生でもなく、死でもなく、生と死のかたまりであった(ペディエ編『トリスタン・イズー物語』岩波書店)」などと表現されるのが毒を飲んだ後の彼らなのである。
※123 : 「くびきyoke」は、結合・労苦・運命を象徴します。
※124 : ちなみに一般的に、トリスタンは、ブリテンのイゾルデにも初めて出会った時には同じように丁寧に介抱され、恋慕のようなものを寄せられていた、とされています。自分と同じ名前の人が自分と同じようなことをした上、何の不自由もなく彼と結ばれたのだから、そりゃ嫉妬の炎も燃えるというものでしょう。
※125 : 原文では、ここのトリスタンはかなり彼女たちのどちらかにもどっちつかずな物言いをしています。
※126 : 「硫黄を含んだsulphur」。硫黄と共に「悪魔(のような人)fiend」が登場しています。古来、悪魔とは現れる時に硫黄の煙を伴ってくるものなので、そうした状況の中でマルクを悪魔のようだと形容した、という事になります。
※127 : 「蛇みたいにシューってhissed」。hissは、「シーっと言って黙らせる」という意味もありますが、「蛇がシャーっと鳴く」という意味もあります。トリスタンの事を告げて、彼女を黙らせるように息を吐くのもあるのでしょうが、ここでは、「悪魔」という形容が直前にあったため、それを意識して、「蛇のように」というように解釈しました。アダムとイヴを唆して罪を犯させた蛇の役割が彼に与えられていると思ったからです。
※128 : 「恋人leman」には、恋人という意味の他、「情夫・情婦」という意味もある。
※129 : ミカエルは大天使の一人。反逆したルシフェルと戦い、勝利しました。天軍の総司令官であり、異教徒との戦いに際し、キリスト教側の軍の総帥になると考えられており、戦争・災難の時にはキリスト教徒の危機を救うために現れるとされています。ここでは、異教徒を打ち負かした王であるアーサーをこの天使に重ねた表現になっているのでしょう。また、ルシフェルとサタンは混同される事が多いので、ここでもこうなっているのでしょうし、また、サタンを単に悪魔の総称として用いているだけだとも思われます。
※130 : 「『天から堕ちた者なのではないのか?』『深い所から打ち上げられた者なのでは?』」。前者は、むしろアーサー王はミカエルではなく、反逆したルシフェルの方なのではないかという疑いになり、後者は、地獄からこの地上に這い上がって来た悪魔なのではないか、という疑いになっているのではないかと思います。後者はより厳密に訳せば、「海から打ち上げられた(者)」になるので、たぶんまつろう者というのを意識しているのかもしれませんが、レヴィアタンのような海に関する怪物を意識しているのかもしれません。レヴィアタンは終末には神の食材になるとする記述もあるのですが、悪魔として見られる事が多く、七つの大罪では嫉妬を司るものとされました。嘘吐きで人に付きまとう存在だといいます。
※131 : 「古い考えをもった」は原文には存在しないが、直前の「我々の老いたる王our old kings」が「古い王」というようにも解釈できるので、このように訳しました。アーサーは既に旧世代の王になってしまっていたのだと思います。
※132 : ヒースは花言葉は「孤独」。赤い色など、色を特定すると意味が異なってきます。赤の場合は「熱情」。ここでも血と比較させながら登場するので、赤いヒース(が群生した荒野)を連想した方がいいのかもしれません。象徴的意味は不明。イギリスの荒野などに群生する花であるようです。基本的には、ヒースの荒野とは、砂漠のようなものでこそありませんが、不毛の土地を指します。また、ヒースという言葉は特定の花を指すというよりも、荒野や丘などに群生する木や草をまとめる総称として用いる場合もあるようです。
※133ライチョウに象徴的意味合いを含んでいるのかは不明。生態としては、トリスタンも作中で言っているように、雄は普段は茶色いのですが、発情期~冬にかけてはだんだん白くなります。これは、標高の高い一帯に生息する特性から、周囲に擬態するために変化するのだといいます。こういう、必要な時だけ無垢な白をまとうという点がここでは重要なのです。
※134 : 「頭がガーネットの色をしたキツツキ」。原文では特にキツツキとは名言されていないのですが、翻訳の参考にしたものがそのように書いていたので、単に、「ガーネットの色の頭をした~」とするよりは良いかと思い、真似る事にしました。直前に「森」という言葉があるので、森で赤い頭をしているのはキツツキだから、このようになるのだと思います。また、ガーネットは深紅色の石なので、この章の中でキーワードとなっている色を絡ませてもいるのですが、この石は古来からお守りとして使われたもので、憂鬱から守り陽気にさせる石だとされる他、献身・真理を表すとされるようです。
※135 : 「春の盛りのようなもの。共に居られる間だけしか愛せないのです。we love but while we may」は、ダゴネットに対して歌って聞かせた歌詞の一節をそのまま使っています。
※136 : 鶴は用心深い生き物なので、用心深さを象徴します。
※137 : 「茨を俯かせbend」「草を弾くbow」は、どちらも「屈服させる」という意味を含んだ言葉です。茨はキリスト教的に解釈すると、茨の冠を連想させるので、受難や屈辱を表すのかもしれません。また、ここでの風は多分にあまりよくないもの、波乱をよぶものとして描かれているのだとも思います。
※138 : 彼の願いは不変的な天に輝く星そのものではなく、朧で不確かな水面に映るだけのものだったのでした。
※139 : 「水water」は魂や浄化を象徴するので、風に荒らされた草が浄くなる事を表しているのかもしれません。だが、星は燃え、それを許さなかったのでしょうか。
※140 : 「勲章の首飾りThe collar of some Order」は、collarを首飾りと訳したのですが、この言葉には「襟」などの意味が普通連想されます。この言葉には「職務・束縛」の象徴があります。多分今回の場合もそうした意味合いを持たせているのだろうと思います。
※141 :「赤い果実the red fruit」は、林檎を暗に象徴しているのだと思われます。林檎は「愛・豊穣・若さ・不死」を象徴します。また、アダムとイヴの罪の果実でもありました。さらに、fruitは子供も表す言葉なので、オークの木の上に居た赤ん坊も指しているのでしょう。
※142 : トリスタンは、「白い林檎」のようだと形容したその喉にキスしようとしたのでした。
※143 : 「彼の背後に立ち現れた影と甲高い金切り声が、彼を薔薇色に染めた。Behind him rose a shadow and a shriek」。「彼を薔薇色に染めた」はかなり無理にねじ込みました。このroseにはそういう意味も含んでいると思ったので。

※144 : ラスト、結局、道化と名乗る人物が何者なのかは明かされない。多分、ダゴネットであり、騎士たち、または騎士だった亡霊たちの声なのではないでしょうか。